とも動物病院の日常と加納円の非日常
東京大空襲<転> 19
スキッパーは岩田さんのおばあちゃんに目を合わせて勢いよく尻尾を振った。
あの日あの時あの火の海の中にいた老婦人に万感の敬意を示すためだった。
老婦人はスキッパーの頭を撫でると何事かをつぶやき、そめを入れたキャリーを手にして病院の玄関に向かった。
ホモサピの若造が神妙な顔つきで扉を開けて彼女を見送り、大きなため息を吐いた。
『パイの小僧め。
お前さんの間抜けぶりにはほとほと呆れかえる思いだぜ。
婆さんが渦中にいた1945年3月10日の東京大空襲は、俺様を仲立ちにして実はお前さんともつながって居るんだぜ。
今でも信じられない思いだが、何か理屈では説明できない不思議なめぐり合わせだったのだろうよ。
1942年の夏。
イングランドで俺様はまだガキだったお前さんと確かに出会ってる。
あの時おまえさんに何が起きて過去にやって来たのか。
そうしてジュリアと知り合うことになったのか。
どうしてそこに俺様が行き会わせたのか。
さすがの俺様にもさっぱり見当がつかん。
俺様はその時分世話になっていた相棒に連れられて、はるばる日本までやってきて今ここにいるわけだ。
ホモサピはそれを有為転変とか言うらしいがな。
あるいはそのことは、お前さんとあの時代で出会ったことと何か関係があるのかもしれんが、どうだろう』
スキッパーはパイのいかにも屈託が無さそうなのんしゃらんとした顔に向かって独り言ちた。
半世紀近く前のこと。
スキッパーはまだ少女だった老婦人が逃げ惑った、紅蓮の炎と膨れ上がる熱風が狂奔する街の上空に居た。
少女の街に焼夷弾をばらまくB29の一機に確かに搭乗していたのだ。
スキッパーは、短命なホモサピと自分に委ねられた歳月の事を考えた。
そして何事も知り急ぐ必要はないのだとあらためて思い定めた。