宇宙資源法案

 宇宙資源法案が衆議院を通過したそうです。昨年に与野党の合意を出来なかった時同様に,今回も共産党が反対したようです。それはさておき,法案の中身を軽く説明してみます。

https://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_annai.nsf/html/statics/housei/html/h-shuhou204.html

まず,法律を見る際に地味に大事なのが1条の目的規定です。

(目的)第1条
 この法律は、宇宙基本法(平成二十年法律第四十三号)の基本理念にのっとり、宇宙資源の探査及び開発に関し、同法第三十五条第一項に基づき宇宙活動に係る規制等について定める人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律(平成二十八年法律第七十六号。以下「宇宙活動法」という。)の規定による許可の特例を設けるとともに、宇宙資源の所有権の取得その他必要な事項を定めることにより、宇宙活動法第二条第一号に規定する宇宙の開発及び利用に関する諸条約(第三条第二項第一号において単に「宇宙の開発及び利用に関する諸条約」という。)の的確かつ円滑な実施を図りつつ、民間事業者による宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動を促進することを目的とする。

と,この第1条には以下のようなことが書かれています。

(1) この法案は,宇宙基本法の基本理念にのっとった内容であること
(2) この法案では,宇宙資源の探査及び開発に関し、①宇宙活動法の規定による許可の特例を設けること,②宇宙資源の所有権の取得その他必要な事項を定めること,を定めること
(3) この法案は,②により,宇宙条約の的確かつ円滑な実施を図りつつ、民間事業者による宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動を促進することを目的としていること

つまり,宇宙基本法で定められた基本理念を踏まえつつ,宇宙条約で許された範囲で,民間事業者の宇宙資源探査・開発を促進するような立法を行おうとしているものです。
そして,そのために既に施行されている宇宙活動法に「許可の特例」を設け,また申請手続に必要な事項を定めようとしています。

では,この法律によって民間事業者はどんなメリットがあるのか。それを定めたのが第5条です。

(宇宙資源の所有権の取得)第五条
 宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動を行う者が宇宙資源の探査及び開発の許可等に係る事業活動計画の定めるところに従って採掘等をした宇宙資源については、当該採掘等をした者が所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。

国内の話であれば,無主物先占といって「所有者のない動産を所有の意思をもって占有することによって所有権を取得できる」仕組みが民法にあります。
所有権というものは,国が後ろ盾になってくれなければ,意味がありません。国がこのように「所有権を与え,保障しますよ」と言ってくれて初めて実効性が生じます。裁判でだって所有権を主張できます。

しかし,宇宙に関しては,宇宙条約で人類みんなものだと言われていたり,同条約2条で国家が領有してはいけないと定められていたりと,その扱いは不明確です。国家が領有できないものは,国民も領有できませんし,民間企業が所有権を取得できないという見方もあり得ます。

宇宙条約 2条
 月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない

この点,様々な議論があったのですが,そもそも宇宙条約を作った数十年前に民間企業による宇宙資源開発が想定されていた筈もなく,条約を見ても明文で禁じられているとは言いづらいものがあります。作るときは禁じるつもりすらなかったのですから,そういう書き方になっているのは仕方ありません。

そこで,天体の領有はできないものの,そこから切り離された資源の所有は禁じられていないという見方が出てきます。国際法の世界では「禁じられていないことはやっても良い」ので,禁じられていないと言い張れればやってしまうことができます。
宇宙開発先進国からすれば,踏み切ってしまいたい一方で,途上国の反発にも配慮しなければならず,気を遣いながら話を進めていきました。

その後,国際宇宙法学会が宇宙資源開発を肯定するような見解を出したり,ルクセンブルクのような国が宇宙資源開発を認める法律を作ったり,米国でも宇宙資源開発を認めたりと状況が動いてきて,いざ日本もその流れに乗ろうとしているのがこの法案なのでしょう。

話が戻りますが,この度の宇宙資源法案が成立すれば,日本企業も日本政府のお墨付きで,宇宙資源の所有権を取得して販売したり利用できるようになります。

ただし,グレーだから好き放題にやっていいというものではありません。日本政府には,自国の民間企業の宇宙開発が条約に反しないよう監督する責任があります。

宇宙条約 第6条
 条約の当事国は、月その他の天体を含む宇宙空間における自国の活動について、それが政府機関によって行われるか非政府団体によって行われるかを問わず、国際責任を有し、自国の活動がこの条約の規定に従って行われることを確保する国際的責任を有する。月その他の天体を含む宇宙空間における非政府団体の活動は、条約の関係当事国の許可及び継続的監督を必要とするものとする。国際機関が、月その他の天体を含む宇宙空間において活動を行う場合には、当該国際機関及びこれに参加する条約当事国の双方がこの条約を遵守する責任を有する。

この宇宙条約を遵守することに加え,国際協調も踏まえて,法案には第6条と第7条で配慮しています。


(国際約束の誠実な履行等)第六条
1 この法律の施行に当たっては、我が国が締結した条約その他の国際約束の誠実な履行を妨げることがないよう留意しなければならない。
2 この法律のいかなる規定も、月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用の自由を行使する他国の利益を不当に害するものではない。
(国際的な制度の構築及び連携の確保等)第七条
1 国は、国際機関その他の国際的な枠組みへの協力を通じて、各国政府と共同して国際的に整合のとれた宇宙資源の探査及び開発に係る制度の構築に努めるものとする。
2 国は、民間事業者による宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動に関し、国際間における情報の共有の推進、国際的な調整を図るための措置その他の国際的な連携の確保のために必要な施策を講ずるものとする。
3 国は、前二項の施策を講ずるに当たっては、我が国の宇宙資源の探査及び開発に関係する産業の健全な発展及び国際競争力の強化について適切な配慮をするものとする。

この辺りは,綺麗事だけではありません。例えば,宇宙資源の取得が国際法で禁じられていないとしても,宇宙条約により日本政府が月のような天体を領有できないのですから採掘施設をどうするのかというような問題が出てきます。「宇宙資源の採掘の施設をどのような法的根拠で建てて,どのような法的根拠で他者の立入りを防ぐのか」…というような問題です。

蛇足ですが,宇宙条約では他国の宇宙活動への「有害な干渉」を制限する定めがあり,それを持ってこようとする動きもあるようです。ただ,「国際法の世界では禁じられていると言えなければやってもいい」という話がここで出てきてしまい,この有害な干渉の禁止が「宇宙資源の採掘施設を勝手に月に建てた企業を守る規定」と言えるのかというと微妙です。

話は戻りますが,日本政府としては,国際法を守り,国際協調を尊重する立場から,民間企業に宇宙資源の所有権を取得させる代わりに,政府の許可をとるように求めました。それが第1条に書かれていた宇宙活動法の「許可の特例」です。

まず、ベースになる宇宙活動法の許可制度を復習します。

人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律(いわゆる宇宙活動法)
(許可)第二十条
1 国内に所在する人工衛星管理設備を用いて人工衛星の管理を行おうとする者は、人工衛星ごとに、内閣総理大臣の許可を受けなければならない。
2 前項の許可を受けようとする者は、内閣府令で定めるところにより、次に掲げる事項を記載した申請書に内閣府令で定める書類を添えて、これを内閣総理大臣に提出しなければならない。
一 氏名又は名称及び住所
二 人工衛星管理設備の場所
三 人工衛星を地球を回る軌道に投入して使用する場合には、その軌道
四 人工衛星の利用の目的及び方法
五 人工衛星の構造
六 人工衛星の管理の終了に伴い講ずる措置(以下「終了措置」という。)の内容
七 前号に掲げるもののほか、人工衛星の管理の方法を定めた計画(以下「管理計画」という。)
八 申請者が個人である場合には、申請者が死亡したときにその者に代わって人工衛星の管理を行う者(以下「死亡時代理人」という。)の氏名又は名称及び住所
九 その他内閣府令で定める事項

このように、宇宙活動法20条1項では,人工衛星の管理に関する許可制度が定められています。そして,同条2項では,許可の申請に必要な書類が並んでいます。これに宇宙資源の探査開発の許可も組み込もうとしています。

そして、それをベースに、宇宙資源法案では、追加資料を求めています。

(人工衛星の管理に係る許可の特例)第三条
1 宇宙資源の探査及び開発を人工衛星(宇宙活動法第二条第二号に規定する人工衛星をいう。第一号及び第四項において同じ。)の利用の目的として行う人工衛星の管理(同条第七号に規定する人工衛星の管理をいう。)に係る宇宙活動法第二十条第一項の許可(以下この条において「宇宙資源の探査及び開発の許可」という。)を受けようとする者は、宇宙活動法第二十条第二項各号に掲げる事項のほか、内閣府令で定めるところにより、同項の申請書に次に掲げる事項を定めた計画(以下「事業活動計画」という。)を併せて記載しなければならない。
一 当該宇宙資源の探査及び開発の許可の申請に係る人工衛星を利用して行おうとする宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動(以下この項において単に「宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動」という。)の目的
二 宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の期間
三 第一号に規定する宇宙資源の探査及び開発を行おうとする場所
四 第一号に規定する宇宙資源の探査及び開発の方法
五 前三号に掲げるもののほか、宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の内容
六 その他内閣府令で定める事項

具体的には,以下の内容を定めた事業活動計画を一緒に出すことになります。
① 宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の目的
② 宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の期間
③ 宇宙資源の探査及び開発を行おうとする場所
④ 宇宙資源の探査及び開発の方法
⑤ ②③④のほか、宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の内容
⑥ その他内閣府令で定める事項

この事業計画を出すことで,許可をもらえれば,政府のお墨付きで宇宙資源探査・開発をできるようになります。「内閣府令で定める事項」というのは、細かいことは国会で議決しなくても内閣府令でフットワーク軽く対応できるようにしているものです。

この許可申請を受けた後は内閣総理大臣による審査があります。もちろん、総理が単独で確認しているものではなく、責任者が総理だという意味です。

(人工衛星の管理に係る許可の特例)第三条 第2項
 宇宙資源の探査及び開発の許可の申請については、内閣総理大臣は、当該申請が、宇宙活動法第二十二条各号に掲げるもののほか、次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ、当該宇宙資源の探査及び開発の許可をしてはならない。
一 事業活動計画が、宇宙基本法の基本理念に則したものであり、かつ、宇宙の開発及び利用に関する諸条約の的確かつ円滑な実施及び公共の安全の確保に支障を及ぼすおそれがないものであること。
二 申請者(個人にあっては、宇宙活動法第二十条第二項第八号の死亡時代理人を含む。)が事業活動計画を実行する十分な能力を有すること。

と、宇宙基本法の基本理念と条約をしっかり守ってくれる事業計画であり,申請者が立てた計画を実行する能力(お金や技術等)を持っているかを審査することになります。

3 内閣総理大臣は、宇宙資源の探査及び開発の許可をしようとするときは、当該宇宙資源の探査及び開発の許可の申請が前項各号に適合していると認めることについて、あらかじめ、経済産業大臣に協議しなければならない。

この審査の際は,本来ビジネスを所管している経済産業大臣と事前協議することが求められています。省庁間のバランスを取っています。

4 第一項及び宇宙活動法第二十条第二項の規定は同条第一項の許可に係る人工衛星の利用の目的を変更して宇宙資源の探査及び開発をその利用の目的とするための宇宙活動法第二十三条第一項の許可を受けようとする者について、前二項の規定は当該許可をしようとするときについて、それぞれ準用する。

これは、元々,宇宙活動法に基づいて人工衛星を利用する許可を得ていた事業者が,更に宇宙資源もやりたいという場合の変更手続を定めた条文です。新規の申請と同じように,宇宙資源探査・開発に必要な資料を出すことになります。

5 宇宙資源の探査及び開発の許可又は前項に規定する宇宙活動法第二十三条第一項の許可(次条及び第五条において「宇宙資源の探査及び開発の許可等」という。)を受けた者に対する宇宙活動法の規定の適用については、宇宙活動法第二十三条第一項中「事項」とあるのは「事項又は宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律(令和三年法律第 号)第三条第一項に規定する事業活動計画(以下単に「事業活動計画」という。)」と、宇宙活動法第二十四条中「管理計画」とあるのは「管理計画及び事業活動計画」と、宇宙活動法第二十六条第一項、第三項及び第四項並びに第三十一条第一項中「この法律」とあるのは「この法律及び宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律」と、宇五宙活動法第二十六条第五項中「の規定」とあるのは「並びに宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律第三条第二項(第二号に係る部分に限る。)の規定」と、第六十条第五号中「事項」とあるのは「事項又は事業活動計画」とするほか、必要な技術的読替えは、内閣府令で定める。

宇宙活動法をベースにした法案のため,宇宙資源探査・開発の許可をとった場合には宇宙活動法の他の規定をどうするかも問題になります。そこで,宇宙活動法の諸規定についてもこの第5項で宇宙資源用に修正して用いるようにしています。

(公表)第四条
内閣総理大臣は、宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動を国際的協調の下で促進するとともに、宇宙資源の探査及び開発に関する紛争の防止に資するため、宇宙資源の探査及び開発の許可等をしたときは、その旨及び次に掲げる事項(これらの事項に変更があった場合には、変更後の当該事項)をインターネットの利用その他適切な方法により、遅滞なく、公表するものとする。ただし、公表することにより、当該宇宙資源の探査及び開発の許可等を受けて宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動を行う者の当該事業活動に係る利益が不当に害されるおそれがある場合として内閣府令で定める場合は、その全部又は一部を公表しないことができる。
一 当該宇宙資源の探査及び開発の許可等を受けた者の氏名又は名称
二 前条第一項各号(第六号を除く。)に掲げる事項
三 その他内閣府令で定める事

無事に事業者が許可を貰えた場合,インターネット等で公表されることになります。公表されるのは,許可等を受けた者の氏名又は名称と,事業計画の中に記載した第3条1項1号~5号です。内閣府令で更に追加等をできるようにもなっています。

① 宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の目的
② 宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の期間
③ 宇宙資源の探査及び開発を行おうとする場所
④ 宇宙資源の探査及び開発の方法
⑤ ②③④のほか、宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の内容

今回の宇宙資源法案は以上のような内容でした。もし気になることや質問等があれば,コメントに書いて下されば,できる限りお答えします。

(附則についても触れておきます)

(施行期日)第一条
 この法律は、公布の日から起算して六月を経過した日から施行する。ただし、附則第三条及び第四条の規定は、公布の日から施行する。

今回は衆議院を通過しましたが,更に参議院でも可決されたとき,法律が成立します。その成立後,「公布」という手続きがされ,官報に掲載され,一般に周知します。この法案の場合は,この公布から6ヶ月で効力が発生することになります。3条,4条については以下で触れます。

(経過措置)第二条
第三条及び第四条の規定は、この法律の施行後に宇宙活動法第二十条第一項又は第二十三条第一項の許可の申請があった場合について適用し、この法律の施行前に宇宙活動法第二十条第一項又は第二十三条第一項の許可の申請があった場合については、なお従前の例による。

法律が新しく作られた場合,許可の申請への対応をどのタイミングで切り替えるかが不明確です。そこで,経過措置として,法律の施行の前後のどちらで申請されたかで切り分けるようにしています。

(政令への委任)第三条
前条に定めるもののほか、この法律の施行に関し必要な経過措置は、政令で定める。

法律の施行に関して,細かい話や追加の話が出てきたときは,政令という比較的簡易な手続きで対応できるようにしています。

(検討)第四条
政府は、この法律の施行の状況、科学技術の進展の状況、第七条第一項に規定する制度の構築に向けた取組の状況等を勘案して、民間事業者による宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動に関する法制度の在り方について抜本的な見直しを含め検討を行い、その結果に基づき、法制の整備その他の所要の措置を講ずるものとする。

法律は,その時代に応じて変わっていかなければならないものですし,特に宇宙資源関係は世の中の動きが速いので,法案の成立後も検討を続けていくことが書かれています。法案にこれが書かれたということは,国民の代表である国会議員がそれを求めているということですから,実は重い話です。

(人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律の一部改正)第五条人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律の一部を次のように改正する。
 第二十条第一項中「所在する人工衛星管理設備」を「所在し、又は日本国籍を有する船舶若しくは航空機若しくは我が国が管轄権を有する人工衛星として内閣府令で定めるものに搭載された人工衛星管理設備(以下「国内等の人工衛星管理設備」という。)」に改め、同条第二項第二号中「場所」の下に「(船舶又は航空機に搭載された人工衛星管理設備にあっては当該船舶又は航空機の名称又は登録記号、人工衛星に搭載された人工衛星管理設備にあっては当該人工衛星の名称その他当該人工衛星を特定するものとして内閣府令で定める事項)」を加える。
 第二十六条第一項及び第二項並びに第五十三条中「国内に所在する人工衛星管理設備」を「国内等の人工衛星管理設備」に改める。

もともと,宇宙活動法では「国内に所在する人工衛星管理設備を用いて人工衛星の管理を行う」場合が規定されていましたが,それが修正されて,国内に所在しなくても,日本が管轄できる①船舶,②航空機,③日本が管轄権を有する人工衛星として内閣府令で定めるもの,に搭載された人工衛星管理設備を用いて人工衛星の管理を行う場合も含めるように変わります。

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