"学費"という概念がなくなる日。
こんにちは、F Venturesという独立系VCでインターンをしている辻周悟です。
今回は、"学費"という概念がなくなる日と題して、アメリカのコーディングキャンプの領域で注目されている新たな制度、ISAs(所得分配契約:Income Sharing Agreements)について、徹底解説していこうと思います。この記事では、ISAsの概念の説明から、そのメリットとデメリット、そして国内外のISAsを起用したスタートアップの事例紹介。最後には、ISAsの活用した先の未来の展望までお話しできればと思います。
ISAs(Income Share Agreements)とは?
まず、ISAsとはIncome Share Agreement、日本語で所得分配契約と訳します。意味としては、以下のようになります。
所得分配契約(Income Share Agreement(s)、ISAまたはISAs)=
教育機関に対する受講料の支払いを失くし、卒業後に一定以上の給与等の条件を満たした場合に、卒業後の収入から一定割合を教育機関に支払うという契約。
もっと簡単に言うと、
「君は、経済力がないから、学校に通ってる間の学費は払わなくていいけど、卒業後に無事就職できたら、給料のX%をY年間払ってね。」
ということです。え!学費を払わずに学べるの?と思うかもですが、ちゃんとその後の就職後に払うんですね。
全く新しい契約制度のように思えるかもしれませんが、実はISAsという概念は、1955年から存在しています。
当時、経済学者のミルトン・フリードマンが、彼のエッセイ「The Role of Government in Education(教育における政府の役割)」でISAsの概念を提唱しました。
その後、ISAsはアメリカの高等教育における従来の学生ローンシステムの代替として注目を集め、2019年7月19日にISA法案が上院に提出されました。
現在では、多くの民間企業や大学がISAsを活用するようになってきました。
ISAsのメリット&デメリット
学生目線からみたISAsのメリット&デメリットをみていきましょう。まず、メリットとしては、大きく2つあります。
1つ目は、
学生が、経済力が乏しい時点で高額な学費を払わずに済む。
今までのスクールでは、高額な学費を学習に専念すべき在学中の期間に支払わなければいけませんでした。故に、まとまったお金が用意できない人は、その教育の機会を失っていたわけです。この課題をISAsは卒業後の給与から学費を回収するモデルで解決しているのです。ISAsでは、一定以上の収入になるまで支払い義務が発生しないので、生活を犠牲にしなくてよくなるんですね。
2つ目は、
学生とスクールの間にWIN-WINの関係を構築できる。
また、ISAsを起用したスクールは、リスクを取って選抜した学生の将来の経済力に対して投資します。故に、その投資を回収するためには、学生の長期的なキャリアを成功させなければなりません。この点において、生徒と学生、双方の利害は一致し、WIN-WINの関係が生まれるのです。
しかしながら、ISAsに対する批判も多く存在します。
よく取り上げられる論点として、ISAsは現代の奴隷制では?という指摘があります。簡単に言えば、
給料が上がれば上がるほど損をするという構造になりうること。
です。Forbesの「Be Careful With Income Sharing Agreements (ISAs) To Pay For College(ISAを利用した大学進学費用の支払いには注意が必要)」記事では、米国の大学のシーンにおいて、従来型の学生ローンとISAsのプログラムを比較しています。アメリカでは、既に多くの大学にISAsのプログラムがありますが、その一例として「所得の7%を10年間」などの結構きつめな条件が普通に存在します。(大抵、キャップとして250万円の上限が定められてはいますが。)この場合、10年で7%の利率である普通の学生ローンの方が、結果的に学生にとって優しいのではないかという懸念です。これだと、教育期間がただより儲けるだけの条件になってしまうのではということですね。詳しくは、Forbesの記事をご覧ください。
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そのため、ISAsは万人に対して適切な仕組みではないんですね。まとまったお金が用意できるならば、先に払ってしまった方が結果的に安くなるよね。ということです。
こうした背景から、ISAsの概念は1955年に生まれてにもかかわらず、今まで一般的に普及してこなかったのではと考えています。
しかし、これはISAsが良い・悪いという議論ではありませんと思います。
ここで議論すべきは、
「学生とスクールの双方にとってWIN-WINな形にするために、いかにしてISAsを実装するかいかにしてISAsを実装するか」
という観点なのです。
この点に関する理解を深めていくために、実際にISAsを起用している国内外のスタートアップによる活用事例をみていきましょう。
アメリカのISAsスタートアップ
実際、ISAsをどのように実装しているのかという点に対する理解を深めるために、米国のISAsスタートアップを2社を一例として紹介します。細かい解説は後ほどするとして、まずは支払い条件や上限などの数字をメインにお伝えします。
米①:Lambda School
設立年・創業者:2017年・Austen Allred, Ben Nelson
総調達額:122.1M$(日本円で133億円超)
調達ラウンド:シリーズC (※Crunchbaseより)
1社目は、Lambda Schoolです。Lambda Schoolでは、データサイエンスとフルスタックウェブ開発の2種類のプログラムを9カ月のフルタイム、もしくは18カ月のパートタイムのどちらかで提供しています。対象は、コンピューターサイエンスに関連する職に就きたい・転職したい方で、参加条件は、18歳以上で、プリコースを受けて入学試験を通った人のみです。支払い義務の発生条件は、就職して年収5万ドル(約529万円)以上になった時から、月収の17%を2年間支払います。失業時は、支払いが一時停止され、年収がものすごく上がっていったとしても、支払い上限3万ドル(約317万円)のキャップが存在します。
米②:Microverse
設立年・創業者:2017年・Ariel Camus
総調達額:3.2M$(日本円で3.4億円超)
調達ラウンド:シードラウンド (※Crunchbaseより)
補足:Y Combinator 2019 Summer 卒業
2社目は、Microverseです。Microverseでは、フリーランスのソフトフェアエンジニアになりたい人をターゲットに、ソフトウェア開発に特化した約6か月のプログラムを提供しています。支払い義務は、毎月1,000ドル以上のフリーランス業務を得た時から発生し、月収の15%を合計1.5万ドルに至るまで毎月支払い続けるモデルです。
この2社以外にも、Juno College、Holberton School、Kenzie Academyなどが米国でのISAsを活用したスクールとして存在しています。米国の大学が起用していたISAsプログラムに対する酷評とは裏腹に、こうしたISAsスタートアップのプログラムによってISAsへの評価は変わりつつあります。
ISAsは、教育を受けることで、年収が増え、経済力がより豊かになることが大前提です。故に、スタートアップの視点からみれば、ISAsをより「稼ぐこと」「職につくこと」にフォーカスした形で実装する必要があるのです。(既存の大学にISAsを実装する思考とは少し異なる。)そのため、需要の高い職能を育成することが求められます。この観点から、現在のISAsスタートアップでは、近年需要が高まっているIT人材の領域に注目し、
「卒業すること」よりも「稼ぐこと」
に特化した、より実務的で実践的なスキルを身に付けるプログラムが提供されています。
そして、スクールごとに定めた収入以上の時のみに支払い義務を課し、その中の数パーセントを回収、支払い上限を設定することで学生が払いすぎる状況をなくしています。各々が、提供するプログラムの質を高めながら、適切な収入額・回収比率・上限額・支払い期間の数値を探しているような形が現状だと思います。しかし、ISAsスタートアップもボランティアではないので教育コスト以上に収益をあげる必要があります。
故に、
選考の時点で将来稼ぐことができそうな有望株をいかに選別するか
卒業後にしっかりと学費を回収するためのモデル
いかに学生を稼げるようにするかという当たり前のことに加えて、この2点は、スクールがしっかりと投資家からお金を集めるために必要なポイントです。
Lambda Schoolの創業者、Allred氏によれば、学生の15%がプログラム開始から1ヶ月で離脱してしまうそうです。離脱した学生からは、一切お金をとることはできません。ISAsスタートアップにとっては、いかにして離脱しないGRITのある学生を選別し、離脱する学生を減らすか、というのは加えて大切なことになります。
何度もいいますが、
学生とスクール、双方にとってWIN-WINになるようなモデルの構築。
これがISAsの実装においては最も重要であると思います。
こうしたアメリカでのISAsのプログラミングスクールスタートアップの高まりを受けて、昨年から日本でもISAsの実装に取り組むスタートアップが出てきました。
日本①:LABOT
まず、日本で一番最初にISAsを取り入れたのは、LABOTです。
LABOTの「CODEGYM ISA」では、現在の年収水準が概ね 420万円以下の非IT職種・プログラミング未経験者を対象に、6ヶ月のカリキュラムを提供しています。卒業後の支払い期間は30ヶ月、年収270万円以上で、月給の15%を支払うといった具合です。支払い上限は、195万円という形です。(2021/3/26現在)
他にも、RISEbyStudyや近年、日本に進出した42 Tokyoも、日本でのISAsの実装に取り組んでいます。当然ですが、アメリカと日本では国民の平均年収が異なるので、日本に適した数値でモデルの構築を行う必要があります。今後も、よりISAsの適切な実装におけるノウハウが蓄積されていくことで、より学生とスクールの双方にとってWIN-WINが関係構築がなされていくことでしょう。
最後にですが…
ISAsは、決して万人に対して万能なプログラムではありません。LABOTでも複数の支払い形式を設けることで、それぞれの学生にとって最適な支払い方法をとれるようにしています。個人的な見解ですが、最初に一度に払うことによって、後戻りできない状況に自分を追い込むこと方が頑張れるという人もいると思います。(結果的に、金額の総額だけでみれば安くなる可能性がありますし)そのため、一概にISAsがいいよ!とは言えませんが、ISAsをとりいれることで、既存のスクールに対する警告になると考えています。学費を納めてもらって、とりあえずカリキュラム受けてくれたら卒業認定あげるからそれでいいよね!あとは自分で頑張ってね!という惰性の”教育”と”卒業”を淘汰することができると考えています。
大学というアカデミックな領域に対して、年収という経済力だけを求めるのはナンセンスだと思いますが、プログラミングスクールとかの特定のスキルを身に付けることでキャリアアップを狙うような教育シーンにおいては、ISAsは実装されるべき選択肢だと思います。
以上、稚拙な文章でしたが、ISAsのリサーチに対する備忘録として残しておきます。ご一読ありがとうございました。