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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #7

第一章 解帆:7


   フォア・マストから後部甲板を振り返ると、正午からの午後直では非番になっているマリアさんが、いつの間にか無表情に変わっていて、副長に何か話しかけていた。
無表情と言うことはすこぶるご機嫌と言うことだ。
しっかし、なんで幹部のみなさん、最初あんなに深刻そうな顔をしていたのだろう。
ケイコばあちゃんから船長宛てに書かれた手紙には、わたしに明かせない何か大変なことが書かれてたのだろうか?
でもでも、そもそもケイコばあちゃんの手紙ごときで、第七音羽丸の進路が変わるってどーゆーことなんだろ。
ケイコばあちゃんは村役場や村議会とはまるで関係ないはずだ。
進路変更で音羽村への帰港が大分先送りになるけれど、そんなことよりなによりもなんと、あのプリンスエドワード島に寄り道だよ!
目的意識がまったく無いせいか、武装行儀見習が辛くてたまらないわたしにとって、プリンスエドワード島への寄り道はミラクルサプライズとしか思えなかった。
けれども、ケイコばあちゃんから下されたなにやら秘密めかしたミッションは、どうひいき目に考えても、ろくでもない案件に違いなさそうだった。
なぜ惑星郵便制度のそれも栄えある中央郵便局の私書箱に、わたしみたいな年端もいかぬ美少女が、第七音羽丸を代表しておもむかなければならないのだろう。
私書箱にはいったい何が入ってるんだ?
こうした場合の請負人は、物の道理をわきまえていて、事情も良く承知の上、臨機応変の対応もできる人物が、適任のはずだよね。
船長でも副長でも掌帆長でもなく、わたしが指名されたのはいったいなぜなのだろう。
そもそも音羽村の小さな手芸店、むじな屋の女主人ケイコ・マハン・ドレークとはいったい何者なのだろう。
たった手紙一本で、村立とはいえ独立採算で日々のたつきと村の利益を稼ぎ出している第七音羽丸の進路を変えさせるとは、どういう了見だろう。
昔々のその昔、ケイコばあちゃんが船に乗ってたこと知っているけれど、今回の一件はそれと何か関係があるのだろうか。
わたしはこの時、ことの大きさに全く気が付いていなかった。
そして、やがてわたし一人にまつわるあれやこれやが、何人もの人間の運命を大きく変えていくことに成るなどとは、夢にも思っていなかったのだ。

 その日のわたしの持ち場はフォア・マストで、二十四時から四時までの夜半直(ミドル・ワッチ)と十二時から十六時までの午後直(アフタヌーン・ワッチ)という当直スケジュールになっていた。
船の上ではクルーは左舷直と右舷直に分けられ、それぞれが更に三班に分けられて当直というお当番につく。
左舷と右舷の各班は、同時に一班づつ四時間勤務して八時間非番(休憩時間だね)というローテーションを繰り返していく。
天候の急変や様々な緊急事態が起きた時には、帆を張ったり畳んだりと人手がたくさん必要になるので、総員が配置につくことも多かった。もちろん、海賊に襲われたり万が一戦争などというとんでもない事態が起きれば、大砲の準備や白兵戦に備える戦闘配置だって原理的にはありえるのだった。
『冗談じゃないけどね!』
 第七音羽丸はブリック型スループ艦と言って、今は予備役に編入されているけれど、もともとはこれでも立派な軍艦だったらしい。
全備重量六百トンの十二門艦(大砲を12基乗せている船ってこと)で、現役なら定員は百名近かったと聞いている。
もっとも現在は平和な空の上で鉱石スイープ船としてお仕事をしているからね。
都市連合海軍の予備役艦として求められる最低限の備えとして、五キログラム砲(5㎏の弾を打てる大砲ってこと)が二門だけ搭載されている。
定員も三十四人と大幅に減らされていたけれど、武装行儀見習い以外は予備役の水兵さんで、砲術科のお姉さま方は時々訓練と称して嬉しそうにその二門の五キログラム砲を発砲している。
そもそもこのバイトの職名は純粋な民間船だったら、武装行儀見習いじゃなくて甲板行儀見習いっていうんだよ?
第七音羽丸は腐っても予備役の軍艦だそうだからね。
わたしも武装行儀見習いってことになっちゃったわけだ。
そうそう、第七音羽丸のクルーは船長を除いて全員女子だ。
世間知らずな武装行儀見習いの娘も乗せるからと、万事が保守的で心配性の村長が決めた方針なのだろうか。
ブラウニング船長はマッチョな美丈夫だけど、男性にしか惚れないって公言してるから採用になったのかな?
船長は性格的にはちょっとあれだけど、上から目線でいつも偉そうにしてる村長より全てのスペックで勝ってるし、信頼できるおっさんであることは確か。
ケイコばあちゃんの古い知り合いってことだけは引っかかるけどね。
一般的には軍民問わず、どこの船であっても大体は男女半々の乗り組みが理想とされているらしい。
先の大戦の影響で男性の人口が大幅に減ってしまい、仕方なく女子舟になっている例もあるというのだが、なぜかうちの船以外見かけたことは無いし噂を聞いたことすらない。
わたし的には武装行儀見習いの下っ端どうしや年長のおねー様方と、まるでトランターかどこかの女子校みたいに、和気あいあいと船上生活を送るこの感じだけに限って言えば、けっして嫌いじゃない。
進学資金を自分で稼ぐ?良いだろう。
ポストアカデミー受験に有利になる実務経験を積める?嘘くさいがまあ良いだろう。
ただ、この船に自分の意志で乗り組んでいるのではない。
そのことだけが、わたしにはどうしても我慢ならなかったのだ。


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