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味覚少年テベロ 【第二話】 『うすしお味の涙』

僕たちのクラスに突如、帰国子女の転校生がやってきた。
彼の名前は "甘蔵 飴太郎"。前の学校ではキャンディーと呼ばれていたらしい。

僕と飴太郎君には面白い共通点がある。それはお互いの名前だ。

向こうは甘蔵 飴太郎で、対する僕は美味志河 テベロ。
「飴」「ベロ」だなんて、奇跡の組み合わせじゃないか。

まあさすがに僕みたいに、飴太郎くんの体も飴でできているなんてことはないと思うけど。

さて、二話から読み始めた人のために、ちょっとここでおさらいをするよ!

「読者の皆んなはもう知ってると思うけど、この話の主人公である僕(美味志河 テベロ)の手は、実はベロでできている!これは比喩でも何でもなく、本当に両手がベロでできているということだ」

「僕は生まれた時から、身の周りにあるものに触れただけで、そのものの味を瞬時に当てる能力を兼ね備えていた(ポップ調になった黒板をバックに、カクカクした動きで3種類のポーズを繰り返しながら、これまでの流れを振り返るテベロ)

「母さん曰く、これもある種の超能力らしいのだけど、この能力が日常生活で役に立ったことは1度もない。むしろ、四六時中味が気になって生活に支障をきたすレベルなので、僕はいつも手に軍手をはめて、この能力を封印しながら生活しているのだ」


転校生の飴太郎君にこの秘密がバレたら、きっと気まずくなるだろう。

だって彼、前の学校でのあだ名はキャンディーだったらしいじゃないか。
絶対ボディタッチしたときとか、変な感じになる。

とは言っても、秘密がバレなければ何も問題はない。

飴太郎君はちょっとミステリアスな所もあるけど、きっと悪い人ではないはずだし…!そう自分に言い聞かせた僕は、隣の席にやってきた飴太郎君を、必死の笑顔で向かい入れた。

「まだこの国にも慣れてないと思うし、分からないことがあったら何でも聞いてね、飴太郎君!」

「ありがとう。それじゃあテベロ君、さっそく1つ質問してもいいかな?」

「もちろん、何でも聞いてよ!」

「君はいつも、その軍手をはめて生活しているのかい?」


転校早々、僕の軍手に突っ込んでくる飴太郎君。

そりゃあ学校で軍手をはめてる人は珍しいかもしれないけど、出会ってまだ1分も経ってないのに、人のプライベートな部分にいきなり踏み込みすぎだろ。(帰国子女恐るべし)

とりあえずこの話題は軽く交わすことにしよう。

「え、ああこの軍手? そうだよ、僕軍手をはめるのが大好きなんだ!だってさ、皆んな靴下は履いてるのに、手はむき出しってよく考えたらアンバランスだろ…?」

「人類はさ、手だって大事に布で覆い隠すべきだと思うんだ。ハ…ハハ」

口から出まかせを言って、なんとか話題を変えようと試みる。

「そんなことより、飴太郎君って前の学校ではキャンディーって呼ばれてたんだってね。それじゃあ僕も、今日からキャンディーって呼んでも…」

「じゃあもう一つだけ質問」

僕の見事な切り返しを無視して、力技で質問を続ける飴太郎君。

「テベロ君はさ、チョークって舐めたことあるかい?」


「・・・え」

何だろう。さっきから飴太郎君の質問に感じる、この違和感は。

何てことない会話に見せかけて、僕の秘密を探ろうとしている。
そんな気がして、どうにも落ち着かない。


「チョークにもね、実はちゃんと味が付いているんだよ」

「さっき自己紹介で黒板に名前を書いている時についちゃってね」

手に付いたかすかなチョークの粉末をこちらに見せながら、話を続ける飴太郎君。

「石灰が固まったあの粉っぽい独特の食感。あれが僕はどうにも苦手でね」

「テベロ君も一度、確かめてみるといいよ」

僕の中の飴太郎君に対する警戒心が、少しずつ高まっていく。

「皆んな、味について盲目的になりすぎているとは思わないかい?」

「味は食べ物だけについている訳じゃない。机や消しゴム、ロッカーにも。全てのものには、そのもの特有の味が付いているのに、いつしか皆んな、そのことを忘れてしまった」

「君がはめているその軍手だって、舐めればちゃんと味がするのにね」

僕は怖くなった。

甘蔵 飴太郎は確実に、僕に伝えようとしている。「お前の秘密は既に知っているぞ」というメッセージを。

そして同時に、彼が敵であることを僕は直感的に悟った。


キーンコーンカーンコーン

「テベロ君、帰ろ!」

終業のチャイムが鳴り、帰宅の準備をする僕の所へ、幼馴染のムミちゃんがやってきた。
「あ、ムミちゃん。今日は部活ないんだ」

「もうすぐ中間テストだから、今は休止中なの」

そんな話をしながら教室を出て、僕とムミちゃんは階段を降りて行く。

その一部始終を、甘蔵 飴太郎が、ずっと目で追っているような気がしたのは、ただの気のせいだろうか。


「テベロ君どしたの、さっきから考え事してる?」

「あ、ごめん。ちょっと、今日来た転校生のことを考えてて」

帰宅中も僕は、甘蔵 飴太郎が発した、いくつもの発言の真意について考え込んでいた。

「テベロ君、私あの転校生の子、ちょっと苦手かも」

「え?」

そう言うとムミちゃんは、話題をかき消すかのように僕の軍手を掴みながら、近くの公園へと引っ張って行く。

「ムミちゃん、転校生の子が苦手って、飴太郎君と何かあったの?」

「別に、そんなことよりブランコあるよ、少し乗って遊ばない?」

ムミちゃんが何かを隠していることはすぐに分かった。そして、僕の心のモヤモヤは、どんどん大きくなっていく。

「ごめん、今日は僕、ブランコは遠慮しておくよ」

「何で? ブランコ苦手?」

「まあ苦手っちゃ苦手かな、金具の部分とかめっちゃ苦いし…」

「苦い?」

しまった!考え事のせいで、つい失言をしてしまった。
どうしよう、早く今のブランコ苦い発言を誤魔化さなくては…!

「ああ、えーと、ブランコに苦い思い出があって、その、昔落ちて怪我しちゃったことがあったりして…」

必死で言い訳を並べ立てながら、ふと、ムミちゃんに本当のことを言ったらどうなるのだろうという浅はかな思いがよぎる。

僕の手がベロでできていることを打ち明けたら、ムミちゃんは僕を嫌いになってしまうだろうか。いや、きっと今まで通り、表面的には普通に接し続けてくれるだろう。

でも、心の距離は前よりも、ずっと離れてしまうような気がする。


「いや、今のは嘘」
「実は僕、ブランコの金具の部分を持った時の味が苦くて、昔からずっと苦手だったんだ」

「…?」

もう歯止めが効かない。僕は確かめたくなってしまった。ムミちゃんが、ありのままの僕を知ったら、どう思うのかについて。

「実はね、僕の手は、ね…」

「全部、ベロでできてるんだっ!」

両手の軍手を外し、ありのままの自分の手をムミちゃんに差し出した。

「て、て、 テベロ君…」

打ち明けてしまった。
やっぱり引いちゃうよな、こんなこと知ったら。

「ムミちゃんのこと、皆んなはルリちゃんって呼ぶのに、僕だけずっとムミちゃんて呼んでるの、変だと思ったことはない?」

「それには実は理由があるんだ。その理由っていうのはね」
「昔、ムミちゃんと一度だけ握手をしたときに、全然味がしなかったからなんだ!」

困惑するムミちゃん。

「あのとき触れたムミちゃんの手は、本当に本当に無味だったから!」
「だから僕は、ムミちゃんのことを、ムミ(無味)ちゃんって呼んでるんだよ…!」

完全に思考停止するムミちゃん。

「ごめん、急に変なこと口走っちゃって。もう、ムミちゃんには、迷惑かけないようにするから…」

終わった。

僕たちの関係は、これで完全にリセットされてしまったんだ。
いや、出会う前よりも、悪い関係になってしまったのかもしれない。


「何それ、意味わかんない」

予想外の反応に、僕はなんて言い返せばいいのか分からなくなった。

「私たち小さい時からずっと一緒だったよね? 私、テベロ君がいっつも軍手をはめてたこととか、変だなんて思ったこと一回もないよ!」

たじろぐ僕の手を、そっと包み込んでくれるムミちゃん。

「きゃあ、こんなにヌルッとしてたっけ!?」

僕の手を久しぶりに握ったムミちゃんは、驚いた勢いで 1m くらい後ろに後退した。

「ち、違うの、思ってたよりヌルヌルしててビックリしちゃっただけなの…」

ちょっと気まずい感じになる僕とムミちゃん。

少し間を置いてから、彼女は再び僕に語り出した。

「手がベロでできてるとか、そんなの関係ないよ」

「テベロ君はテベロ君だから!」


身体中の力が抜けた。

「ハ、ハハ。僕の手って、本当にヌルヌルだよね…笑」

ポロポロこぼれ落ちる涙を拭いながら、ムミちゃんに笑顔でそう答える僕。

子どもの頃からの付き合いだったけど、今日この瞬間、僕とムミちゃんの関係は、今まで以上に大きく前進したように感じる。


涙を拭った僕の手は、まるで、うすしお味のポテチを食べた後のように、優しいしょっぱさに味付けされていた。


〜第3話はこちら〜

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