「IDL/R」サウンドデザインの立場から
先日私たちIDL [INFOBAHN DESIGN LAB.](以下、IDL)は、ラジオ局「IDL/R」(アイディーエルアール)を開局した。
今回はこの音声コンテンツで流れるジングルやサウンドロゴの作曲、編集など、サウンド周り全般のデザインを担当する立場から、自身の音の制作プロセスにおける思考を振り返りながら、少しばかり語りを興じてみたいと思う。
技術解説ではないので、もしもその辺に期待を寄せる方がおられたら忍びないが、この世界の片隅で小さな音の現場に携わる一職人のサイドストーリーとして、肴をつまむ感覚で一読頂ければ幸甚である。
方針を定める
なぜ、ラジオの音を担当することになったのか。
最初に少しだけ触れておこうと思うが、元々私はいわゆる音楽に魂を捧げてきたタイプであり、まがりなりにも一時期は音の制作を生業とし、楽器演奏でも小銭を稼いだりといったキャリアを経てきた。今期からはデザインチームに配属ということで、改めて自分がしたいことや出来ることなどを考えた際、長年礎としてきた"音の領域"で何か発展的なことを考えられないだろうかというやや霞がかった構想を描き、じわりと周囲に伝えていたところ、「ラジオをやるので音を作ってほしい」とこの度指名を受ける運びとなったのである。"やりたいことは周囲に話すと良い"という一説を巷で耳にすることがあるが、本当にそうかもしれないと思ったケースである。
さて、浮世の流れとして、こういった企画が持ち上がると突発的に付随する様々なタスクが発生し、限られた時間の中で一定のアウトプットが求められるものだ。
一方で、"音を作る作業"とは、その性質上明確な正解があるものではなく、どこまでも際限なく追求しようと思えば出来てしまう類のものであったりする。
今回、まずは制作における範囲的なイメージを固めるべく、制約条件や自身の能力、いま置かれている状況などを洗い出し、ある程度チャレンジ要素を加味しつつもなんとか実現できそうな落とし所を仮説を立てながらイメージし、それに沿って制作方針を定めるところから始めた。
<今回の制約条件となりうる要素・状況など>
・IDLのラジオ番組で使用する、いい感じのジングルやサウンドロゴ、BGMを作る【お題】
・依頼者の中で音のイメージがある程度明確にあり、それを実現する必要がある【一定品質の要求】
・ラジオ的な音源(トーク・長尺)の編集作業というものはやったことがない【チャレンジ要素】
・やや短納期である【時間的制約】
・実務レベルでの制作ブランクがある【自身の状況】
・数年前Macに乗り換え、制作ソフト一式をMac向けのものに総入れ替えしたものの、スタディが頓挫したまま【ツールの制限】
・ステイホーム期間中である【外的要因による制約】
<仮説立て〜制作方針の検討>
・不慣れなツールを使うことになるので、ループ素材を中心に骨格を組み立ててみる、プリセットの音を躊躇なく使ってみる【品質の担保・効率化】
・唯一まともに弾ける楽器であるギターを使ってみる。【品質の担保・効率化・色を加える】
・一人で完結できる制作スタイルにする【効率化】
・ツールを絞ることで、余計な可能性を模索してしまわないようにする【効率化】
・ついでに、頓挫していた制作ソフトのスタディもこの機会に再開する【学習機会の創出】
・トーク収録にはビデオ会議サービスを使用するため、通信・収録環境は出演者に委ねることになる。それゆえに番組全体の音質面については、ある程度割り切る必要が出てくるものと思われる【深追いはしない】
振り返りながら思ったが、今回の制作においては"効率化"への意識が高かったようだ。
幅と方向を絞る
"IDLのラジオ番組の音"を作る。
なかなか自由度が高いお題だったわけだが、今回は依頼者の中でのイメージが明快で、それに対し自身も共鳴出来たこと。企画会議でメンバーがおもむろに鳴らした参考音源が概ね自分の引き出しの範疇であったことなどもあり、インナーメンバー内で抱く"イメージの幅"のようなものを早期に汲み取り、脳内で音が鳴り始めていたため、落としどころとなるイメージについては、概ね確信を持ったうえで制作に臨むことができた。
自身の中で打ち立てたベースコンセプトは、 "海外ラジオ×ニッポンのFM"といったものだった。
依頼者のイメージとしては後者の印象が強いようであったが、IDLが持つ多様感、関西で言うところの"シュッ"とした部分、またそれでいて茶目っ気のあるイメージ(と思っているが果たして合っているだろうか?)を包括するサウンドとして、海外ラジオ感は押さえるべき要素だと思い、意識したポイントだった。
だが、ここはJAPANである。ニッポンのFMラジオが持つあの雰囲気を多少なりとも醸し出すことが出来れば、広く聴き馴染みが良い仕上りにすることが出来るのではないかと考えた。
そして、ラジオなので何よりも中身の話が主役である。
主役を取り巻く音としては、あまりアーティスティックに主張し過ぎないフラットなイメージかつ、話を引き立てるようなトンマナでありたいものだという思いと、今回は諸々の制約条件・状況ゆえに、あまりディテールを追い込んでいくことまでは叶わないであろうという見立てを足して2で割り、「ぽいよね」とか「あるよね」と言ってもらえそうなわかりやすさにも配慮しようと考えた。
具体に着地させる
元々は固定のジングル、サウンドロゴ2点ほどのオーダーであったと記憶しているが、いくつかバリエーションがある中からの方が相対的に選びやすいのではないかと考えた。また、多様感を出すのであれば、音も毛色の違うものがいくつかあった方がよいのではないかという思いから、あわよくば全て採用される期待も込め、いくつかのジングルやサウンドロゴ、短いBGMが出来上がった。そして、概ね期待通りほぼ全ての音が採用された。
せっかくの機会なので、少しばかり個別に解説してみたいと思う。
※各サウンドは収録音源よりご視聴下さい。
SoundCloud : https://soundcloud.com/infobahndesignlab
Spotify : https://open.spotify.com/show/1PSDwLxWKMX34kwk248Heu
①Design-Dialog ジングル
某メンバーが聴いていそうな音楽とはこんな感じではなかろうか、という勝手な想像から着想を得て一番最初に出来上がった音。諸々プリセット音色を堂々と使用している。クラシカルな管楽器のサンプリングは、演奏家の一面を持つ我がIDLマネージングディレクター井登が吹いているというわけではないが、実際にそういったメンバーもいる集団であるという事実に対する"リンク感"は、素材選びの指針として無意識的に意識していたと思う。
②イントロ/エンディング BGM
番組のイントロ、エンディングで使用しているジャズ調の楽曲。これは完全に弊社クリエイティブフェロー木継の声が乗ってくるイメージで作った。夜のラジオ感。
「IDLが行うワークセッションには即興要素があるから、さながら"ジャズ"のようだね」ということをメンバーの誰かが言っていたこともあり、この曲もそういったことへのリンク感を地味ながら意識していた。当初はピアノトリオっぽい曲が頭の中で鳴っていたのだが、残念ながらそのイメージのままにピアノを弾けるほどの腕前は持ち合わせておらず、トラックとして聴ける状態にするためには地道に打ち込みで再現する必要があったため、今回の制約条件を考慮して脳内でギターモノに作り替え、自ら演奏することにした。
この曲は、最低限雰囲気が成立することに重きを置き、ディテールに凝りすぎないということを最大のポイントにしている。実はベースパートもギターで弾いたものを1オクターブ下げて使っていたりするのだが、"ベースが鳴っている感じ"さえ出せさえすれば、実際にベースを使わなくても雰囲気は成立すると考え、作業効率を優先。中低域が軽く歪み気味なのも自認しているが、ヴィンテージな味わいが出てよいのではないかと前向きに捉え、あえてそのままにした。
③Fireside chat ジングル
海外ラジオ的なイメージをとくに意識して作った音。全体的にノイズが乗った素材をチョイスしており、完全に後付けではあるが、そのジリジリとした焚火のような質感がコンテンツタイトルとのなじみを良くしているように思う。さながら、"焚き火の精"がタイトルコールをしてくれているようだ。個人的に一番気に入っているジングルである。
④Troublemaker Monologue ジングル
この記事が公開されるタイミングでは、恐らく未公開となるジングル。ギターを弾いてすぐに完成した。省エネサウンド。
当初はバリエーション提案向けに用意していたものだったが、晴れて本採用となった。ギター弾きとしてのアイデンティティが、少しは醸し出されているだろうか。
⑤場面転換 SE
エンディングに入る直前やトーク途中で場面を区切るために用意したSE。こちらは作る予定がなかったのだが、急遽リクエストに応え作成した。
最初は時間的に厳しいから出来ないと返していたものの、素材を刻んでコラージュする程度あれば意外と出来るかもしれないという仮説が浮かんだのと同時にプロトタイピングを行い、色々と触っていたら奇跡的にかなりの短時間でアウトプットすることができた。出来栄えとしてもなかなか満足している。頭で描くより先に手を動かすことの重要性について、改めて思い知った。
⑥番組終わりのラジオDJ風ボイス
こちらもリクエストに応え急遽追加で作成した。THEラジオな音。
具体的な指示に対し、なるべく忠実に再現することを目指した。依頼者からも「イメージ通りすぎて悶絶している」という高評価が得られた。
今後、新しい音が追加される可能性はあるが、以上が現時点でIDL/Rに登場する音の全パーツとなる。だが、実はエンディングテーマとして用意していたものが、もう1曲だけ存在していた。
こちらは他の音と異なり、歌モノ的なイメージで作ったインスト曲であったのだが、「トンマナが他のジングルと比べて異質なため、番組を連続で再生した際につながりがスムーズではなくなるのではないか」という天界からの指摘があり、お蔵入りとなった。
この辺はまさに番組全体を通じてのサウンドデザイン領域であり、押さえるべきポイントではあったが、どうやら行き届いていなかったようだ。少し視野が狭くなっていたことに気付かされた。脱帽である。
信じていること
最後に一つ、取り止めのない話をしてみてもよいだろうか。
"音をデザインする"ということは、無限にある選択肢の中から、何らかの制約条件のもとルールを設定し、選択・決定していく行為とも捉えられると考えている。そして、決定していくための拠り所とする選択肢は無数にあるため、何かを頼りに選んでいくことになる。依頼を受けてデザインする場合は、お題を取り巻く背景などから足がかりを探ることも出来るだろうし、趣味趣向や経験・学習による"感"なども大きいと思う。一方で、それとは全く別のところにある"根拠のない自信"というものを、最近様々な局面において信じることにしている。
昭和だか平成の時代、何かの記事で読んだ内容だと記憶しているが、某シンガーソングライターの方が、「ふいに頭に浮かんだメロディ、これがいいのだ」といったことをおっしゃていた。当時は音楽家っぽくて素敵な話だと思い、憧れのような共感を抱き、信じていた。そして、いつからか自身も本格的に音楽に向き合うようになったのだが、あるタイミングからこの話がすごく大雑把で何の裏付けもない、いい加減な内容のように思えるようになり、以来、その感覚を信じることができなくなってしまっていた。
そこから長い時を経て、令和の時代に突入。世の中的にも自分的にも本当に様々な出来事があり、変化・適応していったわけだが、その間どのような状況に置かれていても、癖のように日々何かしらの"アンテナ"だけは張ってきたように思う。そして、アンテナがキャッチした"心に響いたことや小さな気づき、アイデアなど"は、いつか使う時があるのかないのか、よくわからないまま"断片的な点"としてバラバラとevernoteなどに記したり、記さずに記憶の中に刻んだりしてきた。
一体何が言いたいのかというと、こうした時折り何かに記録しておきたいと思った"心に響く断片的な点"は、自分が想像するよりもはるかに長い時間がかかるかもしれないが、実はじわじわと咀嚼されていて、適切なタイミングで必要な形に線で結びつき、ひらめきとなって提案してくれることがあるのではないかと考え始めているのだ。最近になって、そのようにしか思えない出来事が次々と自分の中で起きている。
今回のラジオ制作においても、"ふいに頭に浮かんだメロディ現象"が幾度となく発動していたのだが、その、"ふいに頭に浮かんだもの"を単なる適当な思いつきと捉えず、ある程度精度が高いものとして捉えていた。
恐らく、"根拠のない自信がある状態"というのは、うまく言語化して人に説明できる状態ではないが、自分なりに時間をかけてそのことに対する考えを深めてきた背景があり、それに基づいてある程度の精度で実現できるイメージを感覚的に持てている状態ということではないだろうか。"若い頃によくあるそれ"とは別のものだと考えているのだが、とにかく、この感覚を持てている場合は、概ね問題ない状況なのだろうと判断することにしている。もちろん、この先考えが変わっていくことも大いにありえると思うが、不確かな時代の歩き方として、しばしの間、自身の基本方針となりそうだ。
さて、あなたは最近、何か心に響くものに出会えただろうか。
IDL/R
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