【いきなり文庫! グランプリ2ndシーズン 第1回】セカンドシーズン開幕! 初回の優秀作は泉ゆたか『横浜コインランドリー』!!
江口 幸いなことに「いきなり文庫! グランプリ」の企画がご好評をいただきまして、セカンドシーズンとして継続の運びになりました。
(第1回いきなり文庫! グランプリは2024年4月に吉森大佑さん『青二才で候』で決定しました。第1回の各座談会はこちらから)
一同 (拍手)
江口 浜本さん、吉田さん、今シーズンもよろしくお願いします。
浜本 よろしくお願いします。
吉田 よろしくお願いします。
江口 セカンドシーズンの第1回目ですが、泉ゆたかさん『横浜コインランドリー』を優秀作に選ばせていただきました。続編の『横浜コインランドリー 今日も洗濯日和』も既に刊行されています。なんとSNSインフルエンサー登場! ですが、ここはシリーズ第一作ということで、こちらを。参考図書としてあげるのは、同じく泉ゆたかさんの新刊で、お江戸縁切り帖シリーズの『旅立ちの朝』です。セカンドシーズンでは、同作者の違う作品との比較をしたりしていこうと考えていて、泉さんは時代もののイメージがあることも含めて、こちらを選びました。参考図書2冊目は、横浜つながり、という意味で、岩井圭也さんの『横浜ネイバーズ』、3冊目は、『横浜コインランドリー』同様、ちょっと変わった設定の、人が集まってくる場所、というつながりで、近藤史恵さんの『ときどき旅に出るカフェ』を選びました。
吉田 参考図書のセレクト、いいですね。
江口 ありがとうございます。実は、知り合いの編集者から、「参考図書の選び方、偏ってませんか? いつも食べ物が出てくる」という指摘がありまして……。
浜本 しっかり読み込んでくれているんですね。
吉田 ありがたいなぁ。
江口 私も、ありがたいなと思いました。そこでセカンドシーズンでは、参考図書にちょっと工夫をいれよう、と。
吉田 なるほど。それで、同じ作者の他作品との比較、なんですね。
江口 そうなんです。それでは、『横浜コインランドリー』から話していきましょうか。
浜本 私は、コインランドリー小説が成立するんだ! とまずそこが衝撃でした。コインランドリーをどうやって小説にするんだろう? と。コインランドリーって、基本的に人がいない場所だと思っていたので。
江口 普通はそうですよね。
浜本 なので、店員さんがいるコインランドリー、というのに最初は驚きました。
吉田 今、わりとあるんですよ。コインランドリー&カフェ、みたいな店舗が。ちょっとお洒落な感じなの。
浜本 そうなんだ。
江口 吉田さんはどう読まれましたか?
吉田 すごく良かったです。ものを洗濯すると同時に、心も洗濯する、というのが物語の根底にあると思うのですが、そこがいい。
浜本 心も「洗濯」するに、さらにその時々での人生の「選択」にもかけていますよね。
吉田 そうそう。あと、これ、シリーズ第一作なので、このシリーズにかかわってくると思われる人物たちの登場のさせ方がいいんですよ。主人公は、ブラック企業を辞めて以来、引きこもりがちになっている茜。自宅の洗濯機が壊れたから出向いたのが、物語の舞台となるコインランドリー。それがきっかけとなって、そのコインランドリー店の店長・真奈と知り合い、そこでバイトを始めることに。物語は、そのコインランドリーにやってくるお客さんたちそれぞれのドラマを描いていきます。
江口 これ、物語の舞台が横浜じゃないですか。そこもまた絶妙なんですよね。
吉田 あぁ、わかります。コインランドリーではないのですが、横浜がクリーニング業発祥の地だと、この本で初めて知りました。
浜本 そういう小ネタもいいし、洗濯やクリーニングにまつわる蘊蓄もさりげなくていいですよね。真奈が師匠と仰ぐクリーニング高岡の高岡充もいい。
吉田 双子なんですよね。もう片方はイタリアンレストランのオーナーシェフ。
浜本 コインランドリーが舞台、ということで、男女が一つの洗濯機を奪いあって、それが恋につながって、みたいな話かなと思っていたんですが、そうじゃなくて、コインランドリーに集まるひとたちの話にしているのがうまい。
江口 コインランドリーでコーヒーをサービスするという設定がミソですよね。なんというか、止まり木のような場としての、コインランドリー。そのアイディアがすごいと思います。
吉田 コインランドリー&カフェ、の存在が目につき始めたのは数年くらい前なんですが、そこにいち早く物語を落とし込んでくるのもいいな、と。そういう、作者のアンテナの張り方というか、敏感さもいい。
江口 泉さんの作品を全て読んでいるわけではないのですが、総じてハートウォーミングな物語世界ですね。時代小説もそうで、世話ものの良さが出ています。そこにあるのは、暑苦しくない程度のおせっかい、というか、〝ほど良いおせっかい〟。それが、泉さんの持ち味なのではと、この『横浜コインランドリー』を読んで思いました。
吉田 なるほど。誰かの人生に介入していく媒介として、洗濯があって、そのためのコインランドリーがある、と。
浜本 私は、作者の描写力もすごいと思いました。充のアイロンがけとか。
吉田 仕上がりがつやっつやに見える、という。
浜本 そう、そう。文章だけで、技術の高さが伝わってくる。
吉田 泉さん、今、すごく乗っているんだと思う。単行本で出た『おばちゃんに言うてみ?』も、いい。それこそ、さっき江口くんが言った〝ほど良いおせっかい〟をするおばちゃんが出てくる。舞台が大阪の岸和田なので、ほど良いというか、強めだけど(笑)。
江口 では参考図書に移りましょう。流れで、同じく泉さんの『旅立ちの空 お江戸縁切り帖』を。
吉田 このシリーズ、私は第四巻の解説を書かせていただいたんですが、泉さんの良さがぎゅっと詰め込まれているシリーズなんです。糸というヒロインの成長小説であり、江戸に生きる人々の市井小説でもあります。
江口 シリーズ第五巻で、最終巻です。
吉田 もっと続くのではと思っていたので、最終巻だと知って、えっ? と。
浜本 糸は、縁切り状を書くことを生業としているんですよね。
吉田 そうです。そして糸には、〝生霊〟が見えるという特殊な能力がある、という設定です。縁切りをテーマにした、というのがいいんですよ。この世にずっと続く縁はない。人の縁はかならず生き別れか死に別れで終わる。だからこそ、結ばれた縁に感謝を、という芯が、シリーズを通してある。
浜本 私は、このシリーズは、この巻で初めて読んだので、若干話が分かりづらかったです。特に、糸と銀太の関係に、どういう流れがあったのかがわからないと、ちょっと物語に入りづらい。シリーズの既刊を読んでいる前提で書かれているので。
吉田 あぁ、確かに。せめて、直前の四巻だけでも読んでいたら、分かりやすかったかも。
江口 私は、主人公の名前が「糸」というのがいいと思いました。
吉田 人との「縁」の話で、「糸」。
江口 そうなんです。
編A それを言うなら、『横浜コインランドリー』の、コインランドリーの店長さんは「新井」さんです。
浜本 おぉ、そうだ!
吉田 芸が細かい! あと、このシリーズの良さは清潔感があることかな。縁切りという生々しいテーマを扱っているのに、どろどろしていない。
浜本 子どもたちの描写がいいよね。
吉田 そうなの、そうなの。ちょっとおしゃまなお奈々とかね、いいんですよ。
江口 次にいきましょう。近藤史恵さんの『ときどき旅に出るカフェ』です。
吉田 これ、単行本が2017年に刊行されていて、文庫版が出たのが2019年。
浜本 奥付を見ると、21刷。すごいですよね。
吉田 ロングセラーですよ。私は初期の頃から近藤さんを読んでいるんですが、近藤さん、全部いいんです! 『ときどき旅に出るカフェ』は、37歳・独身のヒロインが、ある日ふらっと入ったのが「カフェ・ルーズ」。タイトルは、このカフェのオーナーが、頻繁に海外に出かけることからきています。もうね、カフェで供される異国情緒たっぷりのメニューが、どれもこれも美味しそうで、美味しそうで。
浜本 このカフェは、年齢的にも色々と揺れているヒロインがくつろげる、ある種救いの場になっているんですよね。
吉田 そう、そう。
江口 『横浜コインランドリー』同様、止まり木のような場所なんです。
吉田 カフェの物語としても読ませるんですが、基本がコージー・ミステリーというところが素晴らしい。
浜本 章ごとに、日常のちょっとした謎を絡ませているんだよね。
吉田 全部いいのだけど、「月はどこに消えた?」がとりわけ。巧いなぁ、と唸らせます。
浜本 謎を解くのがカフェのオーナーなんですが、そのオーナーの素性というか、彼女はいったい何者なんだろう? というのも謎になっていて、そこがまた読ませる。
吉田 うん、うん。
江口 本当、巧いですよね。日常の小さな謎があり、それを解決していくんですが、そこにもう一つ絡んでくるのが異国の料理たち、つまり非日常の料理。この、日常と非日常の対比が絶妙だと思いました。
吉田 登場する料理たちで、ちょっとした旅気分が味わえるのもいいんですよ。知らない料理が出てくると、むむっ、となって検索したりしました。
江口 3冊目にいきましょう。岩井圭也さん『横浜ネイバーズ』です。こちらは、横浜つながり、ということで選びました。
吉田 めちゃくちゃ個人的な話なんですが、私、この本を読む直前に、物語の舞台となっている中華街に行ったんですよ。お芝居を観た帰りに、ちょっとぶらぶら歩いて、一人飲茶をしたんです。その後で読んだので、臨場感増し増しでした。
浜本 中華街をよりリアルに感じられた、と。
吉田 町の雰囲気や空気感が、あぁ、これ、これ! ってなった。
江口 参考図書を探している時に、タイトルに「横浜」とあるから、くらいの軽い気持ちで手に取って読んでみたら、これがなかなか読ませる作品でした。
吉田 これ、シリーズの一作めなんですよね。
江口 そうです。今度出るのが5冊目になります。
吉田 『横浜コインランドリー』とはまたちょっと違った横浜がありますよね。
浜本 中華街が舞台だからね。これ、帯に「令和版IWGPだ!」と書かれているんですが、言い得て妙ですよね。
江口 そう思います。
吉田 池袋西口にはマコトがいて……。
浜本 横浜中華街にはロンがいる。
吉田 主人公の名前が小柳龍一で、みんなからロンと呼ばれている、という。そして、本人は嫌がっているんだけど、人呼んで「山下町の名探偵」。
浜本 祖父がやっている四川料理の店を継ごうと思っていたのに、祖父が閉店を決めてしまう。やりたいことも将来の夢もなく、ぷらぷらしているロンのもとに、何故か中華街にかかわるトラブルが持ち込まれてくる。
吉田 ロンは、脱力系というか、覇気はない(笑)。でも、なぜか仲間に助けられて、そのトラブルを解決してしまう。ロンの兄貴分のような男性が刑事だったり、幼馴染みで、今は引きこもっているけれど、腕のいい美少女ハッカーとか、ご都合主義的なところもあるにはあるのだけど。まぁ、マコトにキング・タカシがいるような感じなのかも。
浜本 扱われているテーマはヘビーなんだけど、なんというか軽やかさがある。
編C 横浜には、濱マイクがいるわけで、彼へのオマージュがあるんじゃないでしょうか。
一同 おぉ!
吉田 濱パイセン!
浜本 濱マイクは基本一人で行動するけれど、ロンにはマツ(趙松雄)というバディがいて、バディ小説でもあるんだよね。そこもいいな、と。
江口 純粋に町を描くということで言えば、『横浜コインランドリー』よりも、こっちのほうが横浜らしさは出ていると思います。
吉田 確かに。
浜本 同じ横浜にいても、茜と真奈は、ロンたちとはすれ違わない気がしますね。
江口 なんというか、レイヤーが違うんですよね。
吉田 あぁ、なるほど。
江口 ではこの辺で、『横浜コインランドリー』を本選に残すかどうか決めたいと思いますが、どうでしょうか?
浜本 残していいと思います。
吉田 同じくです。
江口 私も賛成です。それでは、『横浜コインランドリー』は、グランプリ候補とします。
プロフィール