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とも動物病院の日常と加納円の非日常

東京大空襲<結> 3

 「・・・分かりました。

OFUも相変わらず訳の分からないことで人を扱き使いますね。

僕にとっては間の悪いことになりました。

来週の水曜日は、ともさんの親戚の結婚式があって臨時休診だったんですよ。

久々の有給だったんですけどね。

仰せの通りスキッパーを連れてご指定のお宅まで足を延ばしてみます。

・・・いえいえ、ニッパチは暇ですしお盆も近いですからね。

・・・えーっ、良いですよ、行くのは僕一人で。

スキッパーを連れてちゃちゃっとお話を伺ってきます。

こんなことで仕事サボるとお父様に叱られてまたまた減給ですよ?

・・・分かりましたよ、せっかくの休みですからね。

帰ってきたら夕飯でも奢ってください。

・・・でも、それなら秋吉の奴も呼んでやってくださいね。

・・・もういい歳なんですから、子供みたいにそんなにわざとらしい舌打ちなんかしないでくださいよ。

・・・夕方にはあいつも東京に戻るはずです。

せっかくなのだから良いじゃないですか。

秋吉だけ仲間外れと言うのは可哀そうですよ?

・・・ハイ、ハイ、突っ込みどころはそこですか。

いい年って言ったのは失言って認めますよ。

素直にに謝ります。

ごめんなさい。

もちろん佐那子さんは可愛いし見た目は二十歳で間違いありません。

・・・ハイ、ハイ、分かりましたよ、何れ埋め合わせはしますから。

・・・国立のベールに八時ですね。

何とかそれまでには戻ります」

 僕は受話器をおくと病院の帳簿つけにもどった。

「佐那子ちゃんかい?」

ともさんが新聞から目を上げるとニヤリと笑った。

「せっかくのお休みと思ったのに、またOFUのボランティア活動ですよ。

来週の水曜はスキッパーをお借りします」

聞き耳を立てていたスキッパーが露骨に顔をしかめた。

「それは良いが、どこ行くんだい?」

「五日市の某所とだけ。

旧家にオーパーツがあるらしいので調べに行けと。

依頼の詳細はレポートと手紙にして、佐那子さんが週末にでもここに持ってくるって言ってました。

焼肉でも奢ってもらいましょうよ」

「おっ、それいいね。

でっ?

オーパーツって、中生代の岩層に砂時計が埋まってたみたいな?」

「それ、小松左京の”果てしなき流れの果てに”でしょ?

SF小説じゃあるまいしどうせガセですよ、ガセ」

 橘佐那子さんは僕が高校一年生だった頃に、突如発生した腐れ縁各位たる淑女連中のひとりだ。

出会った頃には二十代の中頃だったからもう四十に近いはずだ。

ところが見た目は当時より若返ったようにも思える。

お世辞抜きで二十歳と言っても通りそうな外見をしているし身体能力も昔のままだ。

もっとも佐那子さんの若さには秘訣などなくて、実はチートな種も仕掛けもある。

当事者同士、それにはあまり触れない約束になっている。

 仕事関係で職場が近いせいか、佐那子さんはとも動物病院によく顔を出す。

そんな容姿と気さくな人柄のせいだろう。

ともさんよりも年上なのに互いにともちゃん、佐那子ちゃんなどとため口で、いつも馬鹿話しをしては大笑いしてる。

いつか居合わせたるいさんがやきもきしていたのはご愛敬だろう。

佐那子さんの実年齢は、るいさんより一回り半以上上になる。

それでも見てくれの若さは、こと佐那子さんに対してはアドバンテージにはならない。

るいさんもやきもきするわけだ。

 佐那子さんから入ったボランティアの依頼は定期的に振られてくる勤労奉仕のひとつだった。

高校の頃に無理やり入会させられたOFUという団体からの有無を言わせぬお願いだった。

OFUは腐れ縁各位の淑女連中共々、僕も半ば強制的に入会させられた胡散臭い社中だ。

常識的に考えても、拒否権のないお願いをボランティアと呼称するのはいかがかと思うが、どうだろう。

僕らのブランチを束ねる藤原紀子という修道女にはそんな理屈は通じないけどね。

藤原紀子こと聖マルコ福音修道会のシスター・アリアズナは、ほぼ千年女王と言っても良いほど臈長けたぶりっ子性悪女だった。

 OFU(Organization for Foster Unit)は日本語に直したら、里親協会としか翻訳しようのない自称ボランティア団体だった。

僕も組織についての詳しい説明を受けることは受けた。

だが一介の男子高校生には、はなっからその目的と規模や構成も全く理解できない団体だった。

世界中にブランチがあるらしく、創立もめちゃめちゃ昔で『業界じゃかなりの老舗』と言うことだけは分かった。

試みに何の業界だか尋ねてみたところ、シスター・アリアズナも首を捻っていたことが印象的だったのをよく覚えている。

会ったこともない日本支部を牛耳る幹部の年寄り共は、OFUをもじって桜楓会などと名乗っているらしい。

そんなこと、こっちの知ったこっちゃない。

 佐那子さんは腐れ縁仲間の内では最年長だった。

家業では副社長という社会的地位が高い所謂セレブでもある。

ごく自然な成り行きで彼女が僕らのブランチの世話役を買って出てくれた。

OFUがどういった仕組みでブランチを束ね、管理運営しているのかはまったく謎だった。

シスター・アリアズナに尋ねてもハキハキと答えが返ってこないからね。

超古株のシスターだけど、存外彼女も良く分かっていないのかも知れないよ?

 実体が全く分からない団体であるのは確かだけどね。

時折、こうして天のお告げの様に、意味不明な依頼が何処からともなく舞い降りてくる。

ボランティア活動は大抵はいかにもそれらしい体裁を装っている。

例えば、児童養護施設や孤児院のお手伝いみたいな本職っぽい政治的案件がある。

ローカルな公園のごみ拾いやカーブミラー磨きに代表される広報的依頼もある。

ちょっと見にはまともそうに思えるけれどさ。

ボランティアとは言ったって僕に言わせれば、どれもこれもOFU的動機がどこか胡散臭いものばかりだった。

もっとも内容が如何にもボランティアという体ではあったことだしね。

僕も一応は会員としてハンコをついている以上はだよ。

『胡散臭いとめんどくさい』が先に立つ内心を無理矢理ねじ伏せるしかない。

真面目な淑女連中にも叱られちゃうからね。

だから僕だって依頼があればそれなりに真面目に取り組んできたつもりだよ?

紛争地域へお使いに出されたり、探偵のまねごとをさせられた時には、命の危機を感じた事もある。

「命懸けのボランティアってなんだよ!

ふざけんじゃねぇ」

シスター・アリアズナに『怒ったぞ』って捩じ込んで、退会を画策したこともあったけれどさ。

淑女連中と一緒にマァマァと宥められて有耶無耶になってしまった。

 どんな活動もボランティアが建て前なので報酬は一切出ない。

経費だってなんだかんだ言って出し渋る。

OFUは老舗と威張る割にはけち臭いこと極まりない団体だった。

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