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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #132
第九章 接敵:18
ミズ・ロッシュは、ママはどうしただろう。
ああ見えて数多の修羅場を潜り抜けてきたしぶとい人だ。
不思議と、
『もしや死んだのでは?』
そんな恐れを感じることは無かった。
ディアナの呼びかけに返事が無く、姿も確認できなかったというからね。
気を失って怪我だってしていたかもしれない。
それでもわたしは、ピグレット号とみんなが無事なら、彼女も生きているに違いないと半ば確信していた。
『ミズ・ロッシュのことだ。
意識を取り戻したらわたし達が居ないことできっと大騒ぎ。
そのときは、わたしの秘密も大切な任務のことも忘れて暴れだすね。
多分。
さすがのブラウニング艦長も困っちゃうだろうな。
クララさんや他のみんなも無事だと良いな。
ディアナが聞いた遠くからの砲声は、待ち伏せしていた敵をやっつけた音かな。
酷い有様だったらしいけど、ピグレット号が負ける気がしないのはやっぱり不思議』
マジでそう思った。
ディアナの的確な手当てと自前のナノマシーンのおかげで傷の痛みが引いてきたせい?
わたしたちのThe day afterがやたら心配に成ってきた。
初期のショック状態を脱して、身体機能が立ち直ってきた。
そうした細やかな実感が湧いてくると、漸く自分達の現状に対する考えが巡り始めたという訳だった。
「これからどうする?」
ディアナに話を振ってみた。
「道路を探して直近の人里を目指す。
我々は戦時任官ながら士官候補生。
という事は将校の端くれ。
命ある限り原隊に復帰して復命する義務がある」
「確かに、マンハッタン島は無人島じゃないし、プリンスエドワード島の半分ほどの人口はあるはずだからね。
途方に暮れた美少女が助けを求めれば、島の人も喜んで力を貸してくれるわよ。
うまいこと都市連合の駐在官事務所へたどり着ければ、次への行動に繋げられるのも確かだわ。
それにしても自分達の島の沿岸でいきなりドンパチが始まったってのに海岸に人っ子一人出て来やしない。
そこんところどうなってるのかしら」
ディアナの原隊復帰云々のたわごとはさらりと無視をして、目の前の現実の話しをした。
「アリーの手当てをした後周辺偵察を行った。
わたし達が上陸したのはフルーツコースト。
ぐるり断崖絶壁だらけのマンハッタン島で砂浜はここだけ。
超ラッキーだった。
海岸線の奥は燃料木と鉱物木の混成林が、なだらかな斜面に植わっている。
奥行きまでは分からなかった。
芝生みたいな下草が生えていてとても明るい林。
踏破可能と判断した。
マンハッタン島の地図は手元にないけど、うろ覚えの感じでは私たちが上陸した場所の近くに名前のある集落は無かったように思う。
美しい海岸だから人気のリゾートとして開発されているエリアもあるはず。
・・・上陸の場所がズレてちょっと残念かも。
コンパスは持ってるから、とにかく東に向かってまずは幹線道路を目指す。
島の人の馬車にでも会えれば乗せてもらえるかもしれない」
ディアナは右手を上げてチェーンの先に付いたコンパスをブラブラさせた。
「エーッ。
歩くのー」
「私だけ先行してもいい。
お腹の傷に酷くさわるようなら、アリーにはスキッパーと一緒にここで待機していてもらう」
「いやいや、ちょっとぶー垂れてみただけ。
こんなところに置き去りにされるなんてまっぴらごめんよ。
何かあったときわたしがいなけりゃダイ一人では物の役に立たないでしょうしね。
・・・まさか重症のわたしに荷物まで持てなんて言わないよね?」
わたしの我儘言いたい放題にディアナは何も言わず、何事かを見定めるようにじっと目を覗き込んできた。
「水と糧食、お針子セットに医療キット、お財布以外は捨てていく。
正直足手まといだけれども、そんなに私から離れるのが寂しいのなら連れて行く。
アリーは自分の身体だけ動かしてくれれば良い。
マンハッタン島が赤道に近くて本当に助かった。
ここが低緯度で気温が低かったら、今頃アリーのお弔いの準備をしていたところ。
・・・“行儀見習いの為の帆船生活巻の三”でサバイバルの手順は学習済み。
大船に乗った気分でいるがいい」
互いの悪態もいつもの調子になってきたが、まだまだパワー不足で突っ込みが返せない。
かわせない・・・。
「そっ。
頼もしいこと。
スキッパーもいるしね。
じゃあ行くわよ。
分隊長殿」
わたしは元気よく立ち上がったものの、急に動いたことで腹部の創傷に負荷がかかっただろう。
ズドンと突き上げて来た疼痛の情け容赦ないやんちゃぶりに、思わず膝が折れた。
いくら仕事が早いとはいえ、大きな傷の修復をこなすためには、ナノマシーンにも時間が必要と言うことだろう。
このまま本当に行軍が可能なのだろうかと頭の中に不安が溢れかえった。
だけど例えスキッパーが一緒に残ってくれたとしても、置き去りにされるのは絶対にイヤだった。
わたしは気を取り直して傲然と背筋を伸ばそうとしたが、それは無理だった。
プライドは捨て、齢百八十歳位の年寄みたいにうんと前かがみになって、試しに一歩二歩と歩いてみた。
すると自分でも驚くほど足取りはしっかりしていた。
外傷性ストレスからくる体調不良は、ナノマシーンのおかげでかなりの程度リカバリーされたみたいだった。
まさにナノマシーン様様だった。
「アリー、思ったより元気そう」
『そんな訳ねーだろーが。
腕も腹もいてーよ。
クソッ』
恩知らずなわたしは頭の中で思わずディアナに悪態をついた。
『ごめんよ、ディアナ。
わたしは自分で自分が嫌になるくらい、見下げ果てた根性曲がりなんだよ』
継代型ナノマシーンが、いかに神の領域に踏み込んだテクノロジーの産物とは言え、自己嫌悪に至るこの性格は治せない。
性格は不治としても、ありがたいことに、外科的損傷は完治が可能と分かっている。
だがしかし、これだけ重症となると、一朝一夕で治るはずもなかった。
腹の裂傷がペロッとくっ付くのに二日、骨折だと三日はかかるか?
それでもこの局面で、全身に噴き出た汗。
それが決して高い気温から生じたものばかりでは無いことを、ディアナに悟られるのだけは我慢がならなかった。
わたしは生まれてこの方ずーっと、ディアナに対してだけは見栄っ張りだ。
今更それを改める気はない。
もっとも、わたしの呼気に混ざったアドレナリンの匂いを嗅ぎ付けたのだろう。
スキッパーは痛まし気なまなざしを向け、労わる様にわたしに寄り添った。
こしゃくなわんわんだけは、いつだってわたしのことは全てお見通しだった。
「何も今すぐ出発とは言ってない。
アリーは本当にせっかち」
ディアナやヤレヤレと溜息をつき肩をすくめた。
「今晩はそこの林でキャンプする。
燃料木は生えてるし・・・ちょっと拝借しても緊急時なのでお百姓さんには許してもらえると思う。
陽が落ちるまでに焚火を作ってそれから夕餉の支度をする。
ミリメシもすてたもんじゃない。
栄養の補給をして一晩安静にしていれば、明日の昼にはかなり修復も進むはず」
遺憾ながら、ディアナはわたしなんかより余程賢くて使える女だった。