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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #57

第五章 秘密:10

「J・D、あんたもう酔っぱらってるの? 

できればあんたになんか会いたくなかったんだけどね。

ニュートン画廊のおせっかいテッサのやつ、あんたが丁度島に居たんで招待したっていうから。

あたしひとりならばっくれるのもありかと思ったんだけどさ」

「そいつはご挨拶だなぁ」

髭おじさんが子供のように無邪気に笑った。

ちょっと可愛いかも。

けれどもわたしは、ミズ・ロッシュの口調がいきなり変わったことに。

これはもう、心の底からびっくりだった。

ハナコおばちゃんったら実は多重人格?

そりゃ人と言うのは多面的な生き物だよね?

そんなことくらい、わたしだって十六歳という年齢なりに充分わきまえているつもりだったよ?

だとしても、あのミズ・ロッシュがいきなり装飾華美な心の着ぐるみを脱ぎ棄ててだよ。

これぞ真実の姿という自然さで、蓮っ葉なおねーさん風の言葉使いになってしまったのだぜ。

そりゃわたしでなくても魂消るだろう。

大声でディアナを呼びたいところだった。 

「時に、レディ・ハナコ。

そちらの可愛らしい御嬢さんは?」

初見ではチャラそうに見えた。

ところが、今やこの場で一番まともそうな人に思えてきた金髪のポストマンだった。

その彼が場を取り持つためか。

取って付けたような賛美の眼差しをわたしに向け、舞台俳優のようにきれいな微笑みを浮かべた。

可愛らしいという形容詞をことさらに、当然至極と言う口調でね。

それも鼓膜を愛撫するような深いバリトンの響きに乗せながら。

心地よく品良くさらりとおっしゃってくださいました。

同時に彼は、マルチタスクも得意ですとばかりに、わたしから視線をそらさずにスキッパーの頭に手を伸ばし、よしよししたものだ。

どうやらスキッパーは金髪ポストマンとも顔見知りらしい。

さすが歴戦の甲板犬。

スキッパーったらあちこち知り合いだらけだ。

 「小さいころからあたしのモデルやってくれてるアリアズナよ。

ケイコ・マハン・ドレークの孫娘。

あなたも見覚えあるでしょ」

ミズ・ロッシュは、なぜかちらりと髭おじさんの様子を伺い、わたしの紹介をした。

金髪ポストマンに対してもくだけた口調のままだった。

「ああ、“ヒナギクと少女”の御嬢さんですね。そういえば幼いころの面影が残っていらっしゃいますね。

あの油画“ヒナギクと少女”は今でも局長室の壁に掛けてありますよ。

先代のお気に入りでしたからね。


『金髪ポストマンのお言葉は、更にも増して耳に心地よかった。

わたしの血中オキシトシン濃度は確実に上昇し、A10神経が興奮して快楽中枢にはドーパミンも注ぎこまれた。

わたしの肖像画が惑星郵便機構の、それも局長室に飾られているんですってよ。

マジっすかぁ。

それってコネになる?

入試の時ちょっとしたアドバンテージになる?』


胸の内から湧き上がる誇らしさに酔い痴れながらも、ポストアカデミーの面接試験のことにチョロっと頭がいった。

金髪!!好感度四倍増し。

 「ばあさんの孫娘?」

髭おじさんの顔が、ほんの一瞬だが硬くなりその後、気持ちが悪い位に優しげな眼差しになった。

この髭おやじ、さてはロリコンの変態か。

即決で脳内有罪判決を下してやったがすぐに処分保留、執行猶予とした。

その眼の色には懐かしさや悲しさや、何か決定的な喪失感と諦めを秘めているように思えたから。

グリーンゲイブルズの洗面所に掛る鏡の中に見た、リアルなわたしの眼に驚くほど良く似ていたから。

 「はじめまして御嬢さん。

俺はそっちのロッシュとは古馴染みでな。

おまけにミセス・ドレークには若いころ色々と世話を掛けちまった、サリンジャーという凶状持ちだ。

ミセス・ドレークはお元気かい」

髭おじさんが、ユーモアの成分を含む柔らかく人懐っこい声でわたしに話しかけた。

凶状持ちだと?

髭おやじめ、いったい何をやらかした。

ケイコばあちゃんの古い知り合い?

あの人はあれでやたらと顔が広いからな。

などと思い巡らせながらも、お行儀良く挨拶を返した。

「はじめまして。

わたくしアリアズナ・ヒロセ・ムターと申します。

祖母はまるでノースカントーの不良娘みたいに元気溌剌傍若無人で、暇さえあれば孫娘をいじめております。

ミスター・サリンジャーは祖母とお知り合いで、その上ミズ・ロッシュとはたいそう仲良しでいらっしゃるライブラリアンなのですね」

わたしは、蠱惑的(こわくてき)な微笑みと自分で思っている表情を小脳から呼びした。

おまけで、口角を上げ少し上目使い気味に髭おじさんの眼を見つめてみた。

髭おじさんの物言いで、なんだか不可思議な、モヤッとした気持ちになったからね。

 髭おじさんは、ミスター・サリンジャーは、破顔一笑の後、まいったなという顔でそのままわたしの相手をしてくれた。

「J・Dでいいよ。

みんな俺のことはそう呼ぶからな。

ミセス・ドレークも孫と張り合ってるくらいなら心配いらんな。

御嬢さんは物怖じしないし、俺の襟の徽章にもすぐ気付いたんだろ?

そうやって真っ直ぐな目をして様々な対象を。人を、自然を、世の中を観察する習慣があればだな。

良いことも悪いことも、みせかけの裏に潜んだ社会や人間の本質すらも、透けて見えてくる気がするものさ。

お嬢さんは良い目をしている。

褒めてるんだよ?」

「見えてくる気がする?

誤解も有りだということですか?

わたしのことはアリーで良いですよ。

みんなあたしのことをそう呼びますから」

「察しがよいな。

その通り、誰かの何かを分かったつもりになったって、本当のところは九十九パーセントの誤解と一パーセントの理解、そんなものなのさ。

だけど、誰かの何かを理解したつもりになって、結果それが九十九パーセント誤解だったとしても困りはしない。

なんたって、こと、理解に関する限り相手が人である以上。

先方もきっちり同じ割合でこっちのことを誤解してくれるわけだからな。

多次元リンクで人と人、人とライブラリーが繋がっていたころ、何かを分かるということは、きっと今とは全く違った体験だったんだろうがな。

アリー」

「よくもまあぺらぺらと、そんな利いた風な口を。

アリー。

こいつの人を煙に巻くような衒学的(げんがくてき)な小理屈や説教に耳を貸しちゃだめよ。

どうせ、思い付きの口から出まかせに決まってるんだから」

「酷い言われようだなロッシュー。

アリーは年頃の別嬪(べっぴん)さんなんだぜ。

少しは渋い中年男の魅力をだな・・・」

髭おじさんが情け無さそうな声でぼやき、眉をハの字にして頭をポリポリした。

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