僕の好きな漫画16「モリのアサガオ」

佐藤秀峰が影響を受けた漫画、好きな漫画をご紹介する「僕の好きな漫画」第16回目です。今回ご紹介するのは郷田マモラ著「モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語」です。

この作品は2004年から2007年まで漫画アクションに連載され、日本の「死刑制度」をテーマにしています。死刑を執行する側とされる側、残された家族。刑務官や死刑囚、被害者家族の苦悩や葛藤がリアルです。平成19年度度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞。2010年にテレビドラマ化もされています。

ところで、最近漫画にハマっています。

前回、ご紹介した「鈴木先生」をKindleで読んで以来、「漫画って面白いなぁ」と改めて感じ、久々に読者として漫画を読み始めました。実は僕は普段はほとんど漫画は読まないのです。「毎日、漫画を描いているのに、仕事が終わった後にまた漫画なんて見たくねーよ!」ということで…。

「鈴木先生」を読んだのは、実は作者の武富健治さんにインタビューをする機会があったので、その前に作品を読もうと思ったのがきっかけでした。
で、読もうと思った際、当たり前の手順として、まずは本を手に入れようと思ったわけです。でも、仕事が忙しくて書店に行く時間がなかなか取れそうになく、通販で購入しようかと思いましたが、それを自宅に届けてもらうべきか事務所に届けてもらうべきかで迷いました。だったら、電子書籍で購入して、好きな時間に好きな場所で読めばいいかと思い、Kindleを利用した次第です。

Kindleは僕の著作を販売している取引先でもあるので、利用法は知ってはいましたが、主に著作のデータや挙動の確認用に使っていて、読者としてはほとんど使ったことがありませんでした。が、実際に使ってみると非常に便利。PhoneのブラウザからAmazonサイトへアクセスし、作品を検索してワンクリックで購入できます。購入した作品データは、専用のリーダーアプリがあるので、それを立ち上げるとダウンロードして読めます。

Amazonアカウントが必要なことと、専用のリーダーアプリをあらかじめダウンロードしておかなければならないのが、ちょっと面倒と言えば面倒でしょうか。僕は普段から通販でAmazonを利用していたのでアカウントはすでに持っており、なじみもあったので特に迷うこともなく購入できました。iPhoneの画面で漫画を読むのは、想像よりも快適でした。さすがに画像は小さく感じますが、文字も読み取れますし、一旦、データを閉じてもアプリを立ち上げれば続きから読めるので、その点で紙の本と比べて不便ということはありません。

紙の本だと重量があるので、通勤の合間などに読もうと思っても何冊持ち歩くかを悩んだり、外出先で続きが読みたくなっても本は自宅にあったりしますが、電子書籍は焼き鳥屋さんのカウンターで1人飲みしながらでも読書できますし、続きが読みたくなったら、その場で購入して読書を続けられます。本が溜まって、部屋が狭くなることもありません。非常に便利なので、今度は「モリのアサガオ」を読んでみようと、こちらもKindleで購入しました。

内容的には非常に重たいお話なので、時々、休憩の意味を含めて、他のライトな漫画を購入して読んだり、そんな感じで電子書籍を利用している内に、読者としての漫画熱が久々に高まってきたのでした。つまり、電子書籍のおかげで漫画熱が上がってきたということで、僕のように「しばらく漫画を離れていたけど、電子書籍で読めるようになったのでまた読み始めた」という読者は他にもいるんじゃないかなぁ、と思いました。


それはさておき、「モリのアサガオ」の感想です。

一言で言うと「傑作」です。ラストシーンは号泣しながら読みました。事務所の自分の机で読んだのですが、他のスタッフにバレないように嗚咽をかみ殺して読みましたよ。以前もご説明しましたが、作者の郷田さんは僕とお知り合い。

物語のあらすじをご紹介します。

新人刑務官である及川直樹は、死刑囚舎房に配属される。深く反省している者や無気力な者、自らの罪を罪と思わない者など死刑囚の性質も様々であった。そんな彼らと接していく中で、直樹は死刑制度の是非について深く考えるようになる。それとともに、死刑囚・渡瀬満との心の交流を深めていく。

登場する刑務官や死刑囚の価値観は様々です。「復讐の連鎖を断ち切るためにも死刑は必要」と考える死刑肯定派の刑務官もいれば、「国の命令とはいえ殺人の片棒をかついでしまった」と苦悩し、休職してしまう刑務官もいます。「刑務官は死刑囚の身の回りの世話をしたり話相手になったりするサービス業」と割り切る刑務官、「被害者やその遺族のためにも死刑は必要だが、同時に自分の罪を心から反省している加害者を死刑に処するのが本当に正しいのか?」と答えが出せないでいる刑務官。

主人公の新人刑務官及川は、それらのどの意見にも耳を傾け、常に迷っています。「死刑はあったほうがええんやろうか、ないほうがええんやろうか。
一体どうしたらええんや。わからんくなってきた…」いつもそうつぶやきます。迷い続け考え続けるのが、この主人公の良い所。読者も同じ目線で一緒に考えられるのです。

ある受刑者は「もし死刑が無ければ殺人鬼のまま地獄に堕ちていたと思います」と遺書に書き、ある受刑者は最後まで反省や謝罪は無く、死刑に納得していたはずのある受刑者は、処刑の際には恐怖のあまり悲鳴を上げます。
「哀しみや憎しみを背負ったまま受刑者と共に生きていくので、勝手に死んで終わりにして欲しくない」と訴える被害者の家族。事件を忘れて暮らそうとする被害者の父親と、事件と向き合おうとしない父親に不満を感じる息子。

「仇討ちは死刑に値するほど本当に悪いことなのか」

「親の敵討ちがなんぼのもんじゃ!カッコ付けてんじゃねえぞ!こっちは8人も殺してるんだ!」

衝撃的なセリフや深く考えさせられるセリフが次々と登場し、気がつくと頭の中が思考の渦です。

死刑囚は死を持って「受刑」となるため、刑務所内ではそれなりに自由が与えられていて、お金のある受刑者は毎日お菓子も食べられるし、ラジオも聴けるし、グラビア雑誌や週刊誌だって読めます。服装も自由、ファンレターが届く受刑者がいれば、獄中結婚する死刑囚までいます。強盗殺人の冤罪で33年間投獄され、再審で無実が証明されて無罪となった元受刑者は、「死刑囚になったことで自分を信じてくれる人の存在や人の優しさを知ったため、死刑囚になってよかった」と言います。

死刑の執行は必ず午前中に行なわれ、執行に立ち会った刑務官はその日の午後は休みとなり、刑の執行から2日間の特別休暇がもらえます。死刑執行手当が2万円出ますが、その日の午後に酒場で使い果たしてしまいます。
「妻子に妊婦がいる者」「入院中の家族がいる者」「家族に結婚予定者がいる者」「喪中などの事情がある者」は、死刑執行の担当からはずされるらしく、これは死刑執行後に生まれた子供に何かあったり、家族に不幸があると気持ち悪くなるという理由からです。

物語はやがて主人公の出生の秘密に迫り、死刑囚・渡瀬満との魂の交流が始まります。

後は読んで確かめて欲しいなぁ。すごく面白いので。


郷田さんの絵は非常に独特で、人によっては取っ付きにくいかもしれません。での、あの絵だからこそ成立する世界観だよなぁ、と思うのです。死刑囚のぶっ飛んだ論理やぎょっとするような発言の数々も、あの絵だと妙に納得して読めるというか、「ああ、こういう価値観になってしまった人は、こういうことをこういう普通のテンションで言いそうだなぁ」と腑に落ちてしまうというか。

例えば僕がこれを描いたら、ホラー漫画のようなオドロオドロしいタッチで見開きをバンバン使って派手に描くんだろうなぁと。死刑執行のシーンは、リアルな描写や演出で描いちゃうだろうなぁ…。郷田さんの絵は、絵本的でファンタジックなので、リアルなんだけどむき出しのリアルじゃない感じが、ふとした瞬間に恐ろしく凶暴に胸に迫ってきます。


郷田さんの他の作品も読んでみようっと。 

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