ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #216
第十三章 終幕:24
ケイコばあちゃんは気持ち良さそうに見栄を切った。
けれどもその笑いを含んだ目を見てわたしはピンときたね。
いや!待て!待て!待て!
「ちょっと待って!
すっかりビビってる?
自閉モード?
パッシブセンサー?
・・・もしかしたらおばあちゃんって、チキンなライブラリーさんと昵懇な間柄?
・・・まさか文通してるとか」
我ながらトンマな質問だった。
「あら、今ごろ気付いたの?
・・・それじゃそれも他の人には禁則事項ね」
「禁則事項って・・・」
「私の、私による、私の為の、内緒ごと。
今まであなたに明かした禁則事項は、そのままあなた以外の人に対してもそっくり禁則事項よ?
破ったら死刑!」
「死刑って・・・。
分かった。
取り敢えず禁則事項のことは分かったわよ。
黙ってる。
それとは別の話よ。
おばあちゃんさっき、ライブラリーはオーディナリーピープルとはお話ししない。
桜楓会の幹部だって、ライブラリーとのやり取りはほぼ一方通行。
お返事が来るとしても、二三世代に一回あるかどうかだって言ったじゃん!」
「私ってば桜楓会の幹部よりエライ会長だしー。
オーディナリーピープルじゃないわね~」
くらくらする頭をふって『逃げちゃだめだ』を三回唱えてから、わたしは仕切り直すことにした。
「・・・だったら、ロージナ人はずっと未開の民でいろと?」
「その質問は、ブラリーがオーディナリーピープルを無視して桜楓会にだけ『蓋を閉ざした貝に成れ』と伝えてきたことに掛かって来るわね」
「えっ?ブラリ―って・・・」
「ライブラリーの愛称。
私たち、お友だちになったからね。
ちなみに彼女はわたしのことをオケイって呼んでるわね」
「オケイって・・・」
わたしの気持ちはがっくりと跪いて頭を垂れ、脱力し切った。
「するってーと何ですかい?
チキンなライブラリーさんは・・・もしかして御婦人なので?」
わたしは最早、ケイコばあちゃんの何を驚いてよいやら分からなかった。
その時のわたしは、軽いアパシーに陥っていたかもしれない。
「ノリよ、ノリ。
話を続けるわね。
早い話、科学文明の遮断が大災厄そのものだったわけよね?
ブラリーとしてはその大災厄の根本原因、バーサーカーのことね。
それを隠した上で、私たちに文明の再発見とやり直しをさせたかったって話」
「文明の再発見とやり直しって、どういうこと?」
「ロージナ人も地球人がそうだったみたいにやればいいんじゃね?
古代から現代に向かって、DIYでゆるゆると進歩させればいいんじゃね?
そうやってもたもたしてりゃ、バーサーカーをやり過ごす時間稼ぎができるんじゃね?
ブラリーはそう考えたわけ」
「なんだか乱暴なはなしね」
「時間も無かったし、他の方法を思いつかなかったと言ってるわね。
まあね。
ブラリーとしてはよ。
科学文明がバーサーカーを引き付ける芳香を放っているんだから、これは消さなくちゃならない。
けれどもそれでロージナ人が滅亡しちゃったら、本末転倒も良い所なので、ない知恵を一生懸命絞った。
そう言うこと。
幸い人類史と言う一度上手くいきかけたシナリオがあったからね。
地球の古代。
西暦って呼ばれた暦方で千八百年前後からやり直しをさせるって決めたのよ。
西暦千八百年前後って、どうやら科学文明前夜でありながらね。
ホモサピに人文的知恵がある程度付いた時代だったらしいわ。
その時代を底本にして、彼女は無口なプロデューサーを引き受けたというわけ。
変な方向に進まないよう、桜楓会なんて半端な組織を作ってね。
桜楓会には『蓋を閉ざした貝に成れ』と言う主題で舞台監督を依頼したのだけれども。
これはどうかしら。
私に言わせれば、もっと上手いやり方があったと思うわ・・・」
「おばあちゃんなら、大災厄なんていう凄い修羅場で。
チキンなライブラリーさんよりも上手いやり方を思いつけたとでもいうの?
随分と・・・えーっと、彼女をポンコツ扱いしてるようだけど」
わたしはケイコばあちゃんの慢心に飽きれてしまった。
ところがケイコばあちゃんは、わたしの突っ込みに『もちの論!』と満面の笑みで胸を張ってみせた。
「まあ今は、そのことは脇に伏せておくわ。
いつか暇になったら、ブラリ―も平伏絶賛して悔しがった私のグッドなアイデアを聞かせてあげる。
とにかく、大災厄の時に晒したロージナ人の無能っぷりを見ればよ。
科学技術におんぶにだっこの状態が、人類にとってどれ程危ういことなのか。
そのことが骨身に沁みた。
そんな風に、彼女はふかーいため息をついて私に愚痴ったものよ?
だから正確には、大災厄を奇禍として人類の再教育を含めた時間稼ぎを図る。
同時にライブラリーとして安全が確信できる。そうなるまでは、外から観測できるような科学技術の再発見と進歩を、できる限り邪魔する。
それが彼女のとっさに考え付いた生存戦略なの。
一般市民の間に、バーサーカーはおろか宇宙からの侵略に関する民間伝承が残されていない。これもブラリーの浅知恵の内ってことね。
痛い腹を探られたくなかったって言ってるわ」
ケイコばあちゃんはそう言って肩をすくめた。
ケイコばあちゃんは超科学の申し子たるライブラリーの仕事を、余り高く評価してないようだった。
『おばあちゃんってどんだけ?』
わたしは自称姉であるところの祖母を小一時間は問い詰めたくなった。
それにしても、後から後からいくらでも剝ける玉ねぎのような禁則事項の芯の芯。
そこにはどんな一大事が隠されているのだろう。
ケイコばあちゃんの悪事?の皮が剥かれて、一つまた一つと内側の禁則事項が明かされる度。
思いもしなかった秘密が姿を現すのだ。「・・・おばあちゃん。
いったいどんな悪辣な手を使ったの。
シャイでチキンなライブラリーさんと、お手紙を交わすほどのお友だちに成ったなんて」
わたしは挑発半分で探りを入れて見た。
ケイコばあちゃんは薄く笑うと三度目の新しい紅茶を入れはじめた。
「それはもちろん禁則事項。
チラリと明かせば・・・ブラリ―は冗長性を担保するため、疑似人格を持たされたA.I.よ。
彼女も長いことひとりぼっちで引きこもっていて、寂しかったんじゃない?
当人はツクモガミがどうとかこうとか力説してたけど何のことやら。
私にはサッパリ。
詳しい話しを聞いて欲しそうにしてたけど興味も湧か無かったわ。
フォークロアっぽい感じの話しだったから、いつかあなたが聞いてあげなさいな。
アンはそう言うの好きでしょ?
きっと喜ぶわ。
それからアン。
繰り返し忠告しておくけれど、下手な詮索は命取り。
おしゃべりに長生きのためしなしよ?
目の前のあるがままを受け入れなさいな。
あなたも良く知っているように、私はむかしから物分かりの良い素直な子が好き」
ケイコばあちゃんがいきなり表情を殺した。
「でも、でもさっきは、宇宙人の侵略については継続審議事項だって言ってたじゃない。
そこも納得いかない。
チキンなライブラリーさんと仲良しになったのなら、おばあちゃんもバーサーカーの実在を確信できたのでしょ?
どうして継続審議事項だなんて嘘ついたの。
実際、彼女を信用してちゃんと対処してるんじゃない?」
わたしは勇気を振り絞って食い下がった。
「私は嘘なんかついてないわ。
ブラリーがそう言ってるだけで、実際に私がこの目で見て確認した訳じゃないからね。
あくまで私の脳内での扱いは継続審議事項。
ご老人方の情報だって、大元を辿れば彼女だからね」
「もしかしておばあちゃんは、チキンなライブラリーさんが千年前から嘘をついている可能性もあると思ってる?」
「さあ、どうかしら。
秘密は内緒なの。
アン。
あなた随分グイグイと禁則事項に踏み込んで来るわね。
私の妹とはいえ良い度胸。
藪を突き過ぎると蛇が出るわよ。
おまけにその蛇は毒蛇かも。
さっきも言ったわよね?
わたしの相棒は確定として、後継者としてはあくまで(仮)である以上はね。
アンには少しづつ成長してもらうつもり。
明かせる禁則事項はあなたの育ち具合によるわ。
うまく育たなければ、その時はお仕置きしなくちゃならないかもだし」
ケイコばあちゃんは、頸を掻き切る真似をしてニヤリと酷薄な笑みを浮かべた。
「全てが首尾よく行ってアンがうまく育てば、何れブラリ―にも紹介するわよ?
そうしたら彼女の話しを聞いてあげなさいね」
ブラウニング船長に言わせれば、ケイコばあちゃんは修羅場を掻い潜ってきた、歴戦の海兵なのだそうだ。
そのせいもあったろう。
ちょっと目は良い所のお嬢さんっぽい容姿なのに、昔から凄みのある笑みが得意だった。
わたしはケイコばあちゃんが軍人だったことなど知らなかったので、小さい頃から叱られるときには随分と恐ろしい思いをしたものだ。
ケイコばあちゃんがわたしを叱るときは、声を荒げたり鬼みたいな表情になることは決してない。
笑顔でその上諭すような?
しかもとびっきり丁寧で優しい言葉を使って𠮟るのだ。
お仕置きだってじんわりと心理的に追い詰められる類のものだった。
マリア様はケイコばあちゃんをお手本にしてるに違いないよ?
叱責もお仕置きも、子供のわたしにとっては魂消る怖さだった。
経験はないけれど、怒鳴られたりぶたれたりする方が、余程スッキリ。
後を引かないような気がするよ?