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とも動物病院の日常と加納円の非日常

東京大空襲<結> 14

 僕はお目当てのタコスを頬張りながら、もごもごと話を続ける。

国立のベールが出すタコスは、おしゃれで美味な上に「エキゾチックだぜ!」と洒落のめすことのできる一品だ。

メキシコどころかまともな海外旅行なぞしたことの無い若造にとってのたまの贅沢だった。

「いやー、まいったな。

佐那子さんのご紹介があったればこそですよ。

けど、僕ってば、やっぱり気に入られちゃいました?

『蔵の中をじっくり調べて古文書あさりをしてみますから、今度また遊びにいらっしゃいな』なーんてお誘いも受けちゃいましたよ。

確かにOFUの資料に添付されていた写真を見る限りでは、エバンス中尉って結構ハンサムですよね。

そういう目で見ればどことなく奥様に似ているようではあるし」

「よいなー。

佐那子さんが行かなかったのならアキがご一緒したかったな」

「秋吉はさっき演奏旅行から帰って来たばかりじゃないか」

腐れ縁仲間の最年少、バイオリニストの秋吉晶子が頬を膨らませた。

「そー。

私だって遠慮したんだから」

「だって~」

ふたりの年齢差はきっかり一回りのはずだ。

ところがキャピキャピと姦しいばかりのやり取りを見ていると不思議な感に捕らわれる。

佐那子さんについては出会った頃の容貌が大幅に修正された。

今やふたりはほとんど歳の違わない友達同士の様にしか見えなくなっている。

「ところでスキッパーちゃんは何かのお役に立ったのですか?」

佐那子さんが実年齢を盾にした年の功で秋吉を遣り込め「それで?」と可愛らしく小首を傾げて見せる。

すかさず秋吉の「あざと~い!」というちゃちゃが入った。

ワインが少し入った佐那子さんが動じることはなく、鼻で笑って華麗にスルーした。

「スキッパーについてはこれからお話ししようと思っていました。

実は、スキッパーを連れて行った効用を他には思いつかなかったので、ヤツにジッポーとハンカチの匂いを嗅がせてみたんですよ。

さすがに訳が分からないという顔つきで、首をひねってましたけどね。

それよりキース・フォルトゥーナ・エバンスと言う名前が出た時です。

スキッパーのヤツ、信じられないという表情でこっちを見たんです。

口を半開きにして。

犬が驚愕する姿なんていう珍妙なもの、始めて目撃しちゃいました。

・・・スキッパーは変な奴ですよ。

あいつ、かなり人の言葉が分かるみたいだし、ひょっとすると字も読めるかも」

「・・・円さ~ん。

恐いこと言わないでくださいよ~。

獣医さんが冗談でも言っちゃいけないでしょ、そんなこと。

マジなら、アキは円さんの正気を疑っちゃいますよ?」

秋吉がからかうような口ぶりで面白そうに僕を見る。

「OFUは何か知ってるのかもしれないですね。

スキッパーちゃんを連れて行けって言うのは、萩原さんの厳命でしたからね」

佐那子さんが何かを想い沈むような口調でグラスを見つめる。

「えーっ、佐那子さんまでどうしちゃったんです~」

「秋吉よ。

僕たちの腐れ縁がどうやって始まったか思い出してみろよ。

内在的能力って言ったって、現代科学じゃ説明できないへんてこな現象であることは確かだし、そいつがおまえと知り合う切っ掛けになったんだぜ。

忘れたのか?

揚げ句の果てOFUなんて訳の分からないボランティア団体?

いや、秘密結社に加入させられて・・・あの時色々聞かされただろ?」

「テヘへ」

「テヘへじゃねーよ。

それに、今日スキッパーの分別臭い顔を見ていて、唐突に思い出したことがあるんだ」

「それってどういう?」

少し目がとろんとしてきた化粧っ気のない佐那子さんのかんばせは、僕が高一で出会ったときよりも遥かに若々しい。

「ずいぶん以前のことだったと思いますが、お話したことがあったでしょ?

ジュリアに出会ったときのこと」

「・・・ああ、まどかさんが小学生の時のことですね。

防空壕に潜り込んだら、妖精みたいな外国の少女に出会ったっていうあれですね?」

「ンッマッ!・・・円さんやらしー!

アキたちと言う後宮の魔女を囲いながら、それに飽き足らずワールドワイドなナンパですか~」

今度は僕がスルーした。

「そうです。

あの時、ジュリアが犬を連れていたことを思い出したんです。

スケベって言う変な名前の犬だったんですけどね。

なんだかそれがスキッパーとクリソツだった様な気がして・・・」

「十五、六年近く前の話としたところで平均的な犬の寿命は過ぎてますし。

それに確か・・・彼女と出会ったのは、ずーっと昔のことだったかもしれないと仰ってましたよね」

「ええ、エバンス中尉自身や彼に関連するファイルに目を通しているうちに、記憶が鮮やかに蘇ってきまして・・・。

ジュリアと出会った際に、犬が居たことなんてすっかり忘れていたんですけどね。

スキッパーの振る舞いを見てたら彼女が連れていた犬の印象がいきなり重なって・・・。

なんか、そう言えばともさんの所でスキッパーと初めて会った時のことなんですけどね。

ヤツが僕の匂いを嗅いで、丁度今日みたいに怪訝な顔付になったんですよ。

・・・その時は不思議とも何とも思わなかったんです。

けれど今考えればあれって驚いていたんですよ、きっと。

もしあの犬がスキッパーなら、ジュリアと遊んでた東洋人のガキが、僕だったってことに気づいたんですよ、多分」

「スケベとスキッパーじゃ全然違うじゃ無いですか〜

・・・でも待ってください。

skipperこれならどうです?」

秋吉の発音はスキッパーには聞こえなかった。

「ドリフ好きの間抜けな男子小学生なら、ネイティブが発音するskipperはスケベと聞こえたかも知れませんね」

佐那子さんが口許に手を当てておほほと笑った。

「まあ、ジュリアの連れてたスケベがスキッパーだった可能性は、証拠なんて見つけようがないので、ひとまず脇に置いておきましょう。

実はですね、別建てでもエバンス中尉と“スキッパーと呼ばれていた犬”が、妙な具合で結びついちゃったんですよ。

ここ見てください」

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