エア本屋・いか文庫の空想ブックフェア【第9回】 SF初心者(いか文庫)のためのSFフェア
お店も商品も持たない「エア本屋」・いか文庫。
テレビにラジオに書店の棚に、神出鬼没のいか文庫が『小説すばる』誌上で開店しました!
第9回のフェアのテーマは「SF」です。
いか文庫 ◆ 商品もお店も無いけれど、毎日どこかで開店している「エア本屋」。店主(リアルでも書店員)と、イカ好きなバイトちゃん(ベトナム在住)、ほか3名とで、WEB、テレビなどで活動中。
店主 バイトちゃん、この間お勧めした迷子さんのマンガ『プリンタニア・ニッポン』読んだ?ペットをプリンターで出力できる未来、柴犬を作るつもりが、機械の不備で丸くてもちもちした生き物が生まれてしまうってとこから始まるマンガ。
バイトちゃん(以下、ちゃん) 読みましたよー!娘といつもスライムで遊んでいるので、あのもちもちはスライムみたいな触り心地なのかなぁ?って想像してしまいました。触れてみたくて仕方がありません!
『プリンタニア・ニッポン』迷子(イースト・プレス)
店主 私も〜。それにその生き物の管理だけじゃなく、人間が生活するための環境がすべてコンピューターのようなもので管理されているっていうのが、不思議で新鮮で面白いって思わなかった?
ちゃん 思いました!ちょっと息が詰まりそうだなっていう半面、登場人物たちは案外のほほんと生活していましたね。現実とそうじゃない世界を漂っているような。
店主 うんうん。それにしてもさ、今使っているスマホの存在がまず、自分が生まれた時と比べたら超未来の世界じゃない。だから、このマンガのような未来もあっという間にやって来るような気もするよね。
ちゃん なんだかワクワクしますね。この作品を読んでから、SFに少しずつ興味が湧いてきました。
店主 そうだね。それで私、前から気になってた別の本も読んでみたの。
ちゃん さっそく!どんな本ですか?
店主 雑誌の『WIRED』だよ。今年(2020年)の6月に発売になった「SF」をテーマにした号です。
『WIRED VOL.37』Condé Nast Japan(プレジデント社)
ちゃん WIREDといえばテクノロジーのイメージが強いけど、SFがテーマの号があったとは。
店主 日本でも新型コロナウイルスが猛威を奮い始めた時期に作られていた号だと思うんだけど、SFにちなんだ著名人たちが集結してるんだ。インタビューも、対談も、短編小説もあって、盛りだくさん!
ちゃん ずっと家にこもっていた数ヶ月間、思考がつい内向きになってしまっていたから、これを読みたかった!
店主 なるほどそういう発想ができるのかって、目から鱗がボロボロ落ちたよ。特に想像しやすくって、読後思わずうなっちゃったのが、上田岳弘さんの短編小説。世界が「物理世界」と「非物理世界」に分かれていて、人類がそれを自由に行き来できる世界の話なの。
ちゃん 物理世界と非物理世界を行き来って、例えばどういうことでしょう?
店主 普段は、今の私たちのような生身の人間で生活しているんだけど、ロックダウンすると、「非物理世界」のアバターみたいな自分に切り替えることができて、リアルな人間と同じような普通の生活ができる……っていう説明で伝わる?
ちゃん VRの世界みたいな……?
店主 あ、うん、そんな感じかな。しかも、非物理世界で起きたことは、物理世界にちゃんと反映されるから、戻ってきてもズレみたいなものが起きないの。
ちゃん ふむふむ。
店主 でも逆に、そういう世界だからミニマム化も進んでいて、物理世界で必要とされているものって、本当に必要なの?みたいな思考も出てくるの。納得できるし、そしてそれが、今年起きたこととの地続き感もあって……。
ちゃん なるほどー。テクノロジーとSFの組み合わせって、ちょっと難しそうだなと思ったけど私にも読めるかな?
店主 あ、じゃあ今回は、「SF初心者のためのフェア」の妄想にしない?
ちゃん おぉ!今までほとんどSFを読んだことがない私のような人でも、手に取りやすい本を並べたいなぁ。
店主 いいね!バイトちゃんは、ほかに並べたい本、ある?
ちゃん いか文庫のSFフェアをやるなら、欠かせない作品があって。その名も『イカ星人』!
『イカ星人』北野勇作(徳間書店)
店主 わー!出たー!(笑)
ちゃん えへへ。表紙のインパクトもすごいでしょ?
店主 うん、イカだらけ!
ちゃん 売れないSF作家の主人公がコンビニでバイトを始めるんですが、その店がイカ星人の秘密工場に繫がっていた!という、北野勇作さんの小説です。
店主 何をつくってるの……?
ちゃん 主にはイカソーメンなどのイカ製品……のはず……。主人公はコンビニバイトを始めて以降、不思議な出来事に巻き込まれていくんです。食べるものが全部イカの味しかしないという人に出会ったり、生きているように動くイカソーメンに足を摑まれて、襲われそうになったり。
店主 内容もイカだらけなのか……。
ちゃん フード付きの服が世の中で流行し始めるんだけど、それを着ている人はイカが化けた人間だという噂が流れたり。どの章にもイカ、イカ、イカ。イカに支配された世の中が舞台の小説です。
店主 いか文庫のためのSFだ!
ちゃん 私はイカが好きだから、日常生活でやたらとイカが目に入ってきたり、イカのダジャレを思いついたりしますけど。それもこれも、イカ星人に取り憑かれているからなんじゃ?と思えてきますよ。
店主 ひ〜!でも、SFに興味が湧いている今なら全然受け入れられる説だわ!あ、あともう一冊。東京幻想っていうイラストレーターさん、知ってる?
ちゃん うちの夫がTwitterでこの方の絵を見つけた時、ゲームの世界みたいと感動していました!
店主 あ、そうそう、実際にゲームの背景制作をしている方でもあるんだよ。フェアで取り上げたいのは、その名も『東京幻想作品集』っていう本。東京のあらゆる場所を「廃墟化」させたイラストの作品集で、表紙は新宿駅南口の絵なんだけど、駅の前の道路が抜け落ちて、地下にある駅のホームが見えてしまっている……っていう絵なの。
ちゃん 本当だ!見えてる!
『東京幻想作品集』東京幻想(芸術新聞社)
店主 でもね、ただ廃墟化しているっていうわけでもなくて、建物に植物が生えていて、水没しているけれど水がきれいに澄んでいて、動物もいたりする。明るい光が差している作品も多いから、絶望感だけじゃないんだよね。
ちゃん どこも日本にいた頃、馴染みのあった場所だ。確かにうっすらとした明るい希望も感じられるような絵ですね。
店主 そうそう。東京駅、六本木ヒルズ、渋谷109前……。東京に住んでいなくても、あ、見たことあるっていう風景だし、いろんな想像を搔き立てられるところも、ゲームとかSFの世界観だよね。
ちゃん いつ日本に帰れるかわからない今の状況だと、私がいない間に日本が変わってしまったらどうしよう?って、妄想を繰り広げてしまうことがあるんです。それに今は自然の多いところに住んでいるので、次に日本へ帰国する頃には東京がSF世界に見えるかもしれません。
店主 たしかに!でも、東京も様変わりしてる一方で、上海とか深圳とかドバイとかはさらにSFの世界みたいになっていっているよね。
ちゃん (検索)うわ!ほんとだー!世界はもっとSFだ〜〜〜!
店主 SFって、現在とかけ離れたことってイメージだったけど、実はすぐ側にあることなのかも。今年は特にそう感じられる年だったね。
ちゃん そうですね。今だからこそ心に響く風景でもあるなと私も思いました。イカを題材にしたSF小説コンテストなどを同時にやってみるのはどうでしょう?
店主 いいかも!新しいイカの世界が広がりそうだね。楽しみ!
※本記事は『小説すばる』2020年1月掲載分です。第10回は『小説すばる』2021年2月号誌面にて掲載予定です。(http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/)