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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第17話 新たなる危機 4

 そういえば秋吉と二人して「加納円は無実でございます~」的な営業をして回ったっけか。

まるでどさ回りの漫才師みたいだったよ?

時に秋吉は「秋吉晶子は加納円氏を兄とも思ってお慕い申しておりまする」なんて訳の分からない台詞を言わされてもいたからねぇ。

営業先は三人娘が厳選したピンポイントだそうだよ?

秋吉のセリフも先様の状況と影響の波及を考慮して考えぬいたものだとか。

となれば、記憶の操作と言うのは確かに面倒で難しいものなのかもしれない。

振り返ってみればだよ。

三人娘が能力の管理について随分と厳格に考えていることを、改めて思い知る切っ掛けにはなったね。

・・・その時は僕も本当にそう信じていたんだ。


 考えることは三人に丸投げしている僕ではありました。

三人娘は僕に立ち位置が近く、おまけにペテンが切れる荒畑のことをことさら警戒していたのは確かだ。

特に荒畑の好奇心とコミュニケーション能力の高さを良く知る三島さんの心配はひとしおだった。 

できることなら洗脳って手を使いたいのはやまやまだったのだと思う。

だけどそれができない以上は、秋吉晶子物語を突っ込みどころのない講釈に仕立てあげ、僕に語らせようってことに決まったらしい。

 けれどもね。

「例え相手があの荒畑君だとしても。

友達を洗脳するだなんておぞましいことを、間違っても口にするな!」

そんな感じで叱られたかった気がする。

三人娘ときたら目的の為なら手段を選ばない。機会が許せば洗脳も辞さないし世界だってリセットしちゃう。

まるで悪の秘密結社の大幹部だよ?


 ロッテンマイヤーさん化した三人娘から解放された時、正座させられていたせいか足が痺れて立ち上がれなかった。

アーデルハイドになった僕に向けた説教は小一時間も続いたんじゃないかと思う。

そうやってとことん、へとへとになるまで理念を叩きこまれた。

なんの理念かって。

僕たちのいわゆる一つの超能力を安全安心に管理して、身内だけで楽しもうって言う・・・。

理念と言うよりしょうもない了見だよ。

だから荒畑に仕掛ける陰謀。

超能力っていうスペシャルな秘密を守る為の陰謀は、慎重に容易周到に進めなけりゃならないんですとさ。

 そんなこんなで、何度もリハーサルを重ねたとある土曜日の夜のこと。

僕は久々に“あきれたがーるず”から解放された。

「それは遊びに行っていいよ」というお許しではなかった。

お遊びじゃない。

僕は情宣工作を仕掛ける為、荒畑の家に送り込まれるってことだね。

まるでエスピオナージュだよ。

戦時下のベルリンに送り込まれる連合軍の諜報部員ってノリさ。


 復学したその日から、僕が巻き込まれた冤罪事件の一部始終を何とか聞き出そうとする荒畑だった。

だけど先輩の干渉と三島さんの監視はことのほか厳しかった。

僕のうっかりや考え無しが心配なこともあったろう。

僕を放し飼いにするには、信用がイマイチだったってことさ。

 ふたりからのプレッシャーに怯えた僕にその気がなかったことはさておいてだよ。

学校に復帰してからこっち、荒畑と二人で過ごす機会がほとんどなかったのは事実だ。

僕がムショにくらい込んでる間に工作したのだろうね。

気が付けば三島さんが僕の隣席に座っていたんだ。

休み時間でも常に背後霊の様に付きまとわれる始末さ。

放課後は部活の段取りと称して先輩自ら足を運んで僕を迎えにやって来もした。

連れションもしかり。

なんだかんだと三島さんが手を出し口を出して、僕と荒畑が二人きりにならないよう邪魔をして来た。

 好奇心を踏みつけられて荒畑には相当の鬱屈が溜まったことだろう。

僕にもストレスがたっぷりチャージされたのは言うまでもない。

長良川の鵜匠の方がまだしも彼女たちより人道的であるに違いない。

 だがようやく全ての準備が整いその日がやってきた。

D-dayとなる日の放課後僕は八時近くまで、毛利邸に於いて作戦遂行前の演技指導をじっくりと受けたのだった。

“あきれたがーるず”の前でゲネプロまで演じてからようやく出撃命令が下った。

 親しい人間への洗脳は危険だって?

嘘に嘘を重ねると洗脳は破綻するだって?

三人娘、いやもとい。

“あきれたがーるず”の面々は、ぜってーに僕を使役して遊んでるだけだね。

「いってらっしゃ〜い」

って見送られたときの連中の楽しそうな笑顔にはだよ。

「秘密をまもらねば!」

なんて深刻な気持ちの気の字もなかったんだからね。

うすうすそうじゃないかとは思ってたけどさ。

あいつらの嬉しそうな様子を見て僕は確信したんだ。

まんまと乗せられて良い面の皮だよ。

ふーちゃんじゃないけどボルディーニの“踊る人形”が虚しく頭の中で再生された。

僕なんてさ。

所詮はあいつらのおもちゃだよ。


 僕は西武国分寺線の鷹の台駅で電車を降りると、ムサビ近くにある荒畑の家までてくてく歩いた。

荒畑んちに到着する頃には、九時をだいぶ回っていたろうか。

“あきれたがーるず”のおかげで準備は万端守備は上々ってこと。

翌朝、僕は不本意ながらいっぱしの嘘つきとなったよ?

 確かに超能力の秘密を知られるわけにはいかないけどさ。

“あきれたがーるず”のお楽しみのせいで僕は罪悪感にどっぷりさ。

だけどそれ以上に腹も立つ。

しょうがないので、罪のない荒畑に八つ当たりするしかないじゃないか。


 家裁やら地検やら警察やら個人宅やらその他様々な・・・。

三人娘が熟考?して選んだポイントで、秋吉とコンビを組み洗脳噺を一席伺う。

そんな“どさ回り”は結構大変だった。

橘さんの運転する例のドピンク・フォルクスワーゲン・トランスポルタ―に乗り込み、時にはラウドスピーカーを使って秋吉が舌足らずなアニメ声で魔術?魔法?・・・いやメッセージを詠唱したりもした。

僕としては“あきれたがーるず”がバニー姿でないのはかなり残念だった。

だけどね。

何の衒いもなくマイクを握る秋吉や、洗脳の為に解き放つ呪文を次々にでっち上げる先輩や三島さんの悪相には正直言葉を失ったものだよ。

全ては僕の名誉回復の為と分かっているけれど、四人ともどうしてあんなに大はしゃぎで楽しそうだったのだろうか。

・・・そのことをつらつら回想するに付け、僕にはみんなの心が良く分からないってな。

そう現実逃避するしか術はないように思う。


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