見出し画像

IPOに関する疑問:IPOすると生活は豊かになるのか?


IPOすると生活は豊かになるのか?

私が複数回IPOを経験していることもあり、この質問はよく受けます。
先に正解を言ってしまうと「人による」です。

まず、IPOにより大きな金銭を得るには、なるべく安い価格で株式を取得し、上場後になるべく高値で売却する必要があります。
会社が設立されたときに株式を持つ創業者などの株主、早いシリーズで出資をする投資家などはそのよい事例です。

大株主による株式の売却は、制約も多いので注意が必要です。
ただ、それまで貯金も0円だったような若者が自分の会社が上場したことで億万長者になったり、その会社の創業メンバーも自社の株式で数億円分の株式を保有することになる、というのを身近で見てきました。

では、これが社長や創業メンバーなどではなく、その会社に勤める普通の従業員の生活が豊かになるのかというと、これは少々難しいです。
なぜならほとんどの従業員の方は、売却して利益を得るための「株式」を所有していないからです。

会社にとって、株式は会社の経営権です。
従業員の皆さんに広く厚く渡してしまうと管理が難しくなります。
また、従業員の方の多くは、残念ながら会社の意向に反して辞めてしまう方が多かったり、得た株式を自分の好きなタイミングで売却してしまいます。
辞めてしまう、すぐに売却してしまうかもしれない方たちに貴重な株式を付与するという、究極の見極めがIPO前の資本政策では発生します。


IPOマネーの闇

よくストックオプションの行使期間を迎えた時に株式とし、そのまま退職してしまう古参社員の方を多く見かけます。
「金の切れ目が縁の切れ目」というのも毎回感じる切ない瞬間です。

私も退職・転職しているので人のことは言えませんが、頂いた株式等は在任中は会社の意向に沿って保有しますが、やはり退任後 一定期間経過後に売却をしていきます。

こうした得たお金を派手に使う方の話を皆さんは聞くので、「IPOは儲かる」という都市伝説が生まれることになります。

ただ、これにはIPOマネーの闇深いところもあります。
例えば会社がIPOしたことにより得たお金は"あぶく銭"のようなものなのですぐになくなり、以前よりもお金に困る方をよくみかけます。

これは単純な話で、お金は使えばなくなります。
ただ、一度上げてしまった生活水準を下げるのに苦労をし、金銭感覚が戻るころにはIPOで得たお金は尽き、従来の給与等で暮らす生活に戻ったときに虚無感を味わうようです。

個人的な見解ですが、数千万円前後の利益を得た方にこの傾向が多い気がします。
IPOマネーは悪いお金ではありませんが「悪銭身につかず」です。


IPOで得られる"利益"とは?

では、実際にどれぐらいの利益を得るものでしょうか。

これについては相場観ではないですが、目安となる格言(?)があります。
それは「IPOをした際には、幹部社員は家が買えるぐらい、主要な社員は車が買えるぐらい、一般社員は高いバッグが買えるぐらい」というものです。

家も車もバッグも金額は異なるのであくまで目安ですがそれそれ数千万円、数百万円、数十万円、というイメージではないでしょうか。

これはもちろん勤務先がIPOしたからこそ得られるものであり、得られた人はみな金額に関係なく嬉しいと思います。
ただ、この金額は本当に「生活は豊かにする金額」なのでしょうか。

あなたが幹部社員であり得られる金額が大きければ答えは「YES」だと思います。

ただし、会社を構成するほとんどの従業員は"一般社員"に区分されるはずです。
給与以外に数十万円の利益を得て、それで「生活が豊かになった」という方はあまりいないと思います。

また、企業は上場したからといって、従業員の給与を上げることはありません。
臨時ボーナスを出す会社も昔はあったようですが、最近はあまり聞きません。

私が思う「IPOで得られるメリット」は、金銭面以外のものが大きいと思います。

たとえば、住宅ローンなど金額が大きくかつ長期のローンは、有利になると言われています。これは個人の信用度として「財務状況が開示され社会的に認められた上場企業で、雇用関係によって保障された従業員」が一番高いからです。
残念ながら取締役は実態はともかく任期があるので、金融機関的には「不安定な身分」となります・・。

他には、親戚や友達にも少し自慢できるかもしれません。
2023年12月末時点で上場企業は3,934社もあるのでそれが自慢になるかはわかりませんが。


IPOが従業員に与える影響

上場日は当然お祝いムードですが、翌日からはに良くも悪くも日常が戻ってきます。
会社が上場したからといって売上は倍にはなりませんし、仕事量も変わりません。

大きな違いは、自分の会社が株価や時価総額といった評価で日々見られることです。
SNSや掲示板の投稿なども見てしまうと気分が滅入ってしまうこともあるでしょう。

ただし、自社の株価対策を考えるのは経営陣やIR担当であり、従業員の皆さんは自身の担当業務に注力することが大切です。
取引先や友達から株価や開示資料をイジられることはあると思いますが大変なのはその程度です。

このようにIPOをしても、多くの従業員の生活は驚くほど変わりません。
よく「上場したら全て良くなるんですよね?」「上場するまでがんばろうと思います!」という方から相談を受けますが、私がお伝えするのは「あまり変わりませんよ」ということだけです。

変わることがあるとすると、IPOをした会社のほとんどは取引先が増え、販路も拡充するので仕事が楽しくなります。
楽しくなると共に、少しづつ難易度も上がるので、働いている方たちは自然とレベルアップしていきます。

人は環境が変わると大きく成長することがあります。
会社がIPOしたことにより環境が変わり、成長したことによって給与が上がる、ということは多いです。
ただ、これはIPOがその人を豊かにしたのではなく、環境が変わったことをチャンスとして捉え、成長したことに対する対価だと思います。

会社にとって従業員の皆さんは苦楽を共にする仲間であり、一定の利潤も得てもらいたいと思うものです。
そこで会社は各種ストックオプションの付与や従業員持株会といった方法で皆さんに株式を保有してもらいます。

最近は様々な形のストックオプションがありますが、税制適格のプレーンなストックオプションであれば付与から2年は勤務して頂かなければ行使できないものが多いので、最低2年は会社に残ってもらえるという見込みが立てられます。

どのストックオプションがいいか、どれぐらいの比率を付与すべきかは経営者の意思や意図があるとおもうので正解はありません。
ただ、株式は売却すれば減り、ストックオプション等が顕在化すれば自身の持株比率は希薄化します。

「株式保有比率=会社の経営権」であり増やす方法がほとんどない中、多くの経営者の方たちがどのように従業員の幸せと自身の経営権を維持するかで悩んでいるのを見てきました。

そのような試行錯誤の結果、生株(株式)、ストックオプション、従業員持株会等を通じて取得する株式は、上場後には売却が可能になり、インサイダーフリーとなる期間であれば売却することでそれなりの金額を得ることができます。

この記事が気になった方も、周りにIPO前から勤務し、勤務先がIPOしたことで株式を売却して利益を得た方を見ているからだと思います。

しかし、その方たちは本当に「IPOで豊かになった」のでしょうか。
私は違うと思います。

売却には諸条件がありますが、株式をたくさんもつ株主である従業員たちはそれなりの財産を築けたかもしれませんが、それはすべての従業員の中の僅かな方たちです。

なぜなら株式等は、全従業員に平等かつ大量に付与されていないからです。
多くの方は僅かな株式を所有し、それを売却して多少の利益は得られると思います。

ただし、それで終了です。
売ってしまった株式は、買い戻さない限り減る一方です。
売却し、0(ゼロ)になったら終わりです。

たまには贅沢をするのはいいと思います。
ただし、それが習慣化し、上がってしまった生活水準に慣れてしまった後は大変です。
自身のストック型の収入と、フロー型の収入を把握することは、企業としても、個人としてもとても重要です。
得たお金は大切に使ってください。


IPOを担当する方へ

最後に、私と同じようにIPOを担当する方に対しては別のメッセージがあります。

IPOは、毎年100社前後の企業しかできず、その業務に携わった経験がある方はその担当業務や裁量によって市場価値が変わります。

IPO準備は、管理部門の主要な業務(例えば「企業会計」、「企業法務」、「内部監査」、「経営管理」、「ファイナンス」)を全般的に担当することができ、業務を通じて多面的にスキルアップすることができます。

IPO準備は、管理部門の"総合格闘技"です。
ここで身に付けたスキルや経験は、そのままIPO後もその企業で伸ばして昇進・昇給するもよし、評価してもらえる他社で再度 IPOに挑戦するなどして練度を高めることも面白いと思います。

その選択肢を得るためにも、まずはしっかりと目の前の業務をこなし、成果を出すことが金銭面だけでなく、自身のキャリアアップにも繋がるはずです。
大変なことも多いとは思いますが是非がんばってください。

少し嫌な話をすると、IPOを達成したから、上場後はIRを担当したから、CFOになったからといって毎月得る給与はそれほど大きく変わらないと思います。

私がIPO準備で得られるのは、金銭的な報酬ではなく、知識や経験といった非金銭的な報酬が大きいと思います。

IPO準備を通じて、管理部門の主要な業務はもちろん、自社についても相当詳しくなっているはずです。
この「自社について詳しい」は、市場でもオンリーワンのスキルであり、上場後はIRやマネジメントなどで活かせる"武器"になります。

IPO準備は大変ですが、それは「将来報われる苦労」です。
仮にIPOができなかったとしても、これらの業務に携わることは自身のレベルアップはもちろん、次のキャリアに繋がります。

「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる。」
これは私が好きな言葉で、『はじめの一歩』というボクシング漫画で、主人公が所属するジムの会長の言葉です。

成功の定義は人それぞれだと思います。
ただし、努力をしないことにはそもそも成功はありません。
私もまだまだですが、一緒にがんばりましょう。

いいなと思ったら応援しよう!

伊藤 修次郎(Shujiro Ito)
よろしければサポートをお願い致します。 頂いたサポートで、リアルの交流会などイベント費用に使わせて頂きます!