象に言及する
象が街を歩いていたら、どうなるだろうか。
それを見た人々は、驚くだろう。
「映画の撮影かな?」
「近くの動物園から逃げ出したのかも」
そんな言葉を口にする。
SNSにアップする人も多いかもしれない。
そのうち騒ぎをマスコミが嗅ぎつけ、象は夜のニュース番組に出ることになる。
そういう風にして、日本中にその話題が知れ渡るかもしれない。
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仕事において、プロジェクトの難易度が高くなるにつれて、タスクの抜け漏れが生じたり、ミスが増えていったりする。
何より一番良くないのは、チームの雰囲気が悪くなることだ。
メンバーのみんな、自分の仕事をこなすことに必死。
不安を抱えたまま作業を続けると、効率が落ち、またミスが増える。
チーム全体が、そういう悪循環に陥る。
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順風満帆に見える米国のスタートアップのAirbnbでも、そのような問題があった。
共同創業者のジョー・ゲビアは、当時、デザイナーのチームを率いていた。
ゲビアはカリスマがあり、完璧主義だった。そのことにより、独裁的なチームになっていった。
そして次第にみな、ゲビアを恐れ、自分の考えていることを発言できなくなった。
ミーティングの雰囲気はいつも重苦しく、チームは崩壊寸前の状態にまで陥っていた。
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「わるい知らせはなにかな?」
ゲビアは、ミーティングの最初にそう尋ねることにした。
それは、メンバーの一人一人が、自分の抱えている悩みを共有する時間だった。
みんなが胸のうちに何を抱えていたのか、明らかになった。
そして徐々に、チームが「何でも言える空気感」を取り戻していった。
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「象、死んだ魚、嘔吐」。
これが、ゲビアの考え出したフォーマットだった。
①「象」は口に出さないけれど全員が知っている真実。
②「死んだ魚」は、早くごめんなさいをしたほうがいい悩みのタネ。ほっておくと事態が悪化する。
③「嘔吐」は、人々が断罪されずに胸の内を話すこと。つまり「ぶっちゃけ」。
毎日のやることが多すぎると、問題や懸念を共有しづらくなる。
だからこそ、あえて、それらを共有する時間を作るのだ。
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「象に言及する」。
それは、目に映っている問題を改めて言語化する、ということ。
それによって、信頼関係は一気に回復する。
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「象・死んだ魚・嘔吐」というフォーマットは、別に違う呼び方であってもよい。
要するに、そういう時間を確保すること自体が大切なのだ。
ほとんどの不安というのは、「全体像が把握できない」ことで生じる。
「あいつのやっている仕事は順調なんだろうか…」
そういった疑心暗鬼が、徐々にチームの雰囲気を暗くしていく。
だから、断罪されることなく、積極的に問題を共有する時間が必要だ。
そして誰かを責めるのではなく、今を少しでもいい状態に持っていくことに、全員でコミットしていくのだ。
そうすることで、チームの雰囲気が格段に良くなっていく。
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このフォーマットは、仕事以外にも応用が効く。
たとえば夫婦とか、パートナーとの間に生じた問題。
・実は言えてない、パートナーの直してほしいポイント
・結婚に関するアレコレ
・やらなければならないけど、全然手をつけられてない役所系タスク
どんなカップルにも、象や死んだ魚が一匹くらいはいるものだ。
相手を責めるのではなく、「今をより良い方向に持っていくこと」に注力すれば、問題解決の速度はぐっと早くなる。
そして何より、チームの雰囲気が改善していくだろう。
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街で象が歩いていたら、それについて積極的に言及してみよう。
もしそこがインドだったなら、誰も気に留めないかもしれないけれど。