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駐在員は“嫁ぎ先”で愚痴を言う タイ🇹🇭

「好きな気持ちばかりじゃ続かないよ。長くいると好きと嫌いが交互にやってくる。それを理解しつつ、良いところを見つけていくのが、その国に長く住むコツだよ」

これはバンコクに赴任してごく初期のころ、タイに25年以上暮らしているという大先輩に賜った言葉である。2月末で赴任から1年が経過し、改めてこの言葉の意味を考えている。

タイの文化を「天・地・人」の3つから考えてみよう。

「天」を天気・天候と考えれば、タイはいつでも暑いけれど長く暮らすには気候が安定しているというのは悪くはない。日本のような四季は日本人として捨てがたいが、ないからといってタイを嫌いになることもない。いつも暖かいというのはたいてい暮らしやすいものだからだ。

「地」は文字通り土地であり、暮らしている場所や地の食べ物と考えよう。道路や舗道はデコボコで渋滞もひどい。時間がなく急いでいるときの渋滞は、遅刻しそうなハラハラドキドキで心が押しつぶされそうになり、前を走る車に激突したくなるような激しいストレスをもたらす。

が、まあ案外と慣れるものである。激しい雨の後、冠水した道路に出くわしても、もはや驚かない。地の食べ物は今のところ、昆虫類の揚げ物・煮物以外はなんでも美味しく食べている。

では「人」はどうか。東京から短期出張でやってきた、ある鉄鋼メーカーの人が言っていた。「中国に行くと駐在員はみんな中国の批判ばかりだけど、タイはまったく逆で、良さをアピールする人が多いですね」

これは同意できる。中国や韓国の街角で頻繁に見かける口角泡を飛ばす激しい口げんか(時にそれが昂じた殴り合い)は、タイではほとんど見ることがない。日本人に好意的な人の割合も、おそらくその2カ国よりは多い。一般にタイ人は優しく、初対面でもニッコリ笑って手を合わせてくる。場の空気も読める。

ただ、タイ暮らしで「なんでそうなる?」と思うことのほとんどは「人」に起因している。「5分後に折り返し電話します」の返事は50分後とか。息子のピアノの調律を頼んだら約束の時間を2時間過ぎても来ず、怒りの電話をしたところ「きょうは雨が降っているので行けません。私いつもバイクなんです」と言われてズッこけたり。

タイ人は案外、素の時は顔が笑っていないことが多く、それが不気味に思える時もある。

報道の仕事でもタイの世の中の仕組みに戸惑うことしきりだ。例えば選挙。選挙管理委員会のルールで言えば、選挙違反があったと見なされても再選挙に出馬可能な「イエローカード」と称する警告制度がある。

「違反じゃないの?」と聞いてみても、逮捕もされず再選挙で見事に当選したりする。これが日本人としては何とも収まりが悪く、気持ちが落ち着かない。

不可解なのが投票日とその前日からの酒類販売の禁止措置だ。「酒を飲むことで冷静な判断ができなくなり、投票に影響を及ぼしかねない」というのが公的な理由らしい。しかし、翌日の投票に響くほどの酔いを法律で抑止するって……。そもそも投票権のない外国人にまで関係があるのだろうか?

結局、文化の違いというのは暮らし慣れた社会常識の違いであり、その差異がストレスの元になる。他家へ入ったお嫁さんのようなもので、良い面も悪い面も、その家=国の常識に浸らないことには見えてこない。

タイに“嫁いで1年”で文句を言うのはおこがましいが、しかし選挙日前日からの酒類販売禁止だけは、日々飲まないでいられない筆者にとって愚痴のタネになっている。

(初出:タイ日本語フリーペーパー「web」巻頭エッセイ『泰国春秋』2008年3月16日号)

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