ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #215
第十三章 終幕:23
「ライブラリーが、おたっしゃクラブの存在を知っていたのは当然としてもよ。
桜楓会なんて組織をでっち上げて、クラブの運営事務局みたいな役割を設定するなんてね。
驚き桃の木山椒の木とはこのことよ?
ライブラリーが“たかが機械”、ではない事だけは確かね。
それは無知な小娘にもよーく分かったわ」
わたしは何だか疲れてしまった。
当時の桜楓会には、ケイコばあちゃんみたいに目から鼻に抜けるみたいな?
さえさえかつあこぎな仕切り屋は居なかったろうからね。
最初に選ばれたメンバーの皆さんは、ライブラリーからの唐突なお願いに面食らい、さぞや慌てふためいたことと思う。
しかしながら千年の歳月を経て滅亡もせず、曲がりなりにもこうしてロージナの人間達が生存しているのだ。
当時のライブラリーが下した判断は、間違ってはいなかったと言うことだろう。
そしてわたしが信じる正しさにはもとるけれどね。
歴代の桜楓会は自らの正義をもって、ライブラリーの目論見に良く答えて来たと言う事なのだろう。
『蓋を閉ざした貝に成れ!』
「ライブラリーから、後に桜楓会を結成する面々に伝えられたお願いはシンプルだったわ。
具体的には『バーサーカーの目を欺くため、ロージナのホモサピは科学文明を封印しろ』という一点に尽きたの。
『多次元リンクに限らず、電磁波など文明を示唆するシグナルを発生させるような真似をしでかすんじゃないよ』ってことね」
バーサーカーに見つかる可能性を否定できない。
そうである以上、人類の存在徴候は宇宙空間から絶対に観測させるなと言うことだったろう。
「フィールドなんか、いの一番に見つかりそうだけれどね。
あれって、ロージナという惑星が発している磁場と一体化しているものらしいわ。
外から観測すると文明の産物かどうか、にわかには判じ難い代物なんですって。
フィールドが自然現象にか見えないって言うのは、私たちにとって不幸中の幸いだったわね」
多次元リンクとの接続が切れているせいで、フィールドの局所制御はできないことになってる。
そのことは例えば金槌一丁釘一本でも船底から甲板へ持ち出せない不思議で、わたしも経験的に理解していた。
航空船で生活していると本当に不便。
ポケットに肥後守でも入れてうっかり上下を行き来しようものなら、厄介なことになる。
肥後守ってのは、ツクシノ島特産のポケットナイフのことね。
肥後守は鉄でできているのでフィールドを通れない。
だからそんなうっかりで最悪、ポケットは破れてしまう。
次の非番はお裁縫で貴重な休み時間が潰されることになるんだよ?
そんな船内生活の不都合にだってイラつくってのにね。
高地ではフィールドをまたいで生活圏が分かたれるわけだからもっと大変だろう。
二丁目はフィールドの上だけど三丁目は下みたいな?
ご町内に見えない壁があるようなものだし。
そんな地域にとってのフィールドは、暮らしの妨げにはなっても、足しにはならないのじゃないかと思う。
けどね、そうは言ってもフィールドは、頻繁に空から降って来る隕石を、片っ端から受け止めてみんなを守ってくれている。
系内に木星や土星みたいな巨大ガス惑星を持たないロージナ星系には、隕石を筆頭に宇宙のゴミが多い。
それは周知の事実だ。
フィールドがなければ宇宙からの爆撃で、おちおち寝てなんていられないかもしれない。
今わたしが乗っている航空船だってフィールドが無ければ、こうして天翔ける帆走なんてできやしない。
もしフィールドが無くなっちゃったら、隕石スイープで稼いでいる第七音羽丸のみんなも失業だよ?
そんなマジカルなシステムなのに、多次元リンクと接続してないと自然現象と見分けがつかないだなんて本当に驚きだ。
フィールドは、科学文明もここに極まれりというシステムのはずだからね。
最早、魔法と呼ぶに相応しいくらいまでに進歩し切ったもの、ではないかしら?
もしフィールドが魔法上等なシステムであるならば、自然現象と言われても御伽噺的には納得できる。
と言うことは、科学技術では人類の上を行ってそうなバーサーカーも、魔法にまでは手が出なかったってこった。
ケイコばあちゃんに、冗談半分で『先生わたしはこう思います』。
みたいなノリでフィールド魔法説をぶち上げたところ、侮蔑の眼差しを向けられた。
「あんたバカァ?」
ケイコばあちゃんは左手を腰に当て、右の人差し指をわたしビシッと向け言い放ったものだ。
「な、なによ。
ちょっとした思い付きを、冗談半分で口にしただけじゃない」
『わたしだって子供じゃあるまいし、魔法なんて信じちゃいません!
他愛の無い夢見がちな乙女の空想ですからね?
場の空気を和ませようと、それをちょっと言葉にしてみただけじゃない!』
人間、本当に恥ずかしいと全身から発熱して、どうにも言葉がでないものらしい。
「アンはその人の名前さえ聞けば、本人すら知らないライブラリー情報のサマリーを引き出せちゃう訳よね。
そうであるならアンの所に、リーダーの資質を持った誰かさんを連れてくれば、それは大事件発生ってこと。
リーダーはアンが唱えるインデックスパスワードを知ればね。
ロージナ人のDNAに量子コーディングされている全ての文字列を読み出せちゃうの。
だからこれは駄目」
ケイコばあちゃんが唐突に話題を変えた。
「これは駄目の“これ”がインデックスとリーダーの能力のことなら、“これ”のどこがどう駄目なのよ。
ミズ・ロッシュにも能力のことは他人に絶対に話すなって言われたわ。
だけどおばあちゃん。
ロージナのみんなに書き込まれてる色々な技術情報や知識をサルベージできればよ。
今よりずっと便利になって、生活も快適になるはず。
プリンスエドワード島はとっても素敵な所だったわ。
ロージナのどこででもあんな風に暮らせたら、争い事も無くなるに決まってる」
「そうしてバーサーカーがやって来て、ロージナの人々は皆殺しに成りましたとさ。
とっぴんぱらりのぷう」
「なによ、とっぴんぱらりのぷうって。
もう千年も経っているのよ。
いくら凶暴で執拗な宇宙人だって、どこかもっと稼ぎがよいとこに河岸を変えてるに違いないわ。
他所の星からもなにか言ってきたりしてないんでしょ。
もしかしたらロージナ以外のホモサピ全滅なんてことになってるのかもしれないけどさ」
「確証が無いのよ。
ライブラリーはすっかりビビっちゃって、自閉モードに入ったままよ。
そうやってだんまりを決め込んでいても、根が臆病なものだからね。
息を潜めてびくびくしながら、パッシブセンサーで辺りの様子をこそこそ伺っているわ。
バーサーカーが人類世界の脅威では無くなっている。
もしそうであるのなら。
何処かで生き残っている勢力から、多次元リンクを介した連絡が入るはずだからね。
ライブラリーはそれを前提にして、今のところ音なしの構えを取ってるの。
なんといってもチキンなライブラリーの最優先事項は、ロージナに住まう人類の存続なのよ。
ライブラリーは『今はまだ動くつもりがない』って言ってるわ。
桜楓会の会長である私としては、警戒を解くわけにはいかない。
私個人としても正直、宇宙からの脅威を全否定できない。
そうである以上、進んで危ない橋を渡ろうとは思わないわね。
ロージナ以外のホモサピは殲滅されてしまった?
本当にそうかも知れ無い。
アンが提示した仮定を否定できないなら、よりいっそう慎重にならないと。
私は人間主義を標榜している訳ではないけれどね。
アンの言う様に、畢竟ここにしか人類が生存していないとしたら?
ロージナはホモサピの貴重な遺伝子プールとなっているはず。
であれば生き残ったホモサピとしての責任を意識せざるを得ないわ」
ケイコばあちゃんは、らしくもない考えを披歴して見得を切りやがった。