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表現の自覚性の獲得過程について

僕にとっての写真とは何か。





もしかしたら僕は、写真の事が好きな訳ではなかったのかもしれない。





少し過去を振り返ってみると、カメラを手にしてからそろそろ十数年が経っていた。

今こうして、性格も情緒も安定しない事が過去にも如実に現れていた。手放してしまうカメラも多いし、すぐ目移りして新しいカメラを探す。

カメラを始めて業界に入ってから一番多感な時期に、特に広告写真に傾倒して掘り下げていった影響で海外のファッションフォトグラファー達に憧れを抱いた。

©︎Peter Lindbergh


もちろん彼等だけでなく、様々な写真家を知れば知る程、彼らの吐き出す写真と自分にとっての写真の在り方比較してしまって、そこには愛がない事を自覚する日々だった。

そこに愛はあるんかるた /アイフル

https://www.aiful.co.jp/cashing/ld6/



人生の通過点として、今までのカメラ変遷を振り返ってみた。

  • sony NEX-6

  • canon FTb

  • canon F-1

  • Konica C35

  • nikon D600

  • nikon D800

  • sony α7ⅱ

  • sony α7Rⅱ

  • sony α7ⅲ

  • sony α7Sⅱ

  • sony α7Sⅲ

  • contax RTS

  • contax TVS

  • Voictlander vitomatic

  • leica Q2

  • leica M3

  • RICOH GRⅲx



始めての一眼レフがNikon D800だったのも巡り合わせか、70-200を付けて砂浜で撮影するPeter Lindberghの姿が思い浮かぶ。

現在はこのカメラ、一つも手元に残っていない。

もちろんモルトはボロボロだった。
C35での写真。
渋谷の開発が始まった当初



nikonやsonyを始めとして、仕事で使うものも多かったけれど、ライフスタイルとして合うものに出会えなかった。


正確に表現すると、日々カメラを持ち歩く事は億劫だったし、街中で出会う景色にサッとカメラを向けられる程の自己肯定感も持ち合わせていなかった。

あの頃は、自分を広告表現に携わる人間として自己評価をすることで自身のアイデンティティを保つ事で精一杯だったし、自らわかりやすい経歴を積み立てて来たわけでも無いのに、更に若い世代のカメラマンが日に日に台頭して来るのを目にしていた焦りだったのか、日常からもっと良いフレーミングを出来るようにしなければと意識してLeica Q2を買った。

Leicaといえば一目見てわかる、あの赤いロゴに頼ってカメラを下げて歩く事を肯定出来るようにと、ブランドに縋った。


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