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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #146

第十章 破船:14

 「怨讐を腹に納め再び、全ロージナ的結社を組んだ先人たちは考えました。

門地門閥、その出自に関わらず。

おたっしゃクラブの会員でさえあればです。

元老院暫定統治機構だ。

都市連合だ。

惑星郵便制度だと口角泡を飛ばす。

そんな器の小さなしがらみを超えることができる。

おたっしゃクラブの会員なら、人が持つ偏狭なナショナリズムを超えて、惑星ロージナの未来のため共に働けるに違いない。

そうあらねばならない。

先の大戦に打ちのめされた先人たちは、過ちを繰り返すまいと真剣に考えたのだと思います」

チェスターは大きく息を吸い込んだ。

「どんな地域の出身者だって船乗りであるのならば。

大海原で蒼穹を仰ぎ、潮風を呼吸して生きていることに変わりはありません。

そんな船乗りをおたっしゃクラブの仲間だけで一つの船にまとめれば、理想の実現も可能ではないか。

そうした艦船を作れば、ロージナの未来を守る魁とすることができるのではないか。

そう考えた人間がいたわけです」

チェスターは一旦言葉を切ると、改めてクルーの顔を見回した。

「僕は理想主義を頭から否定するつもりはありません。

人の理想は歴史を変えるものと思っています。

けれども僕は玉虫色の理想を鵜吞みに出来るほど善人ではありません。

それはみんなも覚えておいてください。

理想を読み違えて僕が判断を誤った時、それを止めるのはクルーのみんなの義務です。

こんな船に乗った因果と思いその時は、速やかな断罪をお願いします」

気持ちの良い風が甲板を吹き抜けていった。

理想はあくまで理想。

岐路に立った時は自分の頭で考えろと、チェスターはクルーに伝えたのだった。

「インディアナポリス号は、おたっしゃクラブが持つ理想。

その根本理念から生まれた希望の船なのだそうです。

そうしたキラキラしい申し送りを、僕とバイロン副長は先代の艦長から受けたのでした。

蛇足として付け加えるならば。

本艦と同様の趣旨をもって運営されている艦船や船舶は、ロージナのあちこちにあるそうです。

都市連合や惑星郵便制度は言うに及ばず、各地の地域行政組織に結構な数秘匿されているそうです。

話を元に戻して、わたくしごと的に言わせてもらえるならばですが。

僕も副長も平穏無事に通常の艦隊勤務を続け任期を全うするつもりでした。

僕は人間がひねくれているせいか、理想と言う言葉がちょっと気持ち悪く感じられるのです。

ですからおたっしゃクラブがらみの厄介ごとには、どうぞ巻き込まれませんようにと、日々願ってきました。

そうして僕の切なる望みがかない、何事も無かったのであればです。

やがて任期を終え、次の艦長と副長にインディアナポリス号の秘密を託すことで、またひとつ時代が巡るはずでした」

しわぶき一つ聞こえず、風が帆を打ち、波が船体を振動させる低音がなぜか心地よかった。「・・・少し、話が飛びます。

みんなも今回の開戦については、色々と腑に落ちない点が多いことと思います。

みんなが感じているだろうと思う、プリンスエドワード島以来の言うに言われぬもやもや。

それは等しく僕も同じように感じているものであります。

けれどもガルム号と昨日偶然に接触したことにより、そのもやもやの理由がかなりつまびらかに成ったと思います。

ロージナで一番の早耳は惑星郵便制度です。

僕はその幹部であるガルム号の船長から機密情報を手に入れました。

実は彼女もおたっしゃクラブの会員でした。

ついでに言ってしまえばガルム号自体が、インディアナポリス号と同じ使命を背負った船でした。

ちょっと悔しいことに、ふたりが同じ穴の狢であることを、僕は知らなかったのにガルム号の船長は知っていました」

クルーの表情が引き締まり、チェスターの全身は彼ら彼女らの真剣な眼差しを痛い程に感じた。

すぐそばに控えるレベッカの気配が、いつもながら頼もしく嬉しかった。

「惑星郵便制度はみんなも知っているように、中立の組織としてはロージナで一番高い信頼がおけます。

それを念頭に置いて彼女とは、おたっしゃクラブの同志として。

同じ使命を背負った船の頭として。

腹を割って話を聞くことができました。

その結果得られた情報は名高いインテリジェントサービス。

御存知、惑星郵便制度幕僚監部第二部別班が収集分析したものでした。

見せてもらったレポートの表紙には、特A秘匿のスタンプがこれ見よがしに押してありました。開戦に至った現在、特A秘匿の情報でも隠す意味のなくなったことが分かります。

おたっしゃクラブの同志とは言え・・・」

チェスターは一呼吸おいた。

「・・・僕や副長は、彼女らにとって心情的には敵方なんですけどね。

そんな僕らに特A秘匿レポートを見せることに、彼女は全くためらいが無いようでした。

それもそのはず、個人の感情などどうでも良くなってしまう程に状況は深刻だったのです」

クルーが浮かべる困惑の表情を見据えて、チェスターはゆっくりと丁寧に話を進めた。

 元老院暫定統治機構の首都ナイメーヘンや地方都市のメンフィス、イズモ、オルドヴァイなどでは反元老院、反十人委員会のデモや組織的集会が、ここ最近とみに先鋭化した。

十人委員会はこれを域外勢力の支援を受けた反政府活動と決めつけた。

十人委員会の決断は早かった。

時を置かず、目付配下の機動部隊である御徒組に叛徒の武力弾圧を指示したのだった。

御徒組の武力弾圧は苛烈を極め死者が多数出た。

時を同じくして、かねてより穏健、宥和派として知られていた海軍トップの海軍運用委員長。

ソフィア・アルゲリッチ・ペリー提督が側近の幕僚と共に、職務怠慢と職権乱用のとがで逮捕、解任された。

彼女らを下支えしていた元老院暫定統治機構内左派のリベラルパートも、同時に粛清を受けほぼ壊滅したと言う。

軍上層部の更迭を受けて、新しい海軍運用委員長と陸軍運用委員長が兼任となった。

指揮権は記録調査保管所所長のアントニオ・ツジ・ボルマンに一任され、ボルマンは元老院の独裁官の役職についた。

ボルマンは早くから十人委員会の右派として知られた人物だった。

そのボルマンが海軍・陸軍・警察情報組織を束ねることになったのだ。

結果として“国家の暴力装置”は根こそぎ十人委員会の統制下に入ることになった。

各都市や市町村の首長から成る元老員議員団は、一連の粛清更迭劇以降、ただでさえおざなりだった議員の義務を完全に放棄した。

自分たちの既得権益と身の安全を図る為、大政翼賛会なる組織を立ち上げ、十人委員会の全面的支持を表明したのだった。

 勢いに乗った十人委員会は、市民の不満を逸らすと同時に権力拡大を企図し、プリンスエドワード島の先進技術を手中に収めようとしている。

プリンスエドワード島への大規模な進攻作戦は、正規軍ではなく十人委員会直属の親衛艦隊と親衛陸戦隊が投入される。

都市連合に対する宣戦布告の裏にある真の目的は、このプリンスエドワード島侵攻作戦である。

 チェスターが話した大事とはインディアナポリス号の使命ばかりではなかった。

長く外洋に居たクルーにとって、故郷の政変と十人委員会が画策したと言う侵略戦争は、おたっしゃクラブの秘密以上の衝撃だった。

クルーはみな驚きを隠せず、そのまま私語も交わさないで息をのんだ。

さらに、インディアナポリス号をはじめとする更迭された海軍運用委員長隷下の艦船は、全艦もれなく外洋で単艦任務に就いているか入渠中だった。

そんなおまけ情報まで耳打ちされたことをチェスターは明かした。

 惑星郵便制度の情報が正しければ、親衛艦隊以外の艦船と海軍部隊は、都市連合海軍相手に釘付けとなる方向でシナリオが進行していたのだった。

どうやら惑星郵便制度は人の家の事情に、当事者より遥かに深く通じているらしかった。

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