結婚しなくても幸せな時代に、結婚する意味はなんだろう
無邪気に婚姻届を出してから、一年が経った。
この一年間、実際にはいろいろなことがあった。
でも、今こうして思うと、あっという間、の一言しか残らない。
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今から二年前のこと。
妻と恋人同士になった瞬間を、まだ鮮明に覚えている。
「うちと付き合ったらな、なんでも実現してしまうねん」
付き合ったその日、彼女は言った。
「うん、そんな気がする」
僕はそう答えた。
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人はなぜ、結婚するのだろうか。
法律で決められているから?
親を安心させたいから?
愛している人とずっと一緒にいたいから?
僕は、本気で、よく分からない。
長い間、「なんで結婚しなくちゃいけないの?」と、ずっと思っていた。
結婚は、制度上のお話。
一人の人をずっと愛し続ける自信も、覚悟も、全くなかった。
よく分からないけれど、それなのに、僕は結婚をしてしまった。
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何事も「二人」でカウントする生活が始まった。
掃除、散歩、家賃の支払い。
料理、就寝、遠くへの旅行。
何をするにも、二人で行う。
それまで全く他人だった人間が、自分の人生の登場人物に加わった。
それは不思議で、ちょっとこそばゆい体験だった。
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結婚してしばらく経った、ある日のこと。
「あっ」
あるエスカレーターで、学生時代からの友人Kとすれ違った。
上がる僕と、下がる彼。
交差した後、振り返った。
Kもまた、こちらを振り返っていた。
それはまるで、ドラマの一コマのような再会だった。
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Kと僕は、昔からすごく相性があった。
お互いに本の虫で、アカデミックなテーマを議論するのが好きだった。
大学を卒業してからも、たまに連絡を取って飲みに行くような関係だった。
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二人で立ち話をしている中で、僕は打ち明けた。
「…俺さ、結婚したんだよね」
「ええ!マジで!?」
「マジマジ。自分でも驚きだけど」
「おめでとう。いやでも、うわーマジかーショックだなー俊平はずっと仲間だと思ってたのになー」
Kはあからさまに残念そうな声を浮かべた。
「マジかーマジかー」と繰り返しながら、天を仰いでいた。
「てか、なんで結婚したの?俊平は、悪いけど絶対、あんまり早く結婚しない人だと思ってた」
「それなんだよな〜。自分でも分からない」
なんで結婚したのだろう?
僕は改めて自分に問いかけるが、「勢い」以外の回答は出てこない。
するとKが再び、話し出した。
「でもなんとなく、お前が結婚するのは、俺は『わかる』な」
「なんで?」
「最近ある本を読んでたんだけど。その中に、『全てのものが絶えずアップデートされ続ける社会になる』って書いてあって。iPhoneのソフトウェアが勝手にアップデートされるみたいに、全ての物が変化し続けるんだよ。それって、便利だけど、実は社会として考えると、全然落ち着きのない世界になるんじゃないかなって思って。
でも、結婚すれば一応、永遠の愛が手に入るだろ。変化し続ける世界において、不変なものっていうのは、誰もが求めているものだと思う」
「なるほど」
永遠の愛。
そんな言葉は大それているかもしれない。
でも「安心感が欲しかった」といえば、確かにそれは、そうだろうな。
「そういえば俊平は、小説は書かないの?」
「書かないよ。時間、もったいないだろ」
「俺は今年も新人賞に出すぞ」
Kは、一度も読ませてくれたことはなかったが、学生時代からずっと小説を書いているらしかった。
クレバーで、エリート企業に勤めていながら、変な趣味があるもんだな、と思っていた。
「インターネット全盛期の今、小説を書くなんて、最高の逆張りだろ」
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Kの言った通り、それからの僕は、とても安定した。
それは、心の安定だった。
iOSは断続的にアップデートされるし、インターネットには日々膨大な量の情報が生産されていく。
それでも僕の隣には、いつだって変わらない存在がある。
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しばらく、充実した日々を過ごした。
仕事はチャレンジングで刺激的だった。
休日には、妻と二人で家の近くを散歩したり、時々遠くへ旅行にでかけた。
何もかもが順調で、素晴らしい毎日だった。
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でも、心のどこかで、何かが足りないと感じていた。
衣食住、そしてパートナーまで手に入れた上で、僕は何を必要としているんだろう?
不思議だった。
どこまでも欲深い自分が悲しかったし、理解に苦しんだ。
なんで自分はこんなに傲慢なんだろう?
ずっとずっと考えて、それでも、足りないものが何なのか、僕には全然わからなかった。
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ある時、自宅のリビングで、妻が言った。
「俊平はもっと、文章を書いたほうがいいと思う」
それは唐突な主張だった。
「なんで?」
「俊平は、素敵な文章を書くから」
「えっ。俺の文章、全然読んだことないよね?」
その頃の僕は、文章をほとんど全くと言っていいほど、書いていなかった。
「確かに、あんまり読んだことはないけど。でも、わかるんだよ〜。とにかく、書きなよ」
「うーん、忙しいしなぁ」
そこで会話は終わってしまった。
僕は考えた。
文章を書いたほうがいいのだろうか?
本当に、そうなのだろうか?
・・・
それからしばらくして、僕は、小説を書き始めた。
短編ではない。長い小説だった。
自分でも驚いたけれど、それはとても自然な行動だった。
平日の夜中と、休日に、家でポチポチとタイピングをした。
スラスラと書くことができて、1ヶ月あまりでそれは完成した。
「小説(みたいなもの)が書けた」
「読みたい!」
妻にプリントアウトして、それを渡した。
しばらく経って、誤字などに線が引かれて原稿が返ってきた。
「面白かった。また書いてね」
たった一人の読者のために書かれた小説は、決して素晴らしい出来栄えとは言えなかったけれど、僕にある確信をもたらした。
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今、こうして、noteに文章を書いている。
僕は、「文章を書く」ことで、本当の自分になれるのだった。
それは、ずっと昔から気がついていたはずなのに、なぜか長い間、忘れてしまっていた。
僕にそのことを気づかせてくれたのは、紛れもなく妻の一言だった。
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結婚がもたらすものは、確信だ。
隣に誰かがいる、という確信。
人生で何をするべきか、という確信。
自分は生きててもいいのだ、という確信。
そういう確信は、時に、愛と呼ばれる。
そういったものを求めて、僕たちは結婚するのだと思う。
結婚しなくても十分すぎるほど幸せな時代に、人々が結婚する意味というのも、おそらくここにある。
・・・
平成最後の「山の日」は、僕たちの最初の結婚記念日。
この1年間で得たものに対して、もう何の疑いの余地もない。
それは決して目には見えないけれど、とても強くて、偉大な力を持っている。
「ねぇ、この1年、すごく長かったと思わない?私たち、ほかの夫婦の数倍のスピードでいろんなこと経験してるよね」
隣でニコニコ笑う妻を見ながら、僕は感謝の気持ちを噛み締める。
そして、今度は、僕が彼女に、確信を与えてあげないといけないな、と胸に誓った。