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アウェイになる

去年の末頃、急遽サッカー好きの友人に、プロサッカーのスタジアム観戦に誘われた。
私はワールドカップしか見てきていないレベルの知識のため、スタジアムに足を運んでプロの試合を見に行ったことなどはもちろんなかった。
その試合は、友人の推しているチームがリーグで勝ち上がってきての決勝戦という特別な試合だと言う。

そんな回に素人の私が同行して良いのだろうか?と遠慮をしていたのだが、せっかく誘ってくれたのだからと連れて行ってもらうことにした。

数日して、友人から今回取れた席について補足説明が送られてきた。
サッカー観戦というのは応援するチームによって席のエリアがざっくり半分に分かれている。だが、今回取れた席は友人の推しているチームサイドではない相手チーム側の応援席で、しかも中心エリア、いわゆるドがつくほど「アウェイ」な席だと言うのである。

いわばスパイのように観戦をしなければならない。
決勝戦ともあれば倍率が高く、取れた席が仕方なくそこしかなかったらしい。

当日、友人は周囲に相手チームのサポーターと思われる要素(マイユニフォーム、グッズ、自分の推しチームを応援する行為全般)を封印しなければならなかった。一方私は、何も分からないなりにも、一応友人の好きなチームを心では応援しつつ、周りの観客からは同士だと思われているという、複雑な試合観戦となったのだ。

そもそもスタジアム観戦自体アウェイなのに、さらにアウェイが乗っかってきた。

せっかくの決勝戦を絶対にホーム側で見たかったであろう友人には申し訳ないが、実はこの状況が私にはとても面白かった。

もちろん試合自体も楽しめたのだが、それ以上に周囲の人とは反対の想いを心に宿したまま、サポーター同士の会話やリアクション、得点が動いたとき、ハーフタイムの過ごし方、などの反応を観察できるアウェイという立場にお得感を感じた。

この時、私はそもそもアウェイというものが好きなのかもしれないと、自分自身のことを振り返った。

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小6で最後に引っ越しをして知り合いが0人の中学校に入学した時、高校で運動部から美大予備校に通い出した時、予備校のクラスは男は1人で周りはほぼ美術部だった時、美大に入学はしたが新設学科でキャンパスが独立していて先輩とも他学科とも交流がなく学科自体アウェイだったこと、新卒の事業会社でデザイナーが自分だけだった時期。日本から飛び出てはいないものの、小さな属性のアウェイは繰り返してきていた。

苦労した思い出も少なくないが、1人「場違い」という環境は、いいと思うことが2つある。1つは、単純に自分と異なった価値観が所属するだけで増えて知的好奇心が満たされること。もう1つは、同時に自分が今持っている属性やカードを客観的に見て、この瞬間この場所での自分だけのアイデンティティは何か?強みになるのはどんな自分か?について、考える機会になることだ。

そういった経験からか、私は「なんで自分がここにいるの?」という状況を好んで、意識的に飛び込んでいることもある。

さらに、普段の慣れたコミュニティとの会話だとしても「頭の中だけアウェイな自分にする」ということをしていることに気づいた。
いくつかある自分の属性の中で、この環境に一番アウェイな自分を身体に宿すことで全く異なる視点の感想が湧いてくる。デザイナーと話す時、エンジニアやBiz系の人と働いていた時の自分をあえて宿したり、真面目で固い会話の時にギャルの同級生と遊んでいる時の自分を宿したり、天邪鬼のようだが、同じ場所でもいろんな自分で新鮮に感想を抱けるようにすることで思考が凝り固まらないような気がするし、それがその場では唯一無二の強力なアイデンティティになったりする。

これを続けるためには多様な属性の自分を持っておく必要がある。
いろんなシーンでアウェイになれるために、いろんなアウェイに飛び込んで自分の属性を増やしていくことをこれからも意識していきたいと思った。

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試合は、友人が応援していたチームが2-0で勝利し、見事その大会で優勝を果たした。私たちは喜びを体で表現することはできず、ジッと座ってフィールドを見つめていたが、マスクの中のはみ出ない範囲でニコニコしていた。

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