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貧乏芸人子育て奮闘記

「この子が生まれて最初の1年は、出来ればどこに預けずに、ずっとこの子と一緒に過ごしたい」

妊娠8ヶ月に入った頃、嫁さんにお願いされた言葉だった。

売れてない芸人と結婚して、ちょっとした贅沢もさせてあげられていない男についてきてくれている嫁さんからのお願いだ。
きっとこのお願いをするまでに色々悩んだのであろうことも、すぐに分かった。

こっちだってこれから父になるんだ。少しぐらいカッコつけたいじゃないか。
「任せとけ!」と威勢よく返した。

「もちろん芸人で稼げるように頑張るけど、それだけで稼げなくても産まれてからの1年は働かないでいいようにするから!」

そう約束した。

3月に無事娘が産まれて、そこからお笑いの仕事を無理矢理増やしまくった。ちょっとでもお金になりそうな仕事を作っては、スケジュールに入れた。

それだけではお金は足りなかったので、夜勤バイトのシフトも増やした。

めちゃくちゃ忙しくなったが、全く辛くなかった。子供がいる生活の嬉しさ楽しさが、肉体的な辛さを余裕で上回った。

家賃や光熱費の支払いは全て遅れていったが「これはマジでヤバいかも!」という状況になる度にお笑いの仕事でお金が入り、支払期日のギリギリで払う。という日々を繰り返していた。

そしてそんな生活が、どんどん楽しくなってきた。
ヤバくなっても無理矢理仕事を作ってネタをやれば、ギリどうにかなった。少なくとも3人分の飯代は稼げた。
「やれんじゃん俺!」みたいな喜びすら感じていた。そんな心配ないぐらい売れろよって話ではあるけど。

そして、娘が1才になった。

4月から嫁さんの仕事復帰も決まり、この一年が無事に終わろうとしていた3月の末頃。

ガスが止まった。

支払いを完全に忘れていた。
常にギリギリまで支払いが遅れていた事がとうとう裏目に出た。
しかも、ガスが止まっていることに気付いたのは夕方。すぐにコンビニに支払いに行き、ガス会社に連絡したが、ガスが使えるようになるのは次の日の朝になると言われてしまった。

最悪だ。
お風呂にお湯が出ない。

大人2人ならまだしも、3月の気温の中で1歳の子を水風呂に入れるわけにはいけない。
やってしまった。。。

うなだれながら嫁さんにガスが止まった事を報告するとすぐ「じゃあ銭湯に行こう」と提案してくれた。
なるほどその手があったか。

近所の銭湯を調べ、電話で1才の子でも入っていい事を確認してから、必要なものを用意して銭湯に向かった。

嫁さんと娘を女湯に見送り、男湯の脱衣所で服を脱いだ。
軽く身体を洗って銭湯の浴槽に浸っている時、情けなくて堪らなかった。
たかだか1年、嫁さんを安心して娘と過ごさせてあげられないのか俺は。
なにが「任せとけ!」だ。恥ずかしい。

やりきれない気持ちでいっぱいのまま浴槽でうなだれていると、隣の女湯の方から、

めちゃくちゃ明るい声が聞こえてきた。

まだ言葉は上手く喋れない娘の「あはー!」やら「きゃー!」やらの元気な声だ。

おそらく銭湯の常連であろうおばあちゃん達からの「可愛いね〜!」という声と、それに答えながらはしゃぎまくってる娘の声が響いていた。

あまりにも今の自分の心境と真逆なその声を聞いて、浴槽の中で、笑いながら泣いた。

今日はとーちゃんがお金を稼げないせいで家のお風呂に入れなかったなんてこと、娘は知らない。
娘はただただ、いつもと違うお風呂を楽しんでいた。

とにかくずっと女湯から聞こえる娘の笑い声に、めちゃくちゃ笑いながら、めちゃくちゃ泣いた。笑いも涙も止まらなかった。

隣で湯に浸かっていたおじいちゃん、ドン引きしてた。

そしてこの時。
隣から聞こえてくる娘のはしゃぎ声に笑いながら泣いた時。
なんだかすごく吹っ切れた。
開き直れた。という方が正しいかもしれない。

貧乏だろうが関係ない!

明るけりゃなんとかなる。

心からそう思った。

明るけりゃ、なんとか、なる!

貧乏にへこむ必要なんて、ない。

楽しく暮らそう!娘が笑ってりゃそれでいい!



あれから2年経ち、娘は3歳になった。

現状僕は売れてないけど、我が家は明るい。

金はないくせにまぁ明るい。

特に娘がとっても明るい。
親が暗い日も娘が明るいから助かるぐらい明るい。

狭いアパートに保育園のお友達を呼びたいと言い出し、遊びに来たお友達を我が家の狭い風呂場に案内して「見てー!ウチのお風呂はこんな感じー!」と誇らしげに見せてた時はさすがに胸がチクチクしたけど、それを見て「恥ずかしいー!」と言いながら笑うぐらいには、我が家は明るい。

絶対に売れようと思っている。

けど、それはきっと一緒に暮らすことの本質には関係ない。

どんな状況になろうとウチは大丈夫。

とりあえず、明るいから。


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