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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #77

第六章 追跡:17

 策士策に溺れるとはまさにこのこと。

ケイコばあちゃんのことだよ?


 郵便船に手を出すってことは、金融や通信を一手に抑えている惑星郵便制度を敵に回すことと同義だからねぇ。

国家規模の勢力にとってすらそいつはご法度の行為だったはず。

それに現実的な側面として、郵便船の武装や練度、士気は、大昔から生半可な軍艦よりレベルが高いことはよく知られていたしね。

私掠船規模の武装では、とても太刀打ちできないはずってことだよ?

ひょっとしたら本職のスループ艦やフリゲート艦だって、返り討ちにあうのが関の山ということなんだってさ。

そこらへんはあれから十六年経った現在だって全ロージナ的常識だね。

 ポスアカを目指す美少女としては、当時のケイコばあちゃんの腹積もりを推し測るまでもない。

ひいきの引き倒しかもしれないけれど言っとく。

軍艦を使わないのなら、惑星郵便制度の船に頼ることが最も安全な母子の渡航手段だった。

ケイコばあちゃんの判断は正しかった。

それは今でも断言できる。

そんなだからケイコばあちゃんは、母子に危険が迫る事態をプリンスエドワード島に到着してからの日常生活に絞って想定していたらしい。

ケイコばあちゃんとしては居住地や生活環境の保安措置を含めた、セーフティーネットの構築に最大限の注意と努力を傾けていた訳だ。

 安全のための言わば大規模なインフラ整備だからね。

おたっしゃクラブの人たちが、顔をしかめるほどお金が掛かったわけだよ。

アジトの構築にはお金だけではなく協力者の涵養のため、島の当局者や何より惑星郵便制度への根回しも重要だった。

そのため、やむを得ないこととは言え、ケイコばあちゃんが自ら現地に赴いて、対面交渉をしなければならなかったんだとさ。

計画の全貌を知ってるのはケイコばあちゃんだけだったし、秘密を守る最良の方法は関わる人間をなるべく少人数にすることだからね。

こうしてケイコばあちゃんが陣頭指揮を執らざるを得なかったことが、壁を崩す蟻の一穴になった。

 時間的に余裕がなかったことも一因だろうけど、あのケイコばあちゃんが油断したってのは驚きだ。

なんたって“先読みのケイちゃん”はまだペーペーの海尉だった頃から、失敗しない女として有名だったのだとミズ・ロッシュが教えてくれた。

当人は絶対否定するだろうけど、わたしに言わせれば、成功体験の連鎖はケイコばあちゃんにさえ慢心を呼んだに違いないよ?

 どうして別行動を取らなかったんだろう。

それは、つらつらとミズ・ロッシュの話を聞きながら強く思ったこと。

ケイコばあちゃんは白兵戦のプロでもあったと言うからね。

万が一、娘と孫が襲撃されたら自分で守る。

なんていう合理をはずれたロマンティシズムだってちょっぴりくらいはあったのかもしれない。

んーっ・・・それはありえないか。

まあ当時のケイコばあちゃんの内心がどうであれ、海軍の連絡業務に偽装して母子に同行したのは間違いない。

 いつも不出来をやり込められているわたしとしては、小一時間もばあちゃんに説教したいところだよ。

あの沈着冷静なケイコばあちゃんが犯した愚かな振る舞いを、存分になじってやりたいね。

見る目のある人が見れば、大いに目立つうかつな行動だってことくらいは、わたしみたいな小娘にだって分かるんだからさ。

 もちろんそんなことは、ケイコばあちゃんもミズ・ロッシュも十分承知していたことは、わたしも知ってるけどね。

ケイコばあちゃんをやり込めるなんて、本当はできっこないことなんだけどね。

 武装航空船を使った襲撃。

それは探索を担うどこぞの誰かさんにとって、ケイコばあちゃんの本気度を測るための軽いジャブくらいのノリだったのだろう。

「知ってますから~」って言う軽い挨拶くらいの感じ?

仮に探索者がゆくゆくは能力者を、自分たちの手中に納めたい。

そう考えていたとしたらだよ。

連中にとっても姉の命を奪うなんてこと、本末転倒も良いところだったはずだからね。

 もしかすると武装航空船は探索者に雇われたのではなく、単なるお宝目当ての冒険的海賊だったのでは?

そう勘繰りたくなる程に、その襲撃自体は中途半端でお粗末なものだった。

結局のところ武装航空船の停船信号と威嚇射撃に対し、郵便船は航海法に準拠したマニュアルに従い反撃を行った。

武装航空船は何発も命中弾を食らって、お約束通り瞬時に勝敗は決したそうな。

必敗の無意味な威力偵察をやらされた武装航空船は良い面の皮。

探索者は武装航空船には随分とギャラをはずんだはずだよ。

 勝敗の決した後、武装航空船が尻尾を巻いてとっとと逃げ出していればね。

今のわたしの不幸だって、ことによるとなかったのかもしれない。

なんたって襲撃事件自体が、おそらくは『索引者の存在を承知しているのだぞ!』という、ケイコばあちゃんにたいするアピールだったのだから。

そのためだけに打たれた顔見世興行だった可能性が高いのだから。

 要するに探索者は全てはお見通しとばかりにカツアゲの真似事をして見せ、ケイコばあちゃんは中指を立ててそれに応じて見せる。

襲撃事件の中途半端でお粗末な段取りを見ると、探索者は“ケイコばあちゃんが立てた中指に満足して幕引き”という心積もりだった公算が高い。

 けれども武装航空船の雇われ船長は、海賊気分の山っ気か、はたまたつまらないプライドでも腹に秘めていたのだろうか。

よせばいいのに、イタチの最後っ屁ではないけれど見事にやらかしてくれました。

置き土産とばかりに放たれた、たった一発の砲弾がわたしの家族の運命を見事に書き換えてくれましたとさ。

 おそらくは探索者にとっても、襲撃の悲劇的結末はまったく想定外だったろうね。

武装航空船が放った砲弾は最初から最後まで、たった一発しか郵便船に当たらなかったんだよ?

けれどもそのたった一発だけ命中した砲弾は、ミズ・ロッシュと姉さんが息を潜めていた船室を、まさかのピンポイントで貫いてしまった。

不運としか言いようがないアクシデントだった。

 船腹に当たった砲弾は、木製の舷側を砕いた。

砕かれた木の破片は高速で飛び散る凶器に変わり、砲弾自体は反対側の舷側に抜けてそのまま船外へ飛び去った。

砕け散った木片を雨あられと浴びたミズ・ロッシュは、娘の安否を確かめる間もなく衝撃と痛みで気を失なった。

外傷性ショックと大量の出血でミズ・ロッシュは、生死の境を彷徨った。

彼女が再び意識を取り戻したのは、プリンスエドワード島の病院だったそうだ。

 無用な砲撃を行ったばかりに、百倍返しの防御砲撃でタコ殴りにされた武装航空船は、その場であえなく撃沈の憂き目を見た。

戦闘の収支決算は味方の黒字だったけど、我が家にとっては大赤字。

破産だよ?

まぐれ当たりのたった一発の砲弾で、母が重傷を負い姉は命を落としたんだから全く割に合わない。                  

 ケイコばあちゃんは、甲板で仁王立ちになって戦闘を睨み続けたけれどもちろん無傷だった。

かろうじて生き残った武装航空船のクルーは、後日惑星郵便制度の警務部で凄惨な尋問を受けたらしい。

武装航空船のクルーは、いらんことまで良くさえずって余罪が増えたようだけど、依頼主の正体はついに分からず仕舞いだった。

 ケイコばあちゃんのことだからね。

全体の流れから、おたっしゃクラブに内通者がいたことには、直ぐさま思い至ったはず。

内通者の特定なんてあっという間だったに違いないし、もちろんただで済ますつもりもなかったろうね。

内通者は持っている情報を洗いざらいゲロさせられて、最後は虫の息ながらも生きていたらめっけものってところまで追い込まれたな、多分。

もちろん惑星郵便制度の警務部が明らかにできなかった探索者の情報もきっちり取ったろう。

 そもそもが、ケイコばあちゃんを敵に回すなんて正気の沙汰とは思えない。

わたしの勘が正しければ裏切り者の処断は、ディアナからさんざん聞かされたロイヤルネービーの作法で実行したんじゃないかと思う。

情報を吸い上げて用済みになった内通者は、時を置かず海に放りこまれ、魚の生餌にでもなったに違いない。

 そうしてなにより、姉さんが死ぬ元凶となった探索者の捜索と殲滅は、今でも日夜続いていることだろう。

わたしがこんな目に合ってるってことは、まだ探索者の殲滅が完了していない何よりの証拠なんだとおもうよ?

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