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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #11

第一章 解帆:11

『音羽屋!』


わたしは心の中の大向こうから、声には出さなかったけれども、アキコさんにお作法通りの掛け声をかけた。

地球の東洋で古くからあったという、人を茶化すとき使うおまじないみたいなものだ。

起源は芝居小屋の後ろの方、大向こうから役者に向けて掛けられた称賛の声だったらしいけどね。

「面白そうなお楽しみは骨の髄までしゃぶり尽くしたいという、あんたのその精神は良く分かるけど調子に乗りすぎ。

見てみ。

あのアリーの目」

クララさんが、アキコさんの暴走を完無視して大人しくお茶を楽しんでいたわたしに向かって、顎をしゃくって見せた。

涙目が妙に可愛いアキコさんが、頭のてっぺんを両掌で摩りながら叫んだ。

「イッターイ。

アリー、てめえ、なんだその冷ややかで憐みに満ちた眼差しは!

クッ、おぬし拙者を愚弄するか、そこへなおれ手打ちにしてくれる・・・アヤヤ台詞が変・・・ちっくしょー、アリーッ、憶えてやがれこのおとしまえは・・・」

もう一発クララさんの拳骨が炸裂した。


『アキコさんなんだか台詞がとっちらかってますよ?』


「だから、はしゃぎすぎ!」

クララさんが半眼になった。

「海軍伝統の精神注入鉄拳!確かにいただきましたっ!」

アキコさんは頭のてっぺんを両手で押さえたまま目を潤ませて、崩れ落ちるように椅子にへたり込んだ。

「そんな伝統ナイナイ。

精神注入鉄拳って、いったいどこからの引用?微妙に違っているような感じがするけど。

まあ、アキちゃん、とにかくあんたはしばらく口を閉じてなさい」

クララさんも腰を下ろすとよく日に焼けた頬の筋肉を和らげた。

彼女はリラックスすると少したれ目になる。

自分のだんまりが場の空気を悪くしたと気付いたのだろうね。

「ちょっと考え事しちゃって、悪かったわね。それでケイコさんからの封筒って一通だったの?」

クララさんはごめんなさいと、みんなに謝ってから閑話休題した。

「まいまい堂謹製の大ぶり封筒で船長宛に二通です。

乗船の際に手渡すようにと言付かりました」

パットさんの顔からふわっとした笑みがこぼれた。

彼女も音羽村の文具店まいまい堂のレターセットを愛用しているのだろうことがまる分かりの表情だった。

「だろうね。

その内の一通に命令書が入っていたと。

もう一通の封筒にも、多分もう一つ命令書が同封されてたわね」

「行先変更をわざわざ武装行儀見習いに伝えるなんてことは普通しないですよね。

何かあるなと思っていたら案の定、プリンスエドワード島に着いたらアヴォンリーにある惑星郵便制度中央郵便局へ行けと命じられました。それで、中身を受け出してこいと、私書箱の鍵と合言葉を書いたカードを船長から渡されました」

わたしはさっき船長から手渡された、古い木札のついた真鍮の鍵とカードの入ったぽち袋を、ウエストポーチから出してクララさんに差し出した。

「いいの?」

クララさんはちょっと戸惑いながら二つのアイテムを手に取った。

「別に秘密にしろとか言われてませんから」「キーとパスワードか」

「いえ、鍵と合言葉だそうです。船長が念押ししました」

「・・・何か意味があるのかしら」

クララさんが首を傾げた。

「きっとお宝探しの陰謀ですぜ。

ちっくしょー、あのくたばり損ないのババァ、ビッチな孫娘使って欲深な船長をたらしこんだ揚げ句、上手いことやらかそうって腹づもりに違いありやせん。

お頭、ここはあっしらも一枚噛んだって、ぜってー損はありませんぜ」

アキコさんが目をらんらんと光らせながら復活した。

「誰がお頭だって?

精神注入鉄拳だっけ?

もう一つあげとく?

それとも船長に対するあんたの素直な人物評、欲深?。

それ、ボースンにお恐れながらって御注進申しちゃう?」

クララさんが冷たい笑顔でアキコさんに笑いかけた。

「ヒエーッ、マリア様に、掌帆長様にチクルのだけはご勘弁を。

裸にひんむかれてヤードの端から逆さに吊るされちまいます。

おとなしくします。

今すぐ、うでる前のコンソメ貝のように黙りこくって静かにいたます。

みなさんのお手本になるくらいの良い子になりますからどうぞご慈悲をー」

掌帆長という単語一つでアキコさんの顔は荒神に怯える生娘のそれになり、脳内妄想が吹き飛んで正気に戻ったことが分かった。

「それでどういうことなんでしょうか。

たぶんわたしは当事者なんだと思うんですけど、何の説明もなくて。

・・・何度か船長が意味深な感じで、ニャって笑ったんですよ。

ニヤって。

田舎の今にもつぶれそうな手芸品屋の店主が書いた手紙に、いったい何が書いてあったって言うんでしょう? 

それに、命令書ってなんなんです?

そもそもおばあちゃんにどんな権限があるって言うんですか」

わたしはカップを取り、少し冷めた中身をごくりと飲み干した。

手が少し震えていた。

「中等学校卒業したと思ったら進学資金は自分で稼げっておばあちゃんに言われて、嫌も応もなくいきなり第七音羽丸の武装行儀見習いとして奉公に出されたんですよ?わたし。

右も左も分からないまま甲板で潮焼けして先輩は全然頼りにならないし」

わたしは淑やかな令嬢のふりをしているアキコさんにジト目をくれた。

「わたしってば、自分で言うのもなんですけどやさぐれちゃって・・・。

やっとこさ村に帰れると思っていたら、なにやら陰謀めかした秘密指令で船は寄り道だし、不気味なおつかいのミッションまで仰せつかったんですよ?

それもこれもぜーんぶっ、ケイコばあちゃんの企みで。

自分のおばあちゃんのことを悪くは言いたくないですけど、卒業以来がっちり型に嵌められているようで、わたしにとっては分からないことだらけです。

わたしは一刻も早く村に帰ってお給金頂いて、憧れのポストアカデミーに進学したいんです。

何だったら間が良いので、プリンスエドワード島で船からそのまま降りちゃったって良いくらいなんです」

わたしが一気にまくし立てるとクララさんは困ったような顔で溜息をついた。

「それじゃあ、アリーはこの件については本当に何も聞いていないんだね。

申し訳ないけれど、あたしの口からは推測にせよ、迂闊なことはいえないよ。

必要なことならケイコさんが前もってあんたにお話したろうし、船長もおそらく事情はご存知なんだろうけど、一言の説明も無かったのならそう言う事だよ。

プリンスエドワード島で私書箱を開けば、傍から見たってなんだか回りくどい、あれやこれやについての理由もきっと明らかになると思うよ。

そしてそのときもう一つあるはずの命令書の内容も分かろうというものよ。

いやー、アリーには申し訳ないけど、アキちゃんと同じようにあたしもちょっとワクワクかも。

どうやら冒険活劇の臭いがするわね。

これは」

クララさんは再びたれ目の笑顔になってポンとわたしの頭に手のひらを乗せた。

アキコさんが我が意を得たりとばかりに、今度は懸命にも口を閉じたままうんうんとうなずいた。

その向こうではマドレーヌをかじりながら幸せそうに微笑んでいたはずのパットさんすら、ビカビカと瞳に星を散らしていらっしゃった。

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