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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #144

第十章 破船:12

 「島影からアンノウンの航空船もしくは航空艦が出現!」

トップ台で警戒観測に当たっていたシンクレアが、アンノウンの発見を叫んだ。

彼女のコスチュームは地味な黒いワンピースの水着だったが、それはそれで妙に艶めかしかった。

「やっとね。

しっかし遅いご登場ね。

脳筋ユリウスと全く連携取れてないじゃない。

バスカービルのウイリアムは何考えてるのかしら」

「好色ビルの考えてることなんぞ分からん。

分かろうとも思わん」

水着に着替えたモンゴメリー副長が不機嫌そうな様子で下甲板から上がってきた。

手には下着の詰まった手提げを持っていて、常よりことさら無表情なスペンサー掌帆長に引き渡した。

「ルーシー、何怒ってんのよ。

その水着良く似合うわよ。

よく見りゃ、あんたホントにいい女だわ。

あたしが男なら絶対放っておかない・・・ってばよ!」

「・・・・・・・」

「ルートビッヒ様わたくしはいかがですか?」

「マリアったら!

あんたは何着てても着てなくても、いつだってどこだって最高にゴージャスなレディよ!

今だって、このあたしの目が眩みそうなんだからね!」

スペンサー掌帆長はブラウニング船長とモンゴメリー副長以外には決して見せることのない、士官学校以来の柔らかで愛らしい表情で頷いた。

信頼と愛情の裏付けがあるふたりにだけは、心と表情が自然に同期するマリアだった。

「アンノウンは元老院暫定統治機構。

十人委員会親衛艦隊所属ベーカー級スループ艦。

バスカービル号。

艦長ウイリアム・シャフリヤール・シェイクスピア海佐。

バスカービルのウイリアムです!

距離9500」

シンクレアがあわててパーカーを羽織り胸元を押さえる様子が見えた、

甲板のあちらこちらでも一斉に悲鳴が上がった。

『ほらね、思った通り』とブラウニング船長はモンゴメリー副長に肩をすくめて見せた。

刹那、スペンサー掌帆長の鋭い号笛が響いた。

「お嬢さん達、落ち着きなさいな。

これからバスカービル号の間抜け共をエグイだまし討ちで血祭りに上げるわ。

しばらくの辛抱よ。

やつらの冥途の土産にあんた達のもったいなくも神々しい造形美を、これでもかというくらい見せつけやりなさい。

心貧しき男共も今生最後のその時。

今際の際には、ありがたーいミューズの化身に滂沱の涙で手を合わせ、ろくでもない人生に幕を引くことでしょうよ。

全人類の心ある女性の為、あたしたちが破廉恥漢どもに引導を渡してやるのよ!」

自分たちのはしたなく、あられもない格好の意味が漸く腑に落ちて、全船からどよめきが上がった。

バスカービル号と聞いて泣き出したクルーにも、たちまち満面の笑みが戻った。

「直進安定のため、スイーパーを展開。

直後に総帆展帆。

幸い風は味方してくれてるからね。

そのまんま順風受けて突貫よー。

充分速度を付けて直近で総帆縮帆。

船首砲の爆裂弾と焼夷弾をセットで撃ち込んで、船首を敵の左舷にぶつけるわ。

反動で進路が変わる直前にスイーパーを分離。

一回転したら、もう一発ずつ爆裂弾と焼夷弾をぶち込んでフォアコースとトップスル、トゲンスルを開帆。

内陸に向けて進空の後、丘陵地帯まで到達の後そのまま乗り上げて上陸よ。

スイーパー分離後、船は回転するから第二射と開帆のタイミングはかなり難しいわ。

でも、今回はジブもスパンカーも健在だからね。

プロペラも引き出してスターリングエンジンも全開よ。

あんたたちならやれる。

小娘どもー。

性根を据えて気張んなさい!」

 なぜバスカービル号がユリシーズ号と大きく離れて別行動を取っていたのかは謎だった。

そうは言っても、バスカービル号がやる気満々のフル装備で、第七音羽丸の前に現れたことだけは確かだった。

士気だけはうなぎ登りだが、船底部を失い使える砲は船首砲一門だけだった。

クルーは定員の半分以下で舵も満足に効かない第七音羽丸だった。

しかしその時奇跡の様な追い風を帆に受けて、第七音羽丸は必殺目くらましのお色気満艦飾で驀進を始めたのだった。

第七音羽丸の娘達の戦闘操艦は、そのまま操練教範のお手本にしても良い程完璧に執り行われた。

砲にも付かず野卑な歓声を上げ続けるバスカービル号の上機嫌は、一瞬で阿鼻叫喚へと様変わりしたのだった。

風上に向けて間切り帆走していたバスカービル号の操船もまた、第七音羽丸に負けず劣らず目を見張るほど見事なものだった。

バスカービル号のクルーは、互いの顔がハッキリと視認できる衝突すれすれの近さまで接近して、第七音羽丸のお宝を確認しようとしたのだ。

いやが上にも盛り上がるバスカービル号は、手が届くほどの至近距離で反航するためにタックを変えようと面舵を切った。

反航後第七音羽丸と併進して接弦、白兵戦に持ち込む腹積もりの様だった。

 好色ビルはあらかた兵装を下ろした第七音羽丸とブラウニング船長のことを舐め切っていたのだ。

バスカービル号が面舵を切ったその瞬間、第七音羽丸はスターリングエンジンまで全開にした起死回生の取舵を切り衝突コースに乗った。

眼前でどてっ腹を晒すバスカービル号に対して、第七音羽丸の必殺の船首砲が火を噴いた。

セットで撃ちだされた爆裂弾と焼夷弾は、バスカービル号の左舷中央より少し前部に命中した。

艦内で爆裂弾が爆発した直後、続けて着弾した焼夷弾の鮮やかな炎が破孔からか噴き出した。

艦首砲の発射を合図に全ての帆が手早く畳まれ、同時にスイーパーを切り離した第七音羽丸は、取舵を切ったままバスカービル号の左舷艦尾に衝突した。反動でバスカービル号は反時計まわり、第七音羽丸は時計回りで回転を始めた。

船底の水平帆による抵抗がない分音羽丸の方が回転が速かった。

船体が一回転する間に次弾の装填が行われた。

船首が再びバスカービル号に向いた瞬間、第二射が撃ち込まれた。

再び爆裂弾と焼夷弾が今度は右舷側に命中し、バスカービル号からは新たな炎が噴き上がった。

「ブラウニング!

この野郎。

てめえ、きたねーぞ。

娘っこを目くらましの盾にするなんざ海の男の風上にもおけねーやつだ。

男なら正々堂々と拳固で勝負しやがれ」

大きなメガホンを手にしたバスカービルのウイリアムが拳を振り上げ、舷側から落ちそうになるほど身を乗り出して怒声を上げた。

真っ赤に染まった好色ビルの顔は、火災の熱気を受けてのことだけではないのは確かだった。

「野郎とは失礼な。

おあいにく様。

あたしは海の男なんかじゃないわよ~。

ソ・ラ・ノ・オ・ン・ナよ~。

あたしはねぇ、大空に咲いた一輪の薔薇なの~。

あんたの手前勝手な小理屈なんかおととい来やがれよ。

この世の見納めに素敵なものが拝めて良かったわね~。

昔のよしみで出血大サービスよ。

それじゃ、先を急ぐのでお名残惜しいけれどもお暇するわ~。

ごめんあそばせ。

オーッホホホ」

ブラウニング艦長もすかさずメガホンを手にすると、満面の笑顔で好色ビルに答えた。

同時にたった今、困難な仕事をやり遂げた娘達から黄色い歓声が上がった。

後部甲板で最早返す言葉もなく、彫像の様に呆然と固まるシェイクスピア海佐だった。

消火活動で右往左往するバスカービル号の酸鼻を極める修羅場は、第七音羽丸の陽気なお祭り騒ぎに比べるとあまりに対照的光景だった。

 バスカービル号の惨状は、賞金獲得を度外視した掟破りの短時間殲滅戦の凄まじさを、余すところなく具現化していた。

海水による消火の叶わぬ航空艦に、二発も焼夷弾を撃ち込んだのだ。

大切な娘たちをケダモノから守るためとは言え、悲惨非情を通り越し無惨無情に至る、ブラウニング船長一世一代の鬼畜の所業ではあった。

 バスカービル号のクルーには最早成す術がなかった。

被害はダメージコントロールの範疇をとっくに超えていたのだ。

爆裂弾と焼夷弾による火災で、反撃はおろか総員退艦もままならない状況だった。

そんな修羅場で右往左往している所に火薬庫の誘爆まで起きた。

泣きっ面に蜂はこのことだろうか。

止めのだめ押しだった。

噴き上がる炎と煙に包まれたバスカービル号は原形を失い、火のついた艦体構造物をばら撒きながら、ゆっくり回転しながら遠ざかって行った。

バスカービル号の航跡には、次から次へと盛大に咲き誇るパラシュートの花が望見された。

 第七音羽丸はこうしてまんまと、二度目の危機まで乗り切ったのだった。

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