30人31脚
私は自己内省が好きだ。今の感情はどこから来てるとか、この経験が今に生きてるとか、いろいろ考えて自分で納得して腑に落としている。
しかし、どれだけ考えてみても未だ疑問符が浮かび続けている経験がある。それが「30人31脚」だ。
知らない方のために説明すると、1996年から14年間、全国の小学生を対象として行われた2人3脚の拡大版。少子化の影響で2009年に終了した大型イベントだ。各都道府県の優勝校1校だけが全国大会へのチケットを勝ち取れる。幕張メッセや横浜アリーナなどの巨大施設をジャックして全国大会が行われ、その様子はゴールデンタイムで放送されていた。
私のクラスは、5年と6年の2年連続で長野県大会に出場した。5年のときは13位、6年のときは3位に入り入賞した。
この経験が今の自分のどこに繋がっているのか、受け継がれているのか、価値観・人生観に影響を与えているのか、まったくわからない。
言い出しっぺが誰だったのか定かではないが、当時、運動が苦手(今もですが...)だった私は、正直言ってまったく乗り気ではなかった。運動の中でも「ただ走る」ということが嫌いだった。というか今でも嫌いだ。それなのに、なんでみんなで一緒に50m足をつないで肩を組んで走らなきゃいけないんだろうと思っていた。それに、50m走のタイムが10秒近いので、絶対に足を引っ張るし迷惑がかかると分かりきっていたので、やりたくなかった。
だけど、みんな仲は良かったし、学校で1番元気で明るくてうるさいクラスで、私も自分のクラスは好きだった。だから、仕方なくやるしかないかと腹をくくった。
5年生のときは、まだお試しというか、手探り状態で練習していて、本気というより、遊びに近かった印象がある。とりあえずどんなものなのか腕試しという感じで、本気で全国を目指す人はいなかったように思う。
しかし、6年になって、一部のメンバーが本気で全国に行こうと言い出した。当時私は何の大会にも出たことがなく、そんな大きな話をしていてなんだかゾワゾワした。
案の定迷惑もかけた。気乗りがしないときは練習に行かなかった。足が遅い人を足の速い人で引っ張ろうという議論もあった。そこまでしてやりたいのだろうかと思ったこともあった。小学生という身分で、みんながみんなモチベーションを保てるはずもなく、幾度となく授業をつぶして学級会が開かれて、みんなで話し合った。正直面倒くさいと思ったこともあったし、本意ではなく仕方なくみんなの意見に合わせていたこともある。
各個人のモチベーションが、大会1ヶ月前になってもバラバラの状態で、本当にやる気があるのかと、担任の先生からの叱咤激励もあった。
その言葉がきっかけかどうかわからないが、大会2週間前になってようやく5年の記録を超えて本番を迎えた。私のモチベーションも、みんなほどではないかもしれないけど、明らかに燃えていた。
本番では、これまでに1度も出したことがない9秒台を出して3位になった。みんなも大騒ぎしていたが、応援に来ていた親御さんたちのほうが盛り上がって泣いていて、少し冷めてしまったことは鮮明におぼえている。
月並みの言葉を使うと、結果として「クラスの絆が深まった」というところだ。
最初に、30人31脚が今の自分にどう影響しているのか分からないと書いた。
こうして文章を書きながら振り返ってみて分かったことがある。
みんなで何かをやること、長い時間をかけてぶつかりあって、想いあって、それでも同じ目標に向かってそれぞれが意志を持ってやり遂げること、その人生最初の経験だった。
みんなの顔色を見て同調したり、人に迷惑をかけることが嫌になったり、自分の意見を持てなかったり、それでもみんな喜べば自分も喜ぶ感じになったり...中学以降、人間関係で色々考えることがあったが、人間関係のキャッチボールのしかたを最初に習ったのが、この30人31脚だったのかもしれない。