ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #202
第十三章 終幕:10
お祭りが永遠に続かないのは、脳内麻薬トリップ祭りでも同じことなのだろうね。
『それにしても変。
これってもしかして話に聞く走馬燈の一種なのかも。
・・・ってことは<わたし>に死亡フラグが立ったと言うことかしら?』
などと、エンドルフィンが切れて来たせいなのだろうか。
<わたし>は自分の脳みその働きっぷりに、ふと不信感を覚えた。
そうやってセルフトリップラリラリの多幸感に要らぬ疑念を抱いたのがいけなかったのだろうよ。
待ってましたとばかりに、お約束な場面展開が<わたし>を襲ったのでありました。
いきなり左の肩に強い衝撃が加わり、お馴染みに成りかけた電撃上等なインパルスが、わたしの痛覚中枢を渾身の力で殴りつけた。
新鮮で生きの良い激痛が、脳内麻薬のごまかしをあっという間に凌駕したのだろうかね。
セルフトリップラリラリは強制終了。
パッチリ目が覚めて、正気が戻ってまいりましたわ。
<わたし>は瞬く間に常のわたしに移行した。
時間の流れもパチンと一般人仕様に切り替わったし『ルンルン気分で殺されよう』なんて言うたわけた自己欺瞞も消え失せた。
肩に突き刺さった矢が、オラオラって勢いであおって来る痛覚の狂奔と足元からせりあがる死への冷たい予感の二連コンボはリアルだった。
肉体と精神が感じる直截的苦痛は実に雄弁だってこった。
まやかしの殉教者モードで調子こいてた<わたし>はあっという間に現実に引き戻され、似非賢人の驚速思考も御破算になった。
ついこないだお腹に大穴が開き腕を骨折したばかりだと言うのに。
花も恥じらう乙女の柔肌からまたもや熱き血汐が迸っちまった。
そんな愚痴が激痛と共に脳裏に浮かんだのだけれども、わたしは着弾のショックで思わず知らず、ヨロヨロと後ずさっていたのだよ。
後ろ向きのまま遊歩道の柵にぶつかってしまったわたしは、ほとんどもんどりを打つ格好で川の方に投げ出された。
そうして悲鳴を上げることも気を失う事も出来ないまま、ブルタブ川の激流にドボンチョと転落しちゃったというわけさ。
人なんて死ぬときは実に呆気ないものよ?
わたしはそのことを九十八パーセント程度確信したわね。
こうしてアリアズナ・ヒロセ・ムターは、彼女の救助を試みた元老院暫定統治機構海軍のシャーロット・ジャレット・ハンコック海佐と共に、その短い生涯を閉じた。
二人の身体はプルタブ川の終端である那智の滝から海へと至った。
後日、二人の遺体は土地の漁師、サイカ衆の底引き網に掛かった。
公安の立ち合いの下、身元不詳のままカモガワ海洋研究所医学部法医学教室で検死が行われ、遺体は荼毘に付された。
遺灰は現場に残された身元の分からぬ他の戦死者達と合同で、無縁仏として公営墓地に埋葬された。
中立地域で勃発したよそ者による戦闘行為は、カモガワ海洋研究所をいたく怒らせることとなった。
川岸に残された戦死者達には身元を知らせる証拠は見つからなかった。
ところが、底引き網に掛かった成年女性と少女の亡骸については、埋葬後なぜか名前も所属も明らかになった。
ふたりの素性が知れたことから、騒動の火元と目された元老院暫定統治機構及び都市連合の連絡事務所には、カモガワ海洋研究所所長名で公式な厳重抗議がなされ、併せて賠償金が請求された。
戦場で戦った四つの陣営に所属する目撃者は、ふたりが命を落とした経緯について、それぞれの上位者に宣誓証言を行った。
彼ら彼女らは、それぞれの組織に対し正式な書式に則った報告書を提出して、中立地における小さな戦いには幕が引かれた。
戦いの後始末が終わった後も、元老院暫定統治機構と都市連合の間に起きた戦争は、プリンスエドワード島を巻き込んで拡大の一途を辿った。
戦争の影響は大きく、勃発理由も良く分からない中立地での小競り合いは、マンハッタン島の人々の記憶にさえ長くは残らなかった。
こうして読者・リーダーを捜し出す間もなく、現代の索引者・インデックスは永遠に失われた。
このことは長年月に渡り索引者探索に関わって来た者達に、失望とある種の安堵をもたらした。
索引者・インデックス喪失の事実は事実として、関係各所に周知されていくことになる。
インデックス・索引者の喪失は戦争の目的にも変化をもたらした。
十人委員会が主導する戦争は、内政の安定化を図る権力基盤の盤石化へと大きく舵を切ったのだ。
戦争目的は資源と技術、併せて占領地資産の収奪に絞られ、戦火は泥縄式に拡大して行った。
次のインデックス・索引者がいつ現れるのか。
それは誰にも分からないことだった。
ケイコばあちゃんが書いたシナリオの通りにほぼ事は収まり、ロージナに訪れようとしていた危機は去ったかに思えた。
危機は去ったかに思えたというフレーズの曖昧さときたらどうだろう。
それは、元老院暫定統治機構がおっぱじめた戦争の終結が、予想に反して遠のいたという状況から来たものだ。
そうした状況はロージナの現実が、先読みのケイちゃんことケイコばあちゃんの思惑を超えた混沌に、ギリギリと絡め取られたことを意味している。
簡単に言ってみりゃ、十人委員会の爺婆は常軌を逸した欲張りばかりで、目先の利益と保身しか頭にないたわけ者の集団。
即ち混沌そのものだってこった。
しっかしさぁ。
たわけ者の言に踊らされて、のこのこ殺し合いに参加した大人の人達はさぁ。
腹の底でいったいぜんたい何を考えているのだろう。
彼ら彼女らには、確証バイアスやら正常性バイアスやら、数多の認知バイアスが掛かっているのだろうけどさ。
わたしみたいな物知らずなお子ちゃまからすればだよ。
同じ星で生きる同胞を殺し傷つけ、憎しみや恨みを醸成しながら、結果自分たちの人生まで台無しにしてるんだよ。
本当に馬鹿みたいとしか思えない。
おまけと言ってはなんだけど、そうした殺し合いの現場ではさ。
先祖代々みんなで苦労して作り上げてきた街や施設すら、後先考えずに壊しまくるのだぜ。
人だろうがインフラだろうがお構いなしにだよ。
ただひたすらに破壊の鉄槌を振るい続けるのが戦争の本質であること位、わたしにも分かる。
戦争っていうのは、もうどうしようもないほど愚劣で破廉恥な悪業なんだからさ。
ちっぽけな個人の抱え込んだ能力なんかがもたらす不都合より、よっぽどロージナの危機に直結しているんじゃなかろうか。
そんな風にも思うけれど、子供の正論だってことは承知していたからね。
口にすることさえ空しかったよ?
後々、戦争よりわたしを優先した、ケイコばあちゃんの判断と行動は正しかった。
そのことを認めざるを得なくなったわたしは、正論を考えるのを止めたわたしだった。
そんなわたしだったけれども、戦争の醜状を想像するとぞわぞわするほど胸クソ悪くて。
忌々しくて。
業腹だった。