ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #55
第五章 秘密:8
「ほー。
ではあなたがあの”白い薔薇を持つ少女”なのですか」
「グラスを手に心底感心したように嘆息する長身の紳士の前で、恥ずかしそうに顔を赤らめるディアナは、まるで絵物語に登場するお姫様のようだった。
アイボリーのブロケード地でできたローブ・デコルテ。
金のティアラとネックレスにイアリング。
ドレスと柄の合った長手袋には、上品な絹の扇をあつらえていた。
そんな完璧デビュタントの傍らでは、メスジャケットにホワイトタイとウエストコートできめた青年士官が熱い眼差しを送る。
彼は少女をエスコートせんとさりげなく、しかし内心の誇りと高揚した面持ちを隠そうともせずに、今か今かと自分の出番を待っていた」
「なに、ぶつぶつと変な実況解説しているのですか?アリアズナ。
膨れっ面はおやめなさい。
あなたも本当に目をみはるばかりに美しいことよ。
そんな顔をしているとせっかくのおめかしが台無しね。
それにしても、あの小さなへちゃむくれのアリーがこんなにきれいなお嬢さんになるなんて、もうおばちゃんびっくり」
「ミズ・ロッシュこそ。
・・・彼女の高く結い上げた髪に絹のドレスからのぞく真っ白な肩が、これぞデコルテの真骨頂と言わんばかりに見る者全ての目に眩しかった。
かてて加えてドレスや装飾品がミズ・ロッシュを引き立てる。
というよりは、あたかもミズ・ロッシュの美貌とスタイルがドレスと装飾品を引き立てているかのようでさえあった。
ドレスも装飾品も誰有ろう、ミズ・ロッシュの身にまとわれる光栄に浴してさぞや鼻が高かろう」
「おかしな子ねぇ。
変な実況解説はホントおやめなさないな」
「だって、ハナコおばちゃん。
ダイもハナコおばちゃんも素敵と奇麗が眩しすぎ。
マリー・アントワネットとポリニヤック夫人の外出にお供した、名もなき侍女のくすんだ遣り切れなさが、わたしには痛いほどわかるわ。
その上、ダイなんてイケメンと言えなくもない殿方をさりげなくゲットしてるし。
ここでガラスの靴でも落として、脱兎のごとく駆け出したら。
わたしにも将来性のある、ハンサムで機知にとんだ優しい王子様が現れるかしらねぇ。
見てよスキッパーだってレディの皆様方に大人気よ。
・・・ハナコおばちゃん。
なに笑ってるの?」
「あなたといると笑いじわが増えそう。
ディアナも随分と魅力的な彼を見つけたものですね。
それにしても今日初めて出会ったにしてはとても親しげな様子ね」
ミズ・ロッシュは口元を扇で隠しながら興味津々という眼差しを二人に向けた。
わたしは肩をすくめて、第七音羽丸の大幹部にあっさりと部外秘をば暴露してさしあげた。
「タケオ・アンダーソン・カナリス士官候補生よ。
訓練航海のためにインディアナポリス号に乗り組んでいるのだって。
お父さまが元老院暫定統治機構のプリンス・エドワード島詰め外務代官とかで、彼にとっては島が故郷みたい。
訓練航海中に里帰りということらしいわ」
確かにわたしはぶんむくれていた。
「まあ、まあ、それは奇縁ねぇ。
よりにもよってカナリス・・・か。
それにしてもアリアズナ、あなたも彼のこと、やけに詳しいようですね」
ミズ・ロッシュが何かを少し深刻そうに考えた後、さも驚いたというようなわざとらしさが感じられる顔でわたしの目を覗き込んだ。
ミズ・ロッシュの様子を観察していて、わたしは思考の流れに何かが盛大に引っ掛かるのを感じた。
カナリスと言う名前に何か心当たりがある?
知り合いにカナリスさんがいる?
しかし事実上の敵対勢力に所属する軍人に、わたしとディアナが関わりを持った。
そのことに対する懸念がミズ・ロッシュに心配顔をさせたのだとわたしは軽く結論付けた。
浮かんだ疑念について深くは考えようとしなかった。
同時に、ことの性質の割にはミズ・ロッシュの驚きが小さいので、正直ほっとする以上に不思議な物足りなさも感じていたのだ。
まあ、ハナコおばちゃんは、わたし達の身内みたいなものだからね。
彼のことはここらでリークしておいた方が、後々ばれて叱られるよりましと言う計算が先に立っていたのは本当のこと。
ただハナコおばちゃんの様子に感じた不自然さに、その時は深く思いが至らなかったのも確かなこと。
「彼とは船長のお使いで中央郵便局に行ったときに知り合ったの」
わたしは事故に遭いそうになったお間抜けディアナが、カナリス候補生に間一髪で救われたこと。
その後、街中のグリーンゲイブルズというおしゃれなカフェで一緒にお茶したこと。
そんなことどもを、若干の脚色を交えながら面白可笑しく物語ってみせた。
もちろん、ミズ・ロッシュには改めて秘密厳守を固く誓ってもらったのは言うまでもない。
カナリス候補生に元老院暫定統治機構、それもインディアナポリス号のクルーと言う凶悪なしがらみがあることはさておいてもだ。
眉目秀麗な殿方とお茶したことが同僚やお姉さま方に知られれば、ただでは済まないであろうことは容易に理解してもらえた。
ここでも一発ミズ・ロッシュの笑いを取れたことは言うまでもない。
「ちょっと彼が席を外したとき、わたしが彼のことをハンサムでかっこいいって言ったらね。
ダイってば敵の軍人だから要注意とか、鼻持ちならない金持ちのバカ息子だとか、とにかく言いたい放題だったのよ。
それがなに?
悪口三昧の舌の根も乾かないうちから、上陸の度に人目を忍んでデートですってよ。
よくもそんな悪事がみんなにバレないものだわ。
どんな手を使っているんだか。
ノウハウは極秘だそうよ。
だけどここだけの話しそれって抜け駆けよね、ハナコおばちゃん?
うーっ、なんだかすごくむかつく」
「アリアズナも彼のことが気になるのかしら?」
ミズ・ロッシュが頬を緩めてクスクスと笑いながら、またもや興味深々という内心があからさまな目でわたしの反応を覗った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?