クール・ラッキーのいる幸せ
いつもユニック(クレーンのこと)を搭載したトラックを運転して、ボノパン(本当はノボパン)を積んで現場へやってくるパン屋(ブレッドじゃない。ノボパン屋をオレたちはこう呼ぶ)の”クール・ラッキー“っていうイカしたヤツがいる。歳は30くらいで背が高く、現場焼けした色黒の顔でニカっと笑うと白い歯が印象的で絵になるやつさ。
その日の現場は、グリルの中かってくらいクソ暑くて、お天道様はピーカンで雲ひとつない。仕事が始まる前からみんな気が滅入っていた。
家の骨組みになる木材を運び込んで組み上げる「上棟」の日で、ちょっと大きな家だったからものすごい量のプレカット材が運ばれてくる。コレを1階、2階、3階、屋根と分けて運び上げなければならない。荷上げ屋の人数はコロンビア人をリーダーに外国人が3人。他には組み上げをする大工が2人だ。この規模にしてはちょいと少ない。
果たして現場は遅々として進まなかった。なにせ量が多い。そして人数が足りない。しかも、猛暑だ。
3人はだんだん口数が減り、やがて押し黙った。手渡しのタイミングがズレて何度も材料を落とした。落ちた材料が下で上げているヤツのヘルメットを直撃した。やがてひとりが「ちょっと休ませてくれ」というと、その場に倒れ込むように座った。3リットル入る水筒の水を頭から被り、横になった。熱中症になりかけている。
ーー無理だ。終わらない。限界だ。
誰もがそう思い始めた。14時にはパン屋のクール・ラッキーがボノパンを積んでやってくるが、上げ切らないプレカット材の山が邪魔してトラックを入れることもできない。いまはもう13時。あと1時間で片付けることは不可能だ。
そこになんとクール・ラッキーが1時間も早くやってきた。トラックを1本先の通りに路駐して、でっかいクーラーボックスを引っ提げていた。
ヤツはニカっと笑って白い歯を見せて言う。
「オイオイ、なにを葬式みてぇなツラしてやってんだよ。まぁ、ちょっと降りてきてコレをくえ。差し入れだ」
ヤツはクーラーボックスを開けた。中には30本くらいのキンキンに冷えたドリンクと、無数の種類のガリガリくんが入っている。
「おら、とりあえずくえくえ」
クール・ラッキーは降りてきた荷上げ屋のひとりひとりに「オマエはどれがいい?」と聞きながら、それを配った。荷上げ屋の3人にはまさに砂漠のオアシス。それぞれ手にとって貪り食った。
「なんだ、なんだ、このデカい現場を3人でやってるのか?相変わらず人足んねぇのか。オマエら外国人に助けてもらってるのに、どうなってんだこの日本は。わかった、オレが手伝ってやる。ソッコーで片付けようぜ」
クール・ラッキーはTシャツ1枚になると警備をしていたオレに「悪いけど、オレのクルマを見ててくれ」と頼み、3人に配置の指示を出し、手慣れた様子で作業に加わった。
クール・ラッキーは、次々と材料の梱包を解いては2階、3階にプレカット材を上げていく。下の上げ係2人と上の受け2人体制でやったいたが、上げてるクール・ラッキーのペースがあまりにも早いので、上の受け手を3人にした。
上げてる間にクール・ラッキーはしゃべるしゃべる。
「カンザス、おまえこの間の彼女どうした?進展してるのか?あ?」
ケニアからやってきたカンザスはたどたどしい日本語で答える。
「まだ、ちょっと。でも、手、つないだ」
「なにー!もう付き合って3ヶ月だろ。3ヶ月もあれば家が建つぞ」クール・ラッキーは突っ込む。
「サントスは?まだ子供できないのか?」サントスは、カリフォルニアからカミさんと日本へ来ている。新婚だ。
「ワタシ、1日たちっぱなしシゴト。帰る、ツカレタネー」
「あ?1日勃ちっぱなしだぁ?思い切り元気じゃねぇか」
「ソレ、イミ違うよ」
全員が爆笑する。
「グレイズは?盆には故郷帰れたのか?」
「ボン?ボン?ボン?」
ケニアに家族を残して来ているグレイズは、盆の意味がわからないようだ。言い方が面白くてみんな笑う。
「盆ってのは日本の言い方で、先週の休みのことだ」
「オオ、カエッタヨー。3年ぶりネ。子供デカくなってた」
なんて会話をしながら作業する。スタッフの生活や境遇にえらく詳しい。クール・ラッキーは、さらにこう続ける。
「じゃ、歌うかー!」
ーー女房のためなら、エンヤコーラ
恋人恋しく、エンヤコーラ
かわいい子供に、エンヤコーラーー
なんと「ヨイトマケの唄」を歌い出す。
前の部分はクール・ラッキーが歌い、エンヤコーラだけみんなで合唱する。
クール・ラッキーは、天才的なムード・メーカーだった。あとで聞いたんだが、彼はこう言っていた。
「後ろ向きな気分になるとさぁ、事故多くなんだよね。雰囲気作りは大事だ」
夜までかかりそうだった現場はクール・ラッキーが運んできたボノパンもおろして16時きっかりに終わった。クール・ラッキーは終わるなり「じゃあまたな」と一言告げてタバコをくわえ、車に乗り込み火をつけると、軽く右手を上げてニカっと白い歯を見せて笑い、クールなウインクを投げてプカーっとタバコの煙を吐きながら消えていった。
ヒュー。なんというかっこよさ。
こういうキザな仕草はホンモノでないとキマらない。クール・ラッキーはホンモノだった。
「もし、コイツにオレの彼女を取られたらモンクもいえないな」とさえ、オレは思った。
クール・ラッキーは、会社じゃ厄介者らしい。勝手なことをするからだ。現場の様子次第で指定時間を無視して届けたり、何かあったら会社が責任を取れないからと禁止されているにもかかわらず現場を手伝ったりするからだ。
でも、ヤツは現場ではみんなに愛されている。
あんたの仕事仲間にもクール・ラッキーがいるかい?
もしいたら、それがどんなにラッキーなことか気付いているだろうか。