垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~
第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 31
「ご自分のお仕事をわたしたちに褒めてもらおうと?
それでこんなサプライズを企んだと?」
三島さんがシスターに触り先輩が僕の手を引っ張って接続する。
「ひいー。
ごめんさい。
ごめんなさい。
ごめんなさ~い」
シスター藤原は『親しく付き合ってみると不思議ちゃんの要素が多い』とは“あきれたがーるず”の感想。
例えて言えばドロンジョ様とポリアンナ・フィティアの人格が同居してるような?
ミレニアムな深謀遠慮に裏打ちされた賢さと見た目のままの未熟さ軽薄さが同居している?
シスターはそんな摩訶不思議な老獪と浅慮を搭載する、みてくれ小娘ってこったろうか。
橘さんを除く“あきれたがーるず”の面々は、シスター藤原の粗忽ながらも天真爛漫なペルソナを決して嫌ってはいない。
シスターとは表面上、まるで遊び友達の様な仲良し付き合いをしている。
その分、皆の超年長者に対しての遠慮や会釈はなくなったが、当のシスターはそれを意に介する風もない。
むしろ“同年代の友達付き合い”に溶け込むことができて嬉しいのだろうか。
言葉遣いや態度を最年少の秋山に寄せてきてる節もある。
精神年齢が近いのか単に気が合うだけなのかは分からないけどね。
シスター藤原が毛利邸を訪れた初日から、秋吉と一緒に大はしゃぎしているのは印象的だったよ?
そうしたシスターの立場や年齢を無視する扱いは、“あきれたがーるず”なりの同情と配慮もあるかもしれない。
桜楓会での職階上、孤独な日々を送らざる得なかったシスター藤原である。
そのシスターと仲良しこよしになれば、彼女の内心を探るきっかけにもなるしね。
身近に気の合う友達が居なかったと嘆くシスターの願いを叶える。
そのことで貸しを作り、関係性を優位に保とうと言う算盤勘定もあるのだろうけどね。
誰も教えてくれないのでそこら辺は良く分からん。
僕が余計なことを喋らないようにという配慮なのかな。
僕自身とシスター藤原が接触する機会は“あきれたがーるず”の完全な制御下にある。
たまにシスターと会話する時は必ずメンバーの誰かが横にいるんだよ?
三島さんが同席する事が一番多いかな。
まあ、こんな“あきれたがーるず”の様子からすればアレだ。
千年の英知に対し若々しい集合知も負けてはいないと言うことさ。
僕はシスター藤原との仲良しごっこに混ぜてもらえないので大抵は蚊帳の外だったけどね。
彼女たちを観察していると面白いこともある。
先輩と三島さんのシスターに対しての扱いは、ちゃらちゃらしていて考えの浅い後輩を相手にする。
そんな設定だろうか。
「はいはい」って言いながら適当にあしらう感じだね。
橘さんさんはシスターにとっては苦手な先輩という役回りかな。
シスターとしては、かまってほしいし好きに成ってもらいたい。
だけど上手く嚙み合わない先輩と後輩ってやつだ。
秋吉とはここに来て、ほとんど姉妹付き合いみたいな様相を呈しはじめている。
秋吉が少し大人っぽい“姉さま”に憧れているっていうシチュだな。
シスターとしては近しい態度で無邪気に懐かれるっていう経験が新鮮なんだろう。
現実の秋吉は無邪気とばかりは言い切れない。
あの幼さなさで深淵を覗いたことがあるんだよ?
実は複雑な陰影に富んだ性格を内に秘めている。
それが秋吉晶子という少女なんだけれどね。
秋吉は目的の為には手段を選ばずという冷徹な一面だって隠し持ってる。
僕はそのお陰でトホホな凶状持ちになっちまったんだぜ。
知らぬが仏とはよく言ったもんさ。
父親と再会して日常が安定してからは、秋吉も妹キャラにメタモルして今日までやって来た。
そんなやり方は元々一人っ子だった“アキちゃん”のペルソナとして実に収まりが良いらしい。
女子中学生としては少々あざとい気もするが、当人が幸せそうなのだからそれも良しだろう。
シスター藤原の私生活を鑑みれば、千年以上も生きてきたのだ。
気を許せる親族などとうに死に絶えていることだろう。
そんなシスターが秋吉を本当の妹の様に思い始めている。
なんだか切なくなる話だ。
「これはアキちゃんにはナイショね」
シスターの秋吉への思いを読んだ三島さんが、いつになく優し気な表情で教えてくれたことさ。
何だか鼻の奥がつーんとしてしまったよ。
「まけにまけて祖母と孫娘だろう!」
照れ隠しに突っ込みを入れちまった。
あらあらと三島さんは笑っていたけどね。
シスターの寂しさや哀しみに思い至り、デリカシーに欠ける自分を少しく恥じたものだよ。
シスター藤原が毛利邸を頻繁に訪れるようになった当初は、僕らに対して妙に親し気な彼女に疑いを持ったものだ。
『これはシスター流の韜晦か?』
そうした疑念は有無を言わさず先輩と三島さんが精査した。
驚いたことにシスターに下心はなかった。
僕たちと居るのが楽しくて仕方がない。
本当にそう思っているのが明らかになった。
友情や愛情に飢えるシスターの心とはどのようなものだろう。
孤独とは無縁な僕らのような集合知?には千年経っても理解できないかもしれない。
それ程までに千年の孤独は暗く深いのだろう。
一方で、初めてシスター藤原に引き合わされた日のこと。
先輩と三島さんはほとんど阿吽の呼吸で秋吉に囁きドナムを使わせた。
そのことが原因のひとつかな。
とも思う。
会議室から放免になる最後の最後でのことだ。
「アキたちのことをいつまでも大切にしてくださいな」
秋吉は愛らしい口調でシスター藤原、萩原さん、梶原先生にほんの一言、シンプルな洗脳をかましたのだ。
会議室をモニターしている者がいたなら、どちら様も漏れなく洗脳されただろう。
この洗脳が孤独だったシスターの精神に、何らかの化学作用を引き起こした可能性はある。
秋吉の一言が僕らへの、とりわけ秋吉へのシスターの愛着を決定的に動機付けたのかもしれない。
もっとも、萩原さんや梶原先生には今のところ目に見える変化はない。
洗脳は極めてシンプルだったからね。
そうではあっても。
僕らに対しては、親戚の子供とか教え子に対する程度の愛情は芽生えたかもしれないと思うよ。