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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第17話 新たなる危機 1

 バストーニュの町はドイツ国境に程近い。
それでもドイツとの戦争では、奥深い森の中にあるため攻め難いとされるベルギーの小都市だった。
第二次世界大戦も終結の兆しが見え始めた1944年12月25日。
アメリカ軍が守る件のバストーニュを抜いたドイツ軍第1SS装甲師団と第12SS装甲師団は、新鋭のタイガーⅡ戦車を擁する部隊、パイパー・カンプグルッペを先鋒にミューズ川の渡河を果たした。
フランスはもう目と鼻の先だった。
ドイツ軍は乾坤一擲の賭けに勝ち、連合軍を再びドーバー海峡に追い落とすチャンスをものにしたのだ。

 バストーニュがあるベルギーのアルデンヌ地方は広大な森林地帯であり、軍隊の移動は困難を極める。
車両が走行できる街道の集中するバストーニュはそれ故、交通の要所であり戦いの趨勢を決める補給路の要と目されていた。
 ノルマンディへの上陸以来。
中途でマーケットガーデン作戦の失敗による遅滞はあったが、連合軍は着実にドイツ国境へと迫っている。
この時バストーニュには米第28歩兵師団が駐屯していた。
だが突如始まったドイツ軍の熾烈な攻勢により、師団は日を置かず全滅に近い損害を被った。
クリスマスを間近に控え、故国に思いをはせて少々気の緩んでいた兵士達ではあった。
兵士達の内、ドイツ軍の攻撃に耐え、かろうじて生き残こることが出来た者は今まさに、絶望の淵に立たされている。
 予期せず始まったドイツ軍の攻勢に、米軍も手をこまねいていたわけでは無い。
猛攻に対処すべく、国境を挟んだフランスの古都ランスに駐屯していた米第101空挺師団が、急遽救援に投じられたが時すでに遅い。
同じく救援に向かったパットン将軍旗下の米第4機甲師団も独第2装甲師団の待ち伏せに遭い併せて敗走したのだった。
ドイツ軍に包囲されたバストーニュの町に第28歩兵師団は取り残され、頼みの第101空挺師団と第4機甲師団は救援に失敗した。
 クリスマスを過ぎてもベルギー東部の天候は回復せず、連合軍は本来優勢であった航空支援を受けられぬまま壊滅した。
アルデンヌの森からは武装親衛隊を中心としたドイツ軍の装甲部隊が溢れ出す。
バストーニュから道一本ブイヨンの町を突破すれば、フランス国境までは指呼の距離である。
こうして大戦初頭、西ヨーロッパで展開されたドイツ軍によるパンツァーブリッツの悪夢が、今再びよみがえろうとしていた。

 「やったぜ。
今回は俺の勝ちだな。
ドイツ第三帝国は再び連合軍をダンケルクに追い詰め、ノルマンディの雪辱を果たすぞ。
その上で、ヨーロッパにおける新秩序を改めて歴史に問うことになるのだ。
ジークハイル!
・・・とはならねーだろうな」
 荒畑がサイコロを放り出して溜め息をつく。
そうして今一度ドイツ軍が優勢のまま新年を迎えようとしている、ベルギーはアルデンヌ地方の地図に目をやった。
地図は連続する正六角形のヘックスと呼ばれる升目で細かく区分けされている。
ヘックスの中には、ドイツ軍と米軍の戦力が、連隊や戦闘団単位で配置されていた。
局面ごとの勝敗は、単位時間ごとに相互のプレイヤーが振りだすサイコロふたつの出目を、戦闘考課表に照らし合わせることで判定される。
それは世界中の軍隊で、大の大人が大真面目で取り組んでいる兵棋演習を簡略化した、起承転結にたいそう時間のかかるボードゲームだった。
 「僕のサイコロ運も女運と同じくらい壊滅的だよ。
クリスマスを挟んで毎日毎日・・・。
ずっと雪が降り続けてるんだぜ。
航空支援だけが頼みの綱だって言うのにさ」
僕の何気ない一言がたまさか荒畑の逆鱗に触れたらしい。
いきなり顔つきの変わった荒畑が、先ほど放り出したばかりのサイコロを拾い上げる。
そのままエイっとばかりに振り出す魂魄(こんぱく)を込めているとしか思えない一投は、なんと1のゾロ目だ。
その結果、かろうじて抵抗を試みていた僕の米第4機甲師団はあっさりボード上から蹂躙消去された。
「・・・女運がどうとか駄法螺吹いてんじゃねーぞ。
加納~てめー俺様に喧嘩売ってんのか?
上等じゃねーか。
第1SSのパイパーカンプグルッペの戦力は今なお健在じゃ。
ヨアヒム・パイパー親衛隊中佐はサイコパスな殺人鬼だがな。
女癖の悪い加納円司令官様を地獄に送り込むにはうってつけな刺客と言えるだろうぜ」

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