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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #28

第二章 航過:16

「ぼんくらチェスターはブラックパール号の意図を完全に予想していたんだと思う。

インディアナポリス号がどてっぱらに一発食らった瞬間だったわ。

曳航していた拿捕船の残っていた帆が一斉に展帆されて裏帆を打ったの。

それと同時にインディアナポリス号は取り舵をいっぱいに切ってヤードを回した。

左への急速回頭だよ。

インディアナポリス号は裏帆を打った拿捕船を軸にして、引っ張られた曳航索をピンと張りながら驚くほどの小回りで回頭していった。

そして、右舷の砲列がブラックパール号に向くやいなや、砲門を開いて斉射した。

一瞬のうちにブラックパール号は白煙に包まれてしまったわ」

武装行儀見習いのみんなは、クララさんの顔を見つめ一斉に大きく息を呑んだ。

クララさんが指揮者でわたし達が少女合唱団か!と言う位タイミングが合っていた。

「使われたのは通常弾でも鎖つき弾でも散弾でもなく、二段つめの胡椒玉だったの。

飛び散る破片も倒れるマストも、血しぶきを上げる水兵の悲鳴もなし。

白兵戦の時、敵艦の事前制圧に使う催涙煙幕弾がブラックパール改めホワイトパールになるくらいたっぷりとお見舞いされたの。

通常は一発か二発打ち込んで敵がひるんだところで白兵戦を仕掛けるわ。

やりすぎるとこっちの切り込み隊員にも影響が出ちゃうからね。

普通はほどほどに使う。 そんな胡椒玉を砲一門に2発ずつ込めて片舷十八門で斉射だよ。

ブラックパールはまるで霧をまとったように催涙煙幕の白煙に包まれちゃったの。

まともに目を開けて戦闘行動を取れる乗組員は一人も居なくなったはず。

みんな涙と鼻水と止まらないくしゃみで、小一時間程はデカルト的人間であることをやめていたと思うわ。

ブラックパール号が戦闘不能に陥ると、インディアナポリス号はエアブレーキ兼旋回軸の役割を果たした海賊船と繋がっていた曳航索を切断投棄したの。

後はそのまま回頭をつづけ、丁度下手回しの要領でブラックパール号に併進する位置取りに成ったところで今度は左舷の砲列から砲撃したわ」

「また、胡椒玉ですか?」

パットさんが呆然とした表情のままで尋ねた。

リンさんもアキコさんもそしてわたしも、間抜け面で口を半開きにしていた。


『胡椒玉ですと?』


予想外の展開に思考がついて行かなかったのだ。

武装行儀見習いの座学やお姉様方から聞く戦話には、登場したことのないタイプの海戦だった。

「いや、今度は舵と舳先のバウスプリット、それから後ろのミズンマストとスパンカーブームを狙って通常弾と鎖つき弾で精密射撃を仕掛けてきたわ。

インディアナポリス号の練度はさすがに高かったよ。

全砲門を使って艦首と艦尾に砲撃を集中して見事、ブラックパール号は操艦不能に陥ったの。

そのころになってピグレット号がようやく第二航過の進路に乗ったわ。

ブラウニング艦長は直上航過に漕ぎ付けられれば、艦底から砲丸を幾つか投げ落とす恣意行動を行って停船を勧告するつもりだったみたい。

まあ、海事規則通りの対処ね。

本格的な空襲はこっちの艦底を吹き飛ばして積んでる砲丸やバラストを一切合切ぶちまけるっつう捨て身の戦法だからね。

あの時の状況で艦底を吹き飛ばして空襲を敢行するなんて、明らかに平時交戦規則を逸脱していたしさ。

ブラックパール号の勇み足にこれ以上付き合う義理もない、って艦長も考えていたみたい。

だから砲丸をいくつか落として『規則通りやりましたよ』って、形式だけは踏んでおくつもりだったのね。

とは言うものの、こっちは向かい風あっちは順風の位置関係で状況は最悪。

結局進路の交叉はできなくてのろのろと這い進むピグレット号の右舷斜め前方で、縮帆して減速したインディアナポリス号が対空仰角を取った左舷砲列で砲撃してきたの。

インディアナポリス号としては、こちらが空襲を敢行すると言う前提で迎撃してきたんだと思う」

クララさんの長かった回顧談もいよいよ佳境に入ったのだろう。

ピグレット号が戦闘に参加するくだりになったが、なんだか結末が予想できて胸が苦しくなった。

わたしにも身びいきの気質があったなんて実に意外だった。

「フィールドの高度は三百メートルって決まっているからね。

錘の付いた糸と分度器とそれから三角関数表があれば子供でも海上や地上から航空艦に照準を合わせることはできる。

ましてや手練れの砲術科員が、ほぼ停船した艦上から、のろのろと亀のように直航するスループ艦の艦底を狙うんだよ。

はずすわけがない。

あんな美味しい対空射撃なら、あたしだってやってみたい」

さすが砲術長。

ご自分の専門分野だけにすごく悔しそうに唇を噛んだ。

「そのままやられちゃったんですか?」

わたしが口にする前にパットさんがさらっと訊いた。

アキコさんが軽く舌打ちしてわたしの顔を睨んだ。

どうやら、突っ込みを入れるならタイミングを外すなと言うことらしかった。

わたしが至らぬことを発言し、アキコさんが決め台詞でそれを喝破するというのが、どうやら望ましい舞台の進行法らしかった。

 「ブラウニング艦長も実は、あれはあれでかなりの切れ者だからね。

敵が縮帆した瞬間にこっちも裏帆を打たせてそのまま順風で後進かけて急速離脱を図ろうとしたのよ。

けどね、間に合わなかったわ。

まず一発食らったところで、即座に艦長は艦底と下甲板からの総員退避を命じたわ。

ぼんくらチェスターは乗員退避のために猶予時間を与えてくれたのね。

二発目までには充分な時間があったわ。

その後は砲弾がぶち当たって美しく鳴り響くフィールド音をBGMにして文字通りめった打ち。

艦底はあっという間に蜂の巣状態。

やがてばらばらになって海上に落下していったわ」

いっそ、さっぱりといった顔でクララさんが肩をすくめてみせた。

格闘技などで相手があまりにも格上のときには、こちらが身構える前に身体が宙を舞うと言う話をどこかで聞いたことがあった。

だから実際にそんな目にあった日には、最早悔しさすら感じようがないのだと、わたしはぼんやり考えた。

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