垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~
第7話 運命は少年に無慈悲だった 11
円には、現在進行形で推移する状況がよく呑み込めない。
ふたりからは手を握られたり指先で触れられる以外は完全に無視されている。
ふたりの動作と視線の向きは、まるで事前に何度も練習を重ねたかのように滑らかに変化する。
変化する度にふたりは頷き合って、何事かを再確認するかのように短い言葉を交わす。
それが最後だった。
ルーシーと雪美は軽くうなずき合うと手を繋いだままで、それぞれの空いている方の手で円の左右の手を取った。
ちょうど三人でかごめかごめをするように手を繋いで輪になったのだ。
三人が円環と成った瞬間、ルーシーと美雪の目が大きく見開かれる。
驚愕のあまりか、口がぽかんと開いてふたりの小さくて白い歯がのぞく。
「「・・・これは今日一番の驚きね。
まさかこんなことまでおきるなんて。
・・・サークルの中では円はマドカと呼び捨てでかまわないわね。
わたし?わたしたち?はそうね。
双葉さんにならってルーとユキと呼び合うことにしましょう」」
ふたりは寸分違わぬタイミングとイントネーションで言葉を発した。
ふたりは手つなぎの輪を解き改めて円に向かい直る。
「マドカは今日はもう帰っていいわ。
わたしはこれからユキと少し話があるの」
「マドカ君。
気を付けて帰ってね。
昨日あんなことがあったのだし、今日は駅までバスを使いなさいね」
「ユキの家はわたしに家から近いのね。
とりあえずわたしの家に行きましょう」
「分かりましたルーさん。
一瞬で情報が共有できるのって便利です。
けれど最後のパターンは自分が無くなると言うか。
考えてみるとかなり怖いことだし、今になるとちょっと抵抗もあります」
「ユキ。
それはわたしも同感。
マドカ相手なら良いけれど・・・。
お互い隔意が無い事は分かっていても、気持ちの良いものではないわね。
出来ればわたしたちふたりの間では必要最小限でいきましょう。
マドカへのふたりの立ち位置のこともあるしね」
「ルーさんはともかく、わたくしについては結構来ちゃってます。
ご覧になったでしょう。
そこは譲れない線です」
「・・・わたしだって。
・・・でもそこのところはわたしについてはまだ保留。
自分の事なのに・・・良く分からないの」
「ルーさんは案外往生際が悪いのですね。
・・・隠し切れて居なかったこともありますよ?」
「ユキ。
あなた少し意地悪よ」
「ごめんなさい。
つい」
ふたりは互いの瞳をあわせてはにかむように微笑みを浮かべる。
なぜか鏡像のようにそっくりな微笑みだった。
円は呆けたような顔をしてその実、盛んに考えを巡らせていた。
ふたりの行動と態度を見れば、雪美の能力の試行実験をしていたのは明らかだ。
この場で円は明らかに蚊帳の外に置かれている。
だが自分への呼びかけが加納君からマドカへと変わった一事を取ってみても分かることがある。
ふたりが考える加納円への評価が、ここに来て一挙に下落した。
それだけは確かだったろう。
思春期の少年なら誰もが抱え込む細やかなナルシシズムを支える一縷の望みはあるだろうか。
ふたりが円をナイスガイと認定して褒めそやしたくなった。
そのため殊更に親しみを込めマドカと下の名前で呼ぶことにした。
円はそんな脳内お花畑的可能性を検討しても見る。
だがいくらなんでも『それはありえないよね』と、我ながらかなり恥ずかしくなってしまうことだった。