エア本屋・いか文庫の空想ブックフェア【第13回】知ってるデザイン、知らないデザインフェア
お店も商品も持たない「エア本屋」・いか文庫。
テレビにラジオに書店の棚に、神出鬼没のいか文庫が『小説すばる』誌上で開店しました!
第13回のフェアのテーマは「デザイン」です。
いか文庫 ◆ 商品もお店も無いけれど、毎日どこかで開店している「エア本屋」。店主(リアルでも書店員)と、イカ好きなバイトちゃん(ベトナム在住)、ほか3名とで、WEB、テレビなどで活動中。
店主 バイトちゃん。唐突ですが、「デザイン」はお好き?
バイトちゃん(以下、ちゃん)好きです!デザインが出来る人への憧れの気持ちもあります!
店主 私も!前から好きなデザイナーさんは追ったりしているけど、最近また別の視点でデザインが気になっていてね。というのも、これを読んだからなの。『デザインはどのように世界をつくるのか』。マイクロソフトなどで働いてきたデザイナー、スコット・バークンさんの本です。
『デザインはどのように世界をつくるのか』
スコット・バークン著 千葉敏生訳(フィルムアート社)
ちゃん 別の視点?
店主 デザインが何のためにあるのか?って、そもそもの話を考えさせてくれるんだ。デザインは見た目を良くするものだって思っていたんだけど、でも実はそれだけじゃないってことに気付かされたの。
ちゃん おしゃれなものがデザインだと思っちゃってました。だから多少使いづらくてもいいやって。そうじゃないんですね?
店主 使いづらくてもOKなデザインというものも存在するようなんだけれど、でも、どういった問題を解決したいのか?とか、誰にどう使ってもらいたいのか?という疑問や課題を持つことが何より大切ってことが、実例とともに語られていくの。
ちゃん なるほど。どんな実例が載っていたんですか?
店主 冒頭から驚いたのは、「セグウェイ」問題。作ることに集中し過ぎてしまったために、人の移動手段として何が重要か?を見失って、死亡事故を招いてしまったんだって。知ってた?
ちゃん 空港で警察官がセグウェイに乗っていると未来的!といまだに感動します。でも大事故があったとは……
店主 とある空港では、手荷物受け取りの待ち時間が長いという苦情を解決するために、あえて、受け取り場所を到着ゲートから一番遠い場所に移動したって。結果、苦情が来なくなったと!全てにおいて完璧なデザインを作るということじゃなく、目的解決のためにデザインするっていう思考が、すごく良くわかった気がするよ。
ちゃん 目的に真っ先にたどり着けばいいというわけでもないんですね。
店主 それでね、メッセージを伝える時のフォントの話も少し出てくるんだけど、それで思い出したのが、『深夜特急』の装丁とか、オリジナルのフォントで有名な平野甲賀さんです。
ちゃん 私は平野さんの描き文字が好きで、展覧会やイベントにも足を運んだことがあるのですが、『平野甲賀100作』という電子書籍のみで販売されている本を先日購入したんですよ!
『平野甲賀100作』平野甲賀(ボイジャー)
店主 それ気になってた!どうだった?
ちゃん 前半は本の装丁や展覧会用に作成された描き文字100作がビジュアルで紹介されていて、後半は平野さんがイベントや書籍で語った“描き文字”への思いが収録されています。装丁に使われる描き文字は、本の中身やキーとなる部分を表現しているんだとばかり思っていたんですが、中身を読み込むよりも、まずは直感を大切にしていると。
店主 へぇ!それは意外だった。
ちゃん 編集者や著者と世間話をして、どんな人たちがどんなものを作りたいのかを探ることを重要事項にしているとも。本に携わっている人たちのことを頭に思い浮かべて、それからやっと技術的な部分に落とし込んでいくんだそうです。
店主 なるほど!
ちゃん 改めて平野さんが文字を手がけた装丁をじっくり眺めてみたくなりました。
店主 ほんとだね。その人らしい世界観、と言えばもう一冊、良い本があってね。浮世絵師、葛飾北斎の絵を「グラフィックデザイン」の視点から分析した、戸田吉彦さんの『北斎のデザイン』です。
『北斎のデザイン』戸田吉彦(翔泳社)
ちゃん デザイン視点で見る北斎?気になります!
店主 でしょ?かの有名な「冨嶽三十六景」って、実は、「三ツ割の法」っていう遠近法の構図法が、ほぼ全ての作品に使われてるんだって。
ちゃん 江戸時代にそんな技法、どこで学んだんだろう……。
店主 自分で編み出したようなんだけど、他にも、「対角線」「曲線」「反復」「高低差」などなど、あらゆる技法を緻密に取り入れて描かれていたんだそう。驚愕の事実だよね。
ちゃん そう言われて絵を見てみると、パソコンのグラフィックソフトを使って描いているんじゃないかと思ってしまうほどですね。
店主 ほかにも、「北斎ブルー」って呼ばれる色を使ったり、独特なぼかしを描いたり、紋様を自分で描いたり……見たままの魅力はもちろん、デザイン的魅力も底知れないってことを思い知らされるんだ。ゴッホや、アール・ヌーヴォーの画家たちに影響を与えたことは有名だけど、ムーミンの生みの親トーベ・ヤンソンも、「北斎漫画」を見て育ったそうだよ。
ちゃん すみだ北斎美術館にいつか行ってみたいので、行く前にこの本を読みます!
店主 うんうん、読んでから行くと、さらに楽しめそう!って、本の話に夢中になっちゃってたけど、今回のフェアのテーマは「デザイン」でいいかしら?
ちゃん もちろん!服のデザインにまつわる、寺地はるなさんの『水を縫う』という小説もフェアに入れたいです!
『水を縫う』寺地はるな(集英社)
店主 そっか、ファッションもデザインだもんね。いいね!
ちゃん 手芸が好きな高校生男子が、結婚を控えた姉のためにウェディングドレス作りに挑戦するという物語です。そもそもなぜ作ることになったかというと、かわいくて華やかなものが苦手な姉の着たいと思えるドレスが貸衣装屋で見つからなかったからなんです。
店主 そっか、女性だとか男性だとかで、デザインの趣味が決められるわけじゃないもんね。
ちゃん それで、弟はドレス作りを始めるのですが、姉が望むドレスのデザインには簡単にはたどり着けなくて行き詰まってしまって……。そんな時にとある人々から服のデザインに何よりも大事なことを教えてもらうんです。
店主 何よりも大事なこと……なんだろう……。
ちゃん その大事なことは、ぜひ小説を読んでみてください!私のベトナム生活の楽しみの一つは、巨大な布市場に行って好きな布を選んで、服を仕立ててもらうこと。布代300円、仕立て代1,000円くらいで、オリジナルのシャツなどを作れるんですよ。
店主 へぇ!イメージ伝えるの、ちょっと難しそうだけど、楽しみでもあるね。
ちゃん そう、ファッションデザイナー気分を味わえます(笑)!ただしっくりこないことも時々あって、その原因がこの小説を読んでわかったので、次に作る時に活かしてみようかと。デザインにまつわる本として紹介したいのはもちろん、自分の好きを貫くことの大切さを教えてくれる一冊でもあります。
店主 バイトちゃんならではの、ベトナムのデザイン事情も知りたいな。
ちゃん ベトナムの建築デザインはフランス植民地時代の影響を大きく受けているので、街並みが西洋のように感じることもあります。アート類は国の検閲が入るので、前衛的な表現が自由にできていないんじゃないかな?というのが私の推測です。
店主 そうなのか。それはまた奥深そうだね。世の中にはデザインが不可欠だし、いろんなデザインがあるから、自分の目線と感覚で楽しんだり使いこなしたりしたい!それが伝わるフェアにいたしましょう!
※本記事は『小説すばる』2021年6月掲載分です。第14回は『小説すばる』2021年7月号誌面にて掲載予定です。(http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/)