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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第6話 とある少女は「責任とってね」と少年に囁いた 8

 中学時代はもっぱら一夜漬けで定期試験を乗り切っていたものだ。

だけど一夜漬けには一夜漬けの作法がある。

下準備を周到に済ませたところで一気呵成に短期記憶で勝負を挑むのだ。

試験の時間まで覚えていられれば良い知識ではある。

だけど短い時間で頭に詰め込むにはそれなりの準備が必要ってこった。

 ふーちゃんに言わせれば、人生を舐めてかかっている僕かもしれないけれどね。

高校に入学して受ける最初の定期試験だよ?

そいつに無勉で特攻を仕掛けるほどの度胸は、さすがに持ち合わせていない。


 意気地なしの目の前に赤点の悪夢がちらつきだした先日のこと。

試験なぞどこ吹く風とばかりに涼しげな顔をしている先輩に、恐る恐る試験休みのお伺いを立てて見たものさ。

そしたら案の定、にべもなく却下された。

僕は泣きじゃくりながら先輩を拝んでお慈悲を希ったものだよ。

 「勉強のできる高貴なお姫様は、勉強のできない下賤な小僧の悲しみなぞ。

金輪際分かりっこないんです!」

卑屈にかしこまり、切々と訴え掛ける僕を心底不思議そうに眺めた後、毛利先輩は邪悪な笑みを浮かべたものさ。


 そんな経緯のどん詰まり。

明日から中間試験というとある日曜日のこと。

朝早くから先輩の館にお邪魔したやつがれは、飛行訓練以上にハードで容赦のない学習カリキュラムの総仕上げに苛まれているのでげした。

「『何処が分からないの?わたしが教えてア・ゲ・ル』なんて、先輩が猫なで声で仰られた時にはアレです。

きれいなおねいさんに同衾を誘われた中坊みたいにどきどきしちゃいましたよ?」

「駄法螺を吹いてわたしを引掛けようとしても無駄ですよ。

わたしも加納君の話法にはだいぶ慣れましたからね」

先輩はウンザリって顔してため息をつく。

「ちょっと前の先輩なら顔を真っ赤にして口をアワアワさせたものさ。

たが、どうやら骨太な莫連女と見紛うばかりのすれっからしになっちまったようだぜ」

「誰が莫連女だって、すれっからしだって?

聞こえてますよー?

無駄口はそのくらいにして解答を進めなさいな」

先輩への言葉攻めはもうすっかり効力を失っている。

 「・・・できました。

でも僕もう疲れちゃいました」

「スンスン泣き言を並べてばかりだったけれど、ホント。

ここ何日かで見違えるほどできるようになったわね、加納円君。

この問題はテスト範囲と言うより、数Ⅰの領域をちょっと逸脱した問いなんだけどね」

「ゲッ。

そうなんですか?

どこらへんが?

・・・でもそんなこともういいんです。

ボク疲れちゃいましたから」

「それ間抜けな質問。

授業ちゃんと聞いてる?

自分が習ったことがない範囲の設問だってことくらいすぐにわかるでしょうに」

「この頃何だか変なんですよね。

勉強に限らず色々な物事が無理なく頭に入ってきて理解できちゃうような気がするって言うか。

もちろん錯覚でしょうけど・・・。

僕ホントに疲れちゃいました」

先輩がいきなり考え深げな表情になる。

知的な面差しの先輩も可愛かった。

「・・・加納君も感じていた?」

「これって、能力について来たオマケかなんかなんですかね。

だとしたら、ラッキー・・・。

なんですけど、とっても疲れました」

先輩、僕は疲れたって言ってるんです!

「・・・もしそうだとしても学習しなくても良いって理由にはならないわ。

どんなに読解力が上がったとしても本を実際に読まなければそんなスペックは宝の持ち腐れ。

写真記憶と言う見たものをそのまま記憶できる能力を持つ人がいるみたいだけれどね。

どんな知識も記憶するだけでは意味をなさないわ」

「ですよねー。

何だかそんな気がするってくらいの感じですから、僕の場合。

先輩みたいに教科書読んで授業を聞いてノートを取るだけで完全無欠の理解に至っちまう。

そんな冷血学習マシーンと僕を比較すればですよ。

スーパーカーと三輪車くらい大脳の基本性能が大違いなんですよ。

そこんとこよ・ろ・し・く」

僕は机に突っ伏す。

本当に疲れ切っていたのだ。

「挑発には乗らないって言ったよね?」

「スン、スン・・・少し休ませてください。

もうこれ以上頭を使いたくないんです。

脳味噌が熱持っちゃって麹カビが過剰発酵です。

それとも雑菌が増えて腐りかけてるのかもしれません。

これって知恵熱ってやつですか?

そもそも飛行訓練の時よりも何倍も先輩ってばオニです。

ロッテンマイヤーさんです。

アーデルハイドはもう走れません。

三輪車はスーパーカーには逆らいませんからどうかご慈悲を」

勉強のしすぎか、頭がぐあんぐあんして鼻水まで出て来てい・た・ん・だ・ぜ。

「知恵熱って言うのは一歳以下の赤ちゃんに見られる突然の発熱。

どれどれ、あら、あら、ホントに熱いわ。

加納君みたいなとうの立ったおこちゃまでは、ストレス性高体温って言うわね。

別名大人の知恵熱。

・・・確かに知恵熱なのかしら?

だけど、たかだか五六時間、意識を学習に振り向けた位で発熱する程のストレスねぇ。

・・・ざまぁ無いですね。

これこれ、捨て犬みたいな目でわたしを見るんじゃありません。

仕方がない。

コーヒーブレイクにしましょ」


 いきなり先輩の顔が近付いてきておでことおでこが触れ合ったのだった。

ちょくちょく先輩は世話焼きなお節介姉貴モードに突入して僕の事をちっちゃな子供扱いする。

そうなるといきなり距離感が狂ってこんなことを平気でしたりする。

 脳が疲れ切っていたせいかな。

こちとらMMのベッドサイドで愛でられているテディベアくらいクールになっちまっていて、ドキドキすらしなかったんだぜ?

先輩の吐息は甘かった。

だけどその時はふーちゃんにされるのと同じくらいに何も感じなかったんだ。

今にして思えば、心底残念でたまらないってことさ。

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