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瀬戸忍者捕物帳 3-3
黒田達の手下達がせわしなく烏天狗の捜索に当たっているが、どうやらまだ烏天狗は捕らえられていないようだ。茜は絶対に自分が捕まえてやるという意気込みで夜の街を捜索した。
一緒にいる所を見られたらまずいので皐は茜と少し離れて屋根の上を伝いながら捜索している。同時にもしも烏天狗に出くわした時でも茜の警備に当たれるように常に茜の姿が見える位置にいる。屋根を走る皐自身が黒い忍者装束なので、たまに黒田の手下達に見られ烏天狗と間違われたが、その時はすばやく身を隠してやり過ごした。この男は黒田の手下などに捕まるような玉ではない。
茜は時折出くわす十手を持った黒田の手下達と情報交換をしながら、路地裏や草むら、用水路など、犯人が潜んでいそうな所をくまなく捜索した。
「皐、どう?上からなら何か発見できた?」茜は黒田の手下達が周りにいないのを確認して、屋根の上の皐に声をかけた。
「うーん・・・今の所何とも・・・ん?」
と、皐は茜から見れば屋根の向こう側の狭い裏路地に目を向けた。
「どうしたの?」
「茜さん、ちょっとこっちの方の路地裏に入って来てくてますか?」
皐がそう言った後、屋根から向こう側へと飛び降り、皐の姿は見えなくなった。
「あっ!皐!・・・ちょっとなんなのよもう!」
相変わらず人を振り回す皐の態度に少しイラっとしたが、茜は皐の後を追って裏通りに急いだ。
一方虎吉は賑やかなコンビ・皐と茜が去ったことで一気に静かになった部屋で八重と欣二と一緒に待機した。もちろん虎吉は無口なので、部屋の中央に設置された食卓の側の座布団の上に、無骨な表情でどっしりと座っているだけだった。欣二はというと、やはりどこかそわそわした感じで店のあちらこちらを歩き回り落ち着きがない。八重は虎吉の座る反対側の食卓に座っていたが、もともとおしゃべりなのでこの雰囲気が少し心地悪くなり、虎吉に話しかけた。
「ねえ、あの女同心さん、最近活躍してるんだってね?」
「ああ。」
女が大の苦手な虎吉は、八重と目を合わせず短く答えた。
「ねえねえ、捕り物って実際どうなの?危険なの?あたし同心さんが十手振りかざす姿ってかっこいいと思うんだよねー!」
「ん、ああ・・・そうだな。」
「ねえ、あんた強いの?岡っ引きになるぐらいだからとっても強いんでしょ?」
「・・・さあな。」
八重は内心「会話が盛り上がらねー!」と思ったが、黙ってしまうと烏天狗の恐怖が蘇ってきそうなので、続けて欣二に話しかけた。
「家守さん、あたしら大丈夫なのかな?だって烏天狗ってあの有名な辻斬りだろ?どうしよう・・・またあの長屋の近くに現れたら・・・。」
「そうさなあ・・・まあ・・・大丈夫じゃねえか?」と欣二は何の説得力のない答えを発したが、その後会話が続くことはなく再び物思いに口と閉ざしてしまった。
会話の弾まない二人に挟まれ八重は「なんなのこいつら。」と内心思った。
だが何か喋らないと不安になってしまう八重は再び虎吉にどうでもいい質問を投げかけた。
「ねえねえ、あんた好きな人とかいるの?」
「は・・・はあ!?なんだよそれ?」八重の突拍子な質問に虎吉は顔を赤くした。
「あっ!顔あかくなってる~!いるんだ、好きな人!」
「う、うるせえな!関係ねえだろ。」と返すも、虎吉は自分の雇い主の中島惣衛門の娘・菫(すみれ)の顔を思い浮かべた。虎吉は彼女の溌溂と元気な性格に惹かれていた。
「ねえ、その子と付き合ってるの?」
「そ・・・そんなんじゃねえ!」虎吉の顔がますます赤くなる。
「じゃあ今まで付き合った子はいるの?」
「いねえよ。」
「ふうん、じゃあ童貞なんだ?」
「な!・・・う・・・うるせえな!悪いかよ!?」
「あはは!認めちゃった!顔真っ赤だよ?おもしろーい!」
八重はどうやら詮索が好きな性格らしい。面白いように心の中を読み取れる虎吉に対して、この子は純粋なんだなと心の中で思った。
一連の恋話で盛り上がった八重だが、やはり無口な虎吉とは話が続かず、またしばしの沈黙が訪れていた。しばらく耐えていたが、黙っていると八重はまた心配になって来て虎吉に話を振った。
「ねえ。あんたら本当に大丈夫なのかい?」
「ああ?何がだ?」
「相手はあの烏天狗だろ?」
「そうだ。」
「あたし怖いよ・・・。相手は人を千人も斬ったっていう殺人鬼だろ?ねえ、あんた強いの?」
と、八重は虎吉の腕を握ったが、この行動は虎吉にとってタブーである。
「うわあ!!ちょ・・・触るんじゃねえ!!」
と恥ずかしさのあまりブンっと腕を振って振り払った。
「ちょっ!何するのよ!ってあれ?あんた、何また顔真っ赤になってるのさ!ちょっとふれただけで!」
八重はまた虎吉をからかった。
「う・・・うるさいな!」
プイっと顔を背けた虎吉はいじけてしまった。そんな虎吉をクスクスっと笑いながら見ていたが、今度は相変わらず落ち着きのない欣二の方へ話を振った。
「ねえ欣二さん、あたしあの時、与六さんが言い争ってるのが聞こえたんだけど、あれって烏天狗と話していたのかな?」
八重はそのことがふと疑問だった。
「さ・・・さあな・・・ 。どうだろう。なんでそんなことを気にするんだ?」
欣二は尋ね返した。
「言い争ってるってことは、烏天狗と知り合い・・・面識があったのかなーって思って。」
八重は首をかしげた。
「だっておかしいでしょ?あんなお面被ってたら、今噂の烏天狗だって誰でもわかるじゃない?だったら腰を抜かすか、すぐに逃げると思うんだよ、あたしは!」
と八重は己の推論を披露した。
「どうだかな 。あの時は酩酊していたから分からなかったんじゃねえか?」
と欣二は適当に合わせた。
「いくらお酒を飲んでるとはいえ、烏天狗ぐらい分かるでしょう!」
八重は欣二の考えに異論を唱えた。何やら推理大会のようになってきた。虎吉はふうっとため息まじりにその様子を見ていたが、おしゃべりしている時の八重は生き生きとしている。
「ねえ欣二さん!もしかして与六さんと烏天狗が友達だったっていう線は無い?」
「友達だあ?」
「そうだよ!あの時与六さんは友達の烏天狗とおしゃべりしていたんだ!そしたら途中から喧嘩になって烏天狗は与六さんを殺しちゃったんだ!ねえ!あんた、どう思う?」
と、八重は今度は虎吉の方に意見を求めてきた。女の妄想に付き合ってられないという風に、「知らねえよ。」と頭をポリポリ掻きながらいう虎吉に、八重から、
「面白く無い男だねえ!」と言われた。
「ははは!おもしれえことを言うな!だがな八重ちゃん!あんな奴に友達なんか居ねえよ!」
と欣二は笑いながら自分の腿をパチンパチンと叩き、八重の推理を否定した。
「酒を飲んでばかりのロクでもねえ男だぜ?あんな奴に友達なんかいねえさ!まあこんなこというのも何だがよ、あいつは殺されたって仕方ねえ奴さ。ロクに仕事もしねえで酒ばかり飲んでたからな。家賃もロクに払えねえ。だから烏天狗に脇差しで後ろから刺されるんだ!」
と欣二は大笑いをした。さすがに無茶な推理だったか、と八重も一緒になって笑ったが、しばらくするとその笑顔はだんだん引きつったものに変わっていき、やがて八重の顔からは笑みが消えてしまった。いや、それどころか、八重の表情は次第に恐怖に包まれていくようにも見えた。その様子を見ていたが虎吉は何とも不思議な気分になった。
「どうしたんだ?気分でも悪いのか?」
と虎吉は声をかけたが、そんな虎吉の手を八重は突如ぎゅっと握った。
「ちょっ!だから触るなって・・・」
言いかけた虎吉だが、八重の様子があまりにもおかしいので言葉を止めた。
「大丈夫か八重さん?」
八重の表情は相変わらず強張っていた。
一方、皐の方はというと、裏路地の草むらに隠れる怪しげな一人の青年を見つけた。
皐の方からは草むらから青年の背中とお尻の部分だけが見えており、小刻みに震えていることから、何かに怯えている様子が見て取れた。
表通りから建物の間を抜け、皐に合流した茜はアイコンタクトを交わすと、ゆっくりと気づかれないように近づき隠れている青年に声をかけた。
「どうしました?こんな所で?」
皐が穏やかな声で問いかけるとその青年はビクリと体を震わせ、ゆっくりと恐る恐るこちらを振り向いた。
「え?あなたたちは?」と青年は聞き返したが、その表情は恐怖に引きつっていた。もしも彼が黒田の手下であれば、十手を持っているはずだ。だが彼は十手を持っていなかった。
「あんた十手持ってないね。黒田さんの手下ではないわね?こんな事で何してるの?」
茜の問いに慌てふためいた様子の青年は、
「え・・・あ・・・ちょっと気分が悪くなっちゃって・・・」
と目を泳がせて答えた。
「危ないよ、烏天狗がこの街をうろついてるらしいからね。」
と皐が言うと青年は、
「あ・・・か・・・烏天狗・・・そういえば向こうの方で見ました、あ・・・怪しい奴・・・。」
と、取ってつけたような返事をした。
「本当ですかあ?今同心達がくまなく探していても見つからないのに。本当に見たんですかあ?」
と皐は疑った。青年は見るからに焦りだし、目を地面に落とした。
「逆にあんたが怪しいわね・・・あんた、名前は?」
「・・・亀松(かめまつ)です。」
「亀松くん。ここで何してるの?」
茜は語調を強くし亀松という青年に問い詰めたが、亀松は黙ったまま話さない。
「本当のことを言いなさい!」
と茜は更に強い口調で問い詰めた。元々男勝りな性格なので言い方が普段からきついが、彼女が語気を強めると迫力が二倍にも三倍にもなる。将来は鬼嫁になること確実であろう。
「俺は・・・何もしてねえ・・・」
と青年は消え入りそうな声でいったが、その言葉には何の説得力もない。明らかにこの男は何か隠しているような素振りだった。
「君が烏天狗ですか?」
唐突に聞いて皐は揺さぶりをかけて見たが、烏天狗というワードを聞いた途端、亀松は動揺し始めた。
「ますます怪しい。」茜の目つきが変わった。茜は亀松の襟元を掴み、無理矢理立たせ、鬼の様な形相で問い詰めた。
「あんたが烏天狗?どうなの?はっきりしなさい!」
茜は鬼嫁になるに違いない。茜の顔を見た亀松は今にも泣きじゃくってしまいそうな顔つきになった。
こんな気弱そうに見える青年が本当に烏天狗なのだろうか?こんな弱そうな奴が自分の父を殺したのであろうか?茜は信じられなかったが、まだこの亀松自身の口から真実を聞くまでは、全ての可能性を視野に入れておかねばなるまい。茜はそう思った。
「茜さんを怒らせると怖いですよ〜。隠してることを早く言ったほうが身のためですよ。」
皐の言葉に亀松はしきりに目を左右に踊らせ、だがそれでも口を開かなかった。正直に話すべきなのか、そうでないのか、その様な心の葛藤が見て取れた。
そんな亀松の様子を見かねて、皐は助け舟を出した。
「安心しなよ。僕は君が烏天狗だとは思ってないからさ。君はどう見ても人を殺せるような度胸を持った人間じゃない。でも何かを隠しているね?」
「ちょっとどっちなのよ皐?この子は烏天狗じゃないの?」茜は混乱した。
「直接その子に聞いた方がいいんじゃないですか?」
茜は亀松に向き直り、改めて強い口調で問いつめた。
「亀松!正直に話しなさい!」
茜の言葉に観念した様子で話し始めた。
「俺は・・・ただ・・・言われただけだ。・・・あの人の指示でやっただけなんだ。」
「やったって・・・あんたがやっぱり与六さんを殺したの?」
「ち・・・違う・・・やったのは・・・あの人だ!」
「どういうこと?あの人って誰?」
と茜が問い詰めたが、ここへ来てまた青年は口をモゴモゴさせて答えに渋った。
「言った方が楽になりますよ。」皐はニッコリと笑いかけた。
「亀松!隠していること全てさらけ出せば、あんたの罪・・・場合によっちゃ軽くなる様に取り計らってあげてもいいわよ。」
茜は取引を持ちかけ、亀松に自白を促した。
その茜の言葉には「本当ですか?」と何回も確認した亀松はようやく口を割る覚悟ができた様だ。
「俺は言われるがまま・・・烏天狗のふりをしたなんです!無理矢理烏天狗の衣装を着せられて・・・い・・・衣装と脇差しは途中で捨ててきました・・・。」
「だから誰の命令でやったのかと聞いているのよ!」
「俺は欣二さんの飲食店で働いているんだ!俺は全ての事を旦那様の指示でやらされただけなんだ!」
目から涙がこみ上げ、亀松は半泣き状態で言った。
茜は思わず皐と顔を見合わせた。
「ということは・・・あの店の主人が烏天狗・・・?ちょっとまって!それじゃあ、あの店全体で共謀してたって事!?」
茜は驚いたが、それよりも一人あの店に残して来た、虎吉の身を案じた。
「皐!虎が危ないわ!」
と皐に言ったが、皐は特に焦った様子はなく、相変わらずヘラヘラした表情で余裕を見せていた。
「ちょっと皐!分かってるの?烏天狗があの店にいるのよ!?」
「ふふふっ、虎くんなら大丈夫だと思いますよ。なぜならあの店主さんも烏天狗ではないからです!」
「え?」茜はますます混乱した。
「一応僕は先に店に戻ります。茜さんは亀松くんをよろしくお願いします!黒田さんの手下さん達にも報告よろしくお願いします。」
皐はそう言うと颯爽とその場を後にし、屋根を伝って店の方へ戻っていった。
「あっ!ちょっと!」混乱したまま置き去りにされた茜は、舌打ちをしながら亀松を縛り上げ、近くにいた黒田の手下の岡っ引き達に亀松の身柄を引き渡した。