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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #68

第六章 追跡:8

  
無念ではあるけれど、ケイコばあちゃんの手紙や無理矢理士官候補生の件については取り敢えずペンディング。

今のところは流れに身を任せるしかないのかなと思った。

なんたってもう空の上だし。

これから海に出るから落下傘を使って脱走って訳にもいかないだろうし。

 だがしかし、不意に打ち下ろされる剣戟にこれ以上身を晒さぬよう注意しなくちゃならない。

わたしの健やかなる未来の為にもそこんとこは絶対外せない。

そのためにはどうやらラスボスらしい、先読みのケイちゃんことドレーク提督個人の人となりと企みを知る必要がありそうだ。

伝手を辿り機会を狙って、可能な限り詳しく追求しちゃる。

峰打ち程度ならまだしも、突然後ろから袈裟懸けに切られようものならアウト。

素敵な王子様に巡り合う前に、あえなく昇天ということになりかねないもの。


 「士官候補生ってことは、わたしは本当に武装行儀見習いではなくなるので?」

「そうよ。

あんたは今日から、実質、この艦の一番下っ端ってこと。

まあその点では今までと何も変わりはしないわね。

前の戦争の時に制度化されていた戦闘行儀見習いは、海軍特別年少兵の別名だったけど、幹部候補生要員として下士官に準じる扱いだったわ。

士官候補生は階級的には下士官の上になる准士官だけど、そんな肩書き実戦じゃ何の意味も持たないわよ?

古代のロイヤル・ネービーならいざ知らず。

あたし達都市連合の海軍でも。

元老院暫定統治機構の海軍でも。

判断力、知識、技術、人望があって初めて士官として機能できるの。

経験と学習ってのは、例えて言えば鈍刀を研ぎ上げるために必要な砥石ってことよ。

経験と学習って砥石が普通の砥石と決定的に違うのは、水や油の代わりに血と汗と涙を使ってスキルを研ぎだすということかしらね。

先の大戦で、幹部が全員戦死か重傷を負って、指揮できる士官が全くいなくなってしまったフリゲート艦があったの。

生き残ったクルーの中で一番階級が高かったのが、赤毛で小柄の女性士官候補生だった。

彼女が艦の指揮を引き継いで、敵のフリーゲート艦と戦列艦を連続撃破したという例があるわ。

経験はあるに越したことは無いし学習は絶対に必要。

けれどもその士官候補生のことを考えれば、経験と学習が有能な士官としての必要十分条件かっていうと、そればかりではないわね。

みんなが能力を認めて、自分の命を預けようと言う信頼関係を築ければ、ポット出のあんただって明日から立派な士官様よ。

まあ、気張りなさい」

「はあ」

「そこは『はあ』じゃなくて『はい!』でしよ?ノリの悪い子ね」

ブラウニング艦長が大袈裟な身振りで天を振り仰いで見せた。

 わたしは同じオフィサーでも、海軍ではなく郵便局のオフィサーに成りたいのだよ。

ケイコばあちゃんの手紙のせいでなし崩し?

いや違う。

手紙の内容が正しいのなら、わたしがピグレット号に乗り組んでいるのは、むしろ保護されているという立場に近いのだろう。

うだうだと考える暇を与えないというブラウニング艦長のはからいは、実に艦長らしいプラグマティックな思いやりなのかも。

ピグレット号には人手が圧倒的に足りないわけだしね。

 わたしは目まぐるしい境遇の変化やら、我が身に背負わされた重そうな使命?やら何やらで、身心共にぐったり疲れ気味だった。

一休みして考えをまとめたいなと思って艦長の様子を伺うと、何やら騒々しいざわめきが後部甲板のハッチ付近で湧き上がった。

怖い顔をして誰ぞの首根っこを引っ掴み、ざわめきの中からこちらへやってくるのは?

あれは左舷直第二班班長のサナコ・リー・サカモト兵曹さんだ。

小柄なサナコさんにずるずると引っ立てられてきた人物が転びそうになり、たまさか顔を上げてわたしの方を見た。

ディアナだった。

 「よっ!」

わたしを見た照れくさそうなディアナの口がそんな感じで動いた。

驚きより呆れた感が強いサプライズだった。

スキッパーがわたしに一瞥(いちべつ)をくれ、尻尾を振りながら嬉しそうに吠えた。


 「でっ?

船を下ろされるメンバーの中にアリーちゃんが居なかったのを不審に思ったと」

ブラウニング艦長の何処か疲れたような口調にディアナがコクコクと頷いた。

「何か理由があるにせよ、アリーちゃん一人では心もとない。

ここはひとつ自分が一肌脱いで面倒を見てやろうじゃないか。

そう思いつき、密航を試みたと」

再びコクコクとディアナが頷いた。

「面倒なのはあんたよ。

ぬけぬけとよくもまぁ、あたしの命令を無視してくれたこと。

落下傘背負わせて今直ぐにでも艦の外に放り出す・・・。

それが結局はあんたのためだと思うけど」

ディアナは両の拳を口に当て恐怖に引きつった目を見開く。

「見え透いた演技をするでない」

ブラウニング艦長がポカリと一発ディアナの頭に拳固をくれた。

ディアナは両の手を握ったまま頭を抱えてうずくまった。

スキッパーが右の前足をディアナの肩に置いてワフッと一言意見した。

 「遊びごとではないのだ。

アリアズナ・ヒロセ・ムター嬢には特殊な事情があるので、無理を言ってここに残ってもらった。

貴様も十分承知のことと思うが、ピグレット号は会敵すれば戦闘行動に入る公算大だ」

ルートビッヒ・マオ・ブラウニング艦長の背筋にたまさか鋼(はがね)が入り、酷薄な指揮官の目から放たれる、ビームみたいな視線がディアナを刺し貫いた。

しばし後部甲板に冷たい沈黙の時が流れた。

 初めて見る、ブラウニング艦長のまるで本職の軍人みたいに厳(いか)めしいお姿だった。

正直なところサイコ全開のマリア様より恐ろしかった。

これが部下に時として「死ね!」と命じなければならない指揮官が持つ、覚悟に裏打ちされた凄みだろうか。

だけどありがたいことにそれも長続きはせず、すぐに目尻が垂れいつもの艦長のように力が抜けた。

「まっ、現実問題として今更どうしようもないわね。

ダイ、あんたアナポリスの海軍兵学校を志望してるのよね。

座学も実技もそれなりに進んでる?」

「専門分野に応じて副長や下士官クラスまで、広く教えを請うて来たようです」

ディアナの隣で直立していたサナコさんが応じた。

部下の不始末にサナコさんのお顔の色が悪い。お座りしたスキッパーが、キリッと表情を引き締めワンとひと吠えした。

「ルーシー、そうなの?」

「私の見るところ、ダイは熱心な生徒だったし、遺憾ながら極めて優秀と言い添えねばなるまい。

ルートが兵学校の一年だった時よりできるかもな」

モンゴメリー副長は本当に困ったという顔をしたが、目は笑っていた。

「ますます、ムカつく娘ね。

スキッパーの口添えもあることだし、分かったわ。

ダイ、あんたも今から都市連合海軍の士官候補生よ。

書類上アリーよりも先任の扱いにするから、しっかり面倒見てやりなさい。

ふたりしてとっとと使い物になる空の女になるのよ。

戦時任官だからね、現任務終了後二人とも艦を下りてもらう際、アナポリスへの正規編入命令を出すからそのつもりで。

規定によると、一回でも実戦を経験して生き残ることができれば、編入試験は免除よ」

ディアナが顔を上げてニヤリと笑った。

すかさずブラウニング艦長が二発目の拳骨をみまってハッチの方に向かった。

今度は一発目より本気っぽかった。

再びディアナは甲板に沈んだ。

スキッパーがやれやれといった顔つきで、うつ伏せに倒れたディアナをわざわざ踏みつけて艦長の後を追った。

いよいよわたしの進退も極まった感がある


『こいつ余計なことしやがって。

アナポに編入なんて聞いてねーぞ』


どうすりゃいーんだわたし。

倒れ伏すディアナをつま先でつつきながらわたしは途方に暮れた。


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