日本にはもっと医療機器スタートアップが必要なワケ
医療機器産業を取り巻く現状
医療機器開発には膨大な資金と時間が必要になることが多い。侵襲的な医療機器になればなるほど、企業のマンパワーが必要となる。例えば、米国で革新的医療機器のFDA認可取得に必要となる臨床試験は、3~4 年の期間と約5,000 万ドルのコストを要するとも言われている。(1)
そんな中、下の棒グラフは薬事承認件数を示している。
驚くのは、2014年以降、海外で薬事承認をとっている80%近くがスタートアップによるものなのだ。逆に日本では、2020年まで多くの薬事承認は大企業がその役割を担っている。
海外ではどうしてスタートアップ企業が薬事承認を取るポジションを築いてきたのだろうか。この記事ではそれらの理由を深掘っていく。
医療機器開発にはリスクが伴う
医療機器開発プロセスの中で、最初で最大のハードルが、人体で試験で行うFirst In Man(FIM)だ。もちろんFIMの前に生体適合性等の非臨床試験、動物実験などはを行い、そして患者への同意説明をきっちり行うが、失敗のリスクは排除できない。
大手企業の場合、もし人体試験で失敗することがあれば、ブランドイメージを損いかねない。またすでに自社製品を販売している病院や行政、患者に対する心証が損なう懸念がつきまとう。従って、大手企業内では「もっと慎重に」というムードがあり、コストと時間ばかりかかって研究開発に莫大な時間がかかる。
一方スタートアップでは、ブランド損失のリスクが小さい。なのでとにかく製品開発だけを目的に圧倒的なスピード感を持って研究開発が進められる。
スタートアップが研究開発、人体試験まで終わらせ、販売できるような段階で大手企業はM&Aする。そうすることで、大手企業は”失敗”というリスクを回避でき、スタートアップも多額の資金を得ることができるため、ウィンウィンな関係が構築されるのだ。
下の図は、世界で最も高い売上を誇るMedtronicがスタートアップ企業をM&Aしていく遷移だ。
スタートアップ企業の開発スピードはなぜ速いのか。
スタートアップ企業が大手企業をよりスピーディーに開発できる理由は、リスクが取りやいからだけではない。
スタートアップ企業は必要最低限の資金と人材で開発を進める。これらは多すぎるとEXIT時のリターンが小さくなるし、少なすぎると開発がうまくいかずに途中で頓挫してしまうリスクがある。そのため、彼らは何がなんでも決められた資金、タイムラインで開発を成功させようと燃えあがる。そして一度成功を収めたら、多額なリターンが得られる。この一攫千金が優秀な人材を集めるための十分な理由となり、それがまた開発のスピード、成功確度を上げる。
スタートアップ企業に向いているのは治療機器
しかし、スタートアップは資金面でも人材面でもやはり大手企業には敵わない場合が多いのも事実だ。
そこで、スタートアップは大手がやりたがらない開発をすることが求められる。それが、”治療機器”だ。
Counterpartとしての検査機器では、先ほど述べた人体試験での失敗リスクが小さい。そのため大手企業も参入しやすく、膨大な資金と人材を注ぎ込むことができるためスタートアップに分が悪い。
しかし治療機器では、人体試験でのリスクが大きいため、大手企業が敬遠する。ここがスタートアップにとってチャンスなのだ。
日本のスタートアップの現状
しかし、日本の医療機器スタートアップは元気とは言い難い。ここ数年で年間約20社の医療機器企業が創設されているが、米国の約300社という数字を見ると、GDP比(日:米=1:4)で比較してもはるかに少ない。
そして、そもそも日本の医療機器企業は、検査医療機器には強いが、治療機器には弱く、知見が少ないと言えるだろう。先述した通り、大手企業では治療機器の開発においては弱腰にならざるを得ない。
スタートアップが少ない -> 治療医療機器を作る企業がない
という構図が現状の日本なのだ。
治療医療機器の市場は検査機器よりも大きく、その成長率も大きい。しかし国内の治療医療機器の多くは輸入に頼っている状況だ。
治療医療機器を開発することで日本企業の売り上げを伸ばす、これが今喫緊に求められているのではないだろうか。
治療医療機器はスタートアップが開発するのが理想であり、タイトルの回収になるが、これが日本に医療機器スタートアップを増やすべき理由だ。
日本に医療機器スタートアップを増やすためには
海外では医療機器はスタートアップが開発し、大手企業が買収するというルートが主流になっている。日本も是非そのようなエコシステムを構築していくべきだ。
しかし課題は多い。まずは資金についてだ。先述した通り、医療機器開発には莫大な資金と時間がかかる。スタートアップはレバレッジをかけてスピーディに目的を達成する組織であるため、資金力は乏しい。米国では医療系のベンチャーキャピタルが多く存在し、初期段階では資金は彼らが支えるエコシステムがある。開発段階に応じて大手企業も資金を入れてくる。また米国政府の補助金額も日本のものに比較して大きい。
一方日本では、医療系ベンチャーキャピタルは数えるほどにしかなく、スタートアップがこの研究開発という長いトンネルをくぐり抜け終わるまで支える後ろ盾が少ない。
そのため、日本では政府補助金の充実、医療系ベンチャーキャピタルのさらなる参入が必須で、そうして初めてスタートアップが増え、大手企業が手を出せなかった研究開発に活気が生まれる。そして販売のタイミングで大手が買収し、大手の強みであるネットワークとマーケティングで売上を最大化する。このエコシステムを日本でも作り上げたい。
参考文献
1. FDA IMPACT ON U.S. MEDICAL TECHNOLOGY INNOVATION, November 2010.
2. https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryou/downloadfiles/pdf/iryoukikisangyouvision2024/iryoukikisangyouvision2024.pdf