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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #145

第十章 破船:13

 その頃インディアナポリス号は、マンハッタン島までほぼ一日という航程で順調に帆走していた。

昨日は怪しさ満載のフリゲート艦による海賊行為に遭遇してしまった。

そのことでチェスターは、一大決心を持って始めた演説の腰を折られた形になった。

しかし、海賊フリゲート艦をタコ殴りにしたことで、チェスターにあった一抹の迷いが消えた。

チェスターは十人委員会が企む陰謀に、正面切って対抗する腹をくくったのだった。

 海賊の撃退や惑星郵便機構との接触という一連の流れは、チェスターの処世脳に警鐘を鳴らした。

チェスターは警鐘の意味を従来通り素直に受け入れ、一晩かけてそのことについて熟考を重ねたのだった。

この徹夜にはレベッカが付き合ってくれた。

十人委員会が絡めばまんざら部外者とは言えないレベッカの意見は的確だった。

ふたりで交わした議論の結論として、レベッカの考えが対抗策の要となった。

チェスターは、最初に予定していた演説の内容を、大幅に変更すると決めたのだった。

 当初のチェスターの考えにはなかったことだが、クルーに手持ちの情報を隠すことなくまるっと全て開示する。

それが、レベッカの意見をたたき台に、一晩議論を続けて導かれたふたりの結論だった。

情報を制限することは、クルーの身分や命を守ることに繋がるとチェスターは考えていた。

責任はひとりで丸抱えを基本と思っていた。

しかし、ガルム号からもたらされた情報はそれを許さないほどまでに深刻なものだった。

チェスターひとりでは、とても負いきれない重さと厚みのある一大事だったのだ。


『みなに全てを話すべきです』


レベッカの意見は、万事考え過ぎるチェスターにとって実にシンプルだった。

戦闘から丸一日経過して、事後処理や各セクションごとの反省会も終わった。

艦内が落ち着きを取り戻したタイミングを狙って、チェスターは再び総員呼集を命じた。

 「みんな、昨日はご苦労でした。

久々の戦闘だったけれど、戦死者や酷いけが人がでなくて本当に良かった。       

これもみんなの日々怠らぬ訓練の賜物だと思いす。

ありがとう。

僕がこうして艦長でいられるのもホントみんなのおかげです」

甲板からは一斉に歓声が上がった。

「今回の戦闘では拿捕艦船も捕虜も無くて、いつもみたいな報奨金を獲得できませんでした。

だけどそこんとこはご心配なく。

惑星郵便制度から共同協約に基づく謝礼金が入ることに成ってます。

積荷がアレだったみたいで、ヘタな報奨金より高額な謝礼金が出ます。

海事保険の勧進元に所属している船を助けたのだから取りっぱぐれもないです!

マンハッタン島のどこか港に入り次第、郵便局に証書を持って行くつもりです。

その場で換金して、臨時ボーナスとして早速みんなに分配するよ!」

甲板から狂喜乱舞の歓声と指笛、終いには鳴りもの入りで混声合唱まではじまった。

大喜びで浮かれる乗員の姿にチェスターはニコニコと上機嫌で手をふった。

一向に収まりそうにない大騒ぎを鎮めようとレベッカが前に踏み出しかけたところ、チェスターは片手でそれを制した。

しばらくクルーのはしゃぎ振りを楽しみ、にわか混声合唱団が歌い終わるのを待って、チェスターは演説の続きを始めた。

「僕から少し話があります」

甲板のお祭り騒ぎは一瞬で収まり全員の注意がチェスターに集まった。

臨時ボーナス支給の喜びに浮かれたみなの気持ちは、心持ち真面目な表情の艦長を目にして、いつも以上の真剣な集中へと切り替わった。

同志的結束の強い海軍の中でも、抜群の規律と士気を誇るインディアナポリス号ならではの情景だった。

「前振りもなくいかにも唐突な話ですが、僕はおたっしゃクラブの会員です」

そこかしこから驚きのざわめきが甲板上に広がった。

「実はインディアナポリス号に乗り組んでいる人たちは、就役の頃に遡る時代から十分な吟味の上特別に選抜された人間だったのです。

言い換えれば本艦のクルーは歴代ほぼ例外なく全員。

おたっしゃクラブの会員であったということになります」

ざわめきは更に大きくなり、お互いに顔を見合わせて複雑な表情を浮かべる者あり。

意を得たとばかりに肩を叩いたり拳をぶつけ合う者もいた。

「みんなも知っての通り。

こうして大きな声で、おたっしゃクラブの名を口にするのは、まったくの掟破りです。

禁則事項に抵触します。

例え家族であっても素性は明かさないと言うことが絶対の不文律であることも承知しています。

しかし、それでも敢えてこうしてみんなに秘密を公言しなければならない。

それほど切羽詰まった状況が発生しました」

チェスターは深く息を吸い込んだ。

甲板の上から自分を見つめる、共に信頼関係で結ばれた仲間達の顔に改めて視線を送った。

彼ら彼女らの陽に焼け生気に満ちた明るい表情は、いつもと変わりがなかった。

そうしたクルーの姿をしっかりと己の目に焼き付けると、チェスターは再び口を開いた。

「この星、ロージナで生きる者の未来に、深刻な影響を与えるかもしれない大事が持ち上がったのです」

チェスターは大きく息を吸い込んで背筋を伸ばすと先を続けた。

「千年近くの年月にわたり。

我々暫定統治機構のおたっしゃクラブは、大災厄で他地域から孤立する前と変わらず、地道なボランティア活動に励んできました。

ロージナ中のおたっしゃクラブも我々と同じでした。

どこの地域のおたっしゃクラブも、孤立したままミレニアムを過ごしてきたのです。

帆船の登場でようやく他地域との交際が再開したのは、みんなも知っての通りです。

各地のおたっしゃクラブもお互いの存続を知り、再び連絡を取り合うようになりました。

百年近くの間交流もあり、仲良くやれていたのだと古老には聞きました。

けれど不幸にも戦争と言う政治的そして心情的齟齬が、我々と他地域のおたっしゃクラブとの間に断絶と新たな対立を生んでしまいました。

それでも各地の先人たちは戦後。

怨讐を腹の内に収め、ロージナの未来のために今ひとたび。

協力と信頼の関係を築き直す決意をしたのでした。

このことは、みんなも入会の時に聞かされていることと思います」

甲板のそこかしこでうなずく、生真面目な顔があった。

「おたっしゃクラブは、ライブラリーが殖民惑星ロージナの緊急事態に備えて用意したフェイルセーフシステム。

人類救済プログラムの一部ではないかという説があります。

そうでなければ大災厄で孤立したあちらこちらのコミュニティにこの様に同士が集い」

チェスターは甲板のクルーに手を広げ、演奏を終えた指揮者の様に会釈した。

万事ものぐさなチェスターにしては珍しく芝居掛かった所作だった。

「この様に同志が集い、全く同じ趣旨の秘密結社を千年も存続できた説明が付かないと言うのです。

ことの真偽は別として、おたっしゃクラブの合言葉“ロージナの未来のために”は、今でもそのまま各地域で結社の理念となっています。

おたっしゃクラブは大災厄のはるか以前に、各地の有為のお年寄りたちによって結成された互助会的秘密結社とされています。

設立の当時から活動と言えば、わけの分からないお使いやお手伝いばかり。

長閑で地味なボランティア活動に終始していたと伝承されています。

これはみなも陸に上がれば、毎度お願いされていることだろうからね。

今更説明するまでもないでしょう」

今度は笑い声と一部から拍手が聞こえて来た。

「表向きの活動内容としては、地域ローカルな敬老会の社会奉仕事業という性格が色濃いですよね。

そのせいもあり、明確な横のつながりが全くと言って見えない組織です。     

人員の交代に合わせてみんなを集めるのには、本当に苦労しました。      

インディアナポリス号は就役以来現在に至るまで、ほぼおたっしゃクラブの会員だけで運営されてきたのだけれど」

チェスターは言葉を切り一拍間を置いた。

「それを知っているのは、主に歴代の艦長と副長だけでした。

その理由は、インディアナポリス号は、ロージナの未来のため止むを得ず武力行使が必要とされるときの備え。

安全保障のために先人が用意した、秘密の軍艦だからと言うものでした。

僕とバイロン副長はインディアナポリス号を引き継ぐとき、先代の艦長からそう打ち明けられて心底びっくりしたものです」

驚きのどよめきが湧き上がった。

チェスターはしばらく口を閉じてクルーの様子を観察した。

少しく私語が交わされ、やがて艦長に話の先を促すよう甲板の上には熱のこもった沈黙が訪れた。



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