Lyrical School「OK!」のコード進行の話
2017年〜2018年頃から女性ヒップホップ・アイドル・グループLyrical School(リリカル・スクール)に曲を提供させてもらっている。主にアナの大久保潤也とコンピでこれまでに作ったのは「YABAINATSU」「OK!」「LAST DANCE」「パジャマパーティー」「秒で終わる夏」などなど。
今年結成10周年を迎えたリリスクの歴史の中ではまだまだ新参者だけれど、いつも楽しく制作に関わらせてもらっている。
さて今回は、先日Lyrical Schoolの『OK!!!!!』インストバージョンの配信が開始されたので、この機会に僕がトラックを作った曲「OK!」の主にトラック制作、その中でもコード進行についての少し専門的なことも交えて話をしようと思う。
リリスクのプロデューサーのキムくんとDJのBIG-Dが僕のプライベートスタジオに来てくれて、あれこれ打ち合わせてこの曲のプロジェクトを立ち上げたのが2019年夏の暑い日だった。そこからまずは一人でトラック制作に入り、色々なアイデアを試しては捨て、紆余曲折しているうちに、気がつくともう半袖では少し肌寒い秋の空気になっていた。
「これじゃだめだ!」
小説家が原稿用紙をぐちゃぐちゃっと丸めて後ろにポイっと投げて、頭を抱える姿を想像してほしい。僕が曲作りに取り組んでいるときも、まさにいつもそんな感じだ。
Macbook Proのデスクトップにはゴミ箱アイコンに入りきらないくらい書き散らかしたアイデアが無造作に転がっている。どれも決して悪くはない。でも特別な感じはしない。
あらゆるコード進行は使い古され、新しいジャンルが生まれては形骸化する中で、どこかで聞いたような凡庸なものばかり思い浮かび、試しても試しても自分がこれだと思える瞬間は中々やってこない。世の中にはちゃっちゃと圧倒的に素晴らしい音楽を作ってしまう人もいるが、自分はどんなに非効率的でもとにかく納得いく瞬間がくるまで時間をかけるしかないのだ。
先日観たドキュメンタリー映画『メイキング・オブ・モータウン』では、作家たちがライバルに負けじと自分たちの曲を磨き、高め合っていたことが言及されていた。リリスクに関わるトラックメイカーも本当にみんなクオリティの高くて、熱量があって、個性的でかっこいい曲を提供するし、USのアーティストは新たなトレンドを発信し、J-POPもK-POPもここまで進化している。それになにより自分らしさも大切にしたい。
誰に頼まれたわけでもないのにそんなことを意識して、僕はいつも勝手に自分にプレッシャーを掛けて、勝手にそれに押しつぶされそうになる。でもリリスクのメンバーが出来上がった曲をステージで何度も何度も繰り返し大切にパフォーマンスしてくれていることを想うと、少しでも良い曲にしたいし全力を尽くさずにはいられない。
プールでバシャバシャと水しぶきあげて必死に泳いでいるけれど前に全然進んでいない人、みたいに周りには不器用で不恰好に見えるかもしれない。でもがむしゃらに腕を動かしていると向こう側のプールサイドにふっと手が触れて、なんだかよく分からないけど確かに自分は前に進んでいたのだと実感したりする。そんな感じで、どういう経緯で閃いたかはあまり覚えていないけれど、楽器を弾いた瞬間に、
「これだ!」
とゾクッした感覚だけはなんとなく残っている。
「OK!」のコード進行は少し専門的に解説するとこんな感じ。
イントロが
D♭maj7、Cm7、D♭onA♭
D♭onA♭、E♭onB♭、D♭onE♭
ベースが入ってくると
D♭maj7onG♭、Cm7onF、D♭onE♭
B♭m7、Cm7、D♭onE♭
イントロのシンセサイザーのループですでにオンコード感(コードに対してベース音が3度や5度など1度以外のコード)のある進行が、ベースが入ってくると同じループ上でさらに別のオンコード感のある進行に変わる。
最初のD♭maj7のベースは4度のG♭。G♭maj7th9th♯11thのような響きでもあるけれど、3度のB♭が入るとどうも求めてるものと違う。どうしてなのか、この辺が自分でもよく理解しきれていない。もしかすると難しく考えすぎているだけで実はシンプル、なんて事はよくある。音楽理論は本当に奥が深いけれど、まったく知らなくったって、間違っていたって作れるのが音楽の良いところだ。
広い世界にはもうすでに「OK!」と同じコード進行の音楽はきっとあると思うけれど、少なくとも自分が聞いたことのある音楽にはなかった。僕はこの進行を自己の中に”発見”したのだ。それが嬉しかった。独特の浮遊感と奥行き、力強いムードがあって気に入っている。
ギターで弾くときは、
D♭maj7、Cm7、B♭m7
Cm7、B♭m7、Cm7
までシンプルにしても良い。こうするとIV-IIIm-IImを行き来するだけのベーシックなコード感になる。
ちなみにこのコードバッキングにメインで使っているシンセサイザーの音源はProtools付属プラグインのUVI Falcon。このシンセのポルタメントのかかり方が最高に好きだ。ほんの少しクリスピーな鳴りにする為に一度外に出してNEVE系の実機マイクプリを通している。
ベーシックトラックと方向性を共有すると、ALI-KICKさんとアナの大久保くんが最高のリリックを作ってきてくれて、暗いトンネルを抜けて海が見えたときのような開放的で爽快な気持ちなった。そのまま3人でドライブするみたいにアイデアを出し合い、アレンジにもどんどん手を加えてCo-Writing的な感じで仕上げていった。
まずはlyrical school Tour 2019 “BE KIND REWIND SERIES”の福岡とファイナルで披露され、すぐにリリスクのメンバーのラップをレコーディングし、それを元にさらにトラックをブラッシュアップして、「OK!」は完成した。ありがたいことに2020年4月ミニアルバム『OK!!!!!』の先行シングルとして配信され、MVも制作された。
そしてALI-KICKさんのこのツイート。
ALI-KICKさんのスキルフルなリリックとそれを難なくやりこなすリリスクのメンバーへの賛辞なのは承知の上で、RHYMESTERのファンでタマフル〜アトロクのヘヴィーリスナーの僕はすごく嬉しかった。
いつもギリギリだけど、もう少しだけがんばれそう。