漫画家にとってのインボイス制度とは?
2023年10月1日からインボイス制度が始まります。
インボイス = 適格請求書。
適格請求書を発行できるのは、「適格請求書発行事業者」に限られ、この「適格請求書発行事業者」になるためには、納税地を所轄する税務署に登録申請書を提出し、登録を受ける必要があります。
「よく分からん」という方は、国税庁のインボイス特集ページをご確認ください。
さて、ここではインボイス制度の影響について、漫画家に限定してお話しします。
まず、漫画家の中には「インボイスが問題になってるのは何となく知ってるけど、何が問題なのかよく分らない。原稿描くので忙しいし」という方が結構多いのではないでしょうか?
分かっても分らなくても、全員に関係があるのがインボイス。
ざっくりまとめます。
これまで年収1000万円以下の漫画家は消費税の納付を免除されていました。
インボイス制度開始後、年収1000万円以下の漫画家は引き続き免税事業者でいることができます。
その場合、消費税は原稿料や印税を支払う立場の出版社などが納付することになります。
一方、年収1000万円以下の漫画家は、課税事業者に登録することもできます。
その場合、出版社などから受け取った原稿料から自分で消費税を納めなければいけません。
制度開始後6年間は経過措置があります。
最初の3年間は消費税を本来10%納付すべきところを2%納めれば良いそうです。
続く3年間は5%納めれば良いとのこと。
基本ルールはこんな感じです。
例えば年収500万円の漫画家の場合、総収入額から税金や社会保険料、諸経費を引いた手取りは250万円前後でしょうか。
月額の手取りは20万円前後となりますので、それほど裕福とは言えません。
割とギリギリです。
もしも、課税事業者に登録すれば、2% = 年間約9万円の消費税を納めなくてはいけません。
年間250万円の手取りから、さらに9万円を納付しなければならないのはちょっと辛い。
では、免税事業者のままでいるとどうなるでしょうか?
漫画家は9万円の消費税は支払わなくても良いことになります。
その代わりに9万円は出版社が納付することになります。
出版社は原稿料を支払った上に、それまでは納付する必要がなかった消費税を納付しなければならなくなるのです。
さて、問題です。
目の前に2人の漫画家がいたとします。
過去作の売り上げ実績はほぼ同じ。
一方は免税事業者、一方は課税事業者だった場合、出版社が仕事を依頼したくなるはどちらでしょうか?
当然、課税事業者です。
つまり、インボイス制度開始後、年収1000万円以下の漫画家は引き続き免税事業者でいることができますが、仕事を獲得しにくくなる可能性があります。
あるいは免税事業者である漫画家は、原稿料の値下げを求められるかもしれません。
かと言って、課税事業者登録をすると消費税を納めなければなりません。
なぜこんなややこしい制度を作ったのでしょうか?
多分、国は消費税の取りっぱぐれをなくしたいと考えています。
最終的には免税を撤廃したいのかもしれません。
しかし、いきなり撤廃してしまうと批判の矛先が自分達に向かってしまいます。
そこで、ひとまず免税事業者が免税事業者のままでいられる選択肢を残し、「最終的に誰が消費税を払うかは漫画家と出版社が話し合って決めなさい」と言っているのです。
漫画家に対しては「ただし、免税事業者でいるなら仕事は獲りにくくなりますけどね」との脅し付きです。
酷い制度です。
結局のところ、これまで消費税の納付を免除されてきた年収1000万円以下の漫画家は、この先、課税事業者になるべきなのでしょうか?
それとも免税事業者で居続けるべきでしょうか?
こうした状況を前に、日本漫画家協会は下記の声明を発表しています。
文中に「ペンネームで活動することの多い漫画家にとってはインボイス発行事業者になると「適格請求書発行事業者公表サイト」に本名が公表されるため、個人情報保護への懸念を抱く漫画家も少なからず存在するのが実情です」との記述があります。
一方、国税庁「インボイス制度 適格請求書発行事業者公表サイト」のQ&Aでは下記の説明がなされています。
上記の回答に対して、データを加工すればペンネームと本名を紐づけられるという情報もありますが、いずれ不具合は改修されていくのでしょう。
そこを突いても、日本漫画家協会の要望が叶うことはない気がします。
このような記事もありました。
インボイスで漫画家の2割が廃業も? 危機感抱くエンタメ業界 声優・アニメ・演劇団体と共同記者会見
漫画家を対象に2022年11月に行ったアンケート結果を元にしているそうです。
アンケートは全数調査でもなく、無作為抽出でもないようなので、正確性に欠ける懸念があります。
それでも、ある程度の参考にはなるかもしれません。
…と言いたいところですが、インボイス制度導入後、最初の3年間は経過措置のため消費税の納付は2%です。
その後の3年は5%。
仮に課税事業者登録した場合でも、漫画家の消費税納付額は2%です。
2%は確かに痛い。
先ほど書いたように年収500万円の場合、消費税2% = 年約9万円です。
でも、2%の収入減で廃業を検討しなければならいというのは、そもそも事業として成り立っていないのではないでしょうか。
また「漫画の原稿料はここ数十年上がっていない」とありますが、インボイスに反対する前に出版社に原稿料の値上げ交渉をすべきです。
出版社には頭が上がらない漫画家の姿が見えてきます。
記事中では他に「アシスタントが免税事業者の場合、アシスタントへの消費税が控除できなくなるのだ。『漫画家はアシスタントに課税事業者になることを迫れない。アシスタントは先生に、免税事業者を受け入れることを迫れない』。インボイス制度が、漫画家とアシスタントを分断してしまう」との記述もありました。
漫画家とアシスタントの関係は、雇用主と労働者です。
漫画家は先生じゃありません。
アシスタントは弟子ではありません。
漫画家はアシスタントに対し、「何日までに何枚の原稿を仕上げなければならない」と納期とノルマを設定し、作業を指揮監督しています。
そこにあるのは雇用の実態です。
つまり、労働基準法が適用されます。
給与所得には消費税はかかりません。
もしも、漫画家がアシスタントを正しく労働者として雇用しているのであれば、「アシスタントへの消費税が控除できなくなる」という言葉は出てきません。
では、なぜそのような言葉が出てくるのか?
残念ながら、多くの漫画家は労働基準法を遵守していません。
「ウチは委託でやってるから」「請負でやっているから」という漫画家が多いのです。
では、締め切りは設定していませんか?
ノルマは設定していませんか?
仕事を遂行する方法、時間などの指揮命令をしていませんか?
作業場所を指定していませんか?
アシスタント側に仕事を断る自由はありますか?
実際には労働を強いながら、雇用や請負と言い張っているケースがほとんどなのです。
出版社への値上げ交渉を放棄し、アシスタントに違法な労働を強要し、「消費税なんて払いたくない!」と叫んでも、社会の共感は得られないでしょう。
インボイスに関わる事務作業は面倒です。
ただでさえ原稿執筆で忙しいのに、これ以上、仕事を増やさないでほしいという気持ちはわかります。
漫画家という人たちは、特にそうした事務作業が苦手です。
しかし、あなたがしなかった仕事は誰かが代わりにやることになります。
出版社の経理担当者だったり、取次の誰かだったり、必ず誰かに皺寄せが行きます。
仕事を増やさないでほしいと思っているのは、彼らも同じです。
酷い制度です。
多くの人が納得していません。
では、結局のところ、これまで消費税の納付を免除されてきた年収1000万円以下の漫画家は、この先、課税事業者になるべきなのでしょうか?
それとも免税事業者で居続けるべきでしょうか?
無知は罪です。
制度を理解し、自らの立ち振る舞いを決めてください。