エア本屋・いか文庫の空想ブックフェア【最終回】 ハマってるもの教えて!フェア
お店も商品も持たない「エア本屋」・いか文庫。
テレビにラジオに書店の棚に、神出鬼没のいか文庫が『小説すばる』誌上で開店しました!
最終回のフェアのテーマは「ハマってるもの」です。
いか文庫 ◆店主(リアルでも書店員)と、イカが大好きなバイトちゃん(ベトナム支社)、バイトぱん(東京支社)、バイトもりもり(関西支社)、バイトいも(イギリス支社)の計5名で活躍中のエア本屋さん。
店主 今日は久しぶりに全員が集まっての企画会議だね。よろしくお願いします!
バイトぱん(以下、ぱん) 本当に久々で嬉しいです!
バイトちゃん(以下、ちゃん)&バイトもりもり(以下、もり) よろしくお願いします!
店主 来年、いか文庫もついに開業10周年。いや〜ほんとうにあっという間だったね。
ちゃん エアのまま漂い続けて丸10年!
もり バイトぱんと私が入社してちょうど5年くらいですよね。
ぱん それでも色々あったので、そう考えると10年はすごいです。
店主 同じテーマで選書をしても被ることがないくらい、個性がバラバラなメンバーっていうのも面白いよね。それに年月を経て、みんな環境や好きなものがどんどん変わって行ってるから、いか文庫自体も自由自在に変化している気がする。 あ、じゃあさ、「今現在ハマっていることに関する本」を集めたフェアをやってみない?
もり&ちゃん 賛成です!
ぱん 私はコロナ禍になって海外旅行はもちろん、外食すらなかなかできなくなってしまったので、いろんな国のごはんの本を読みまくっていたんですが、この『MY FAVORITE ASIAN FOOD』がすべての欲望を叶えてくれたんですよ!
『MY FAVORITE ASIAN FOOD』インセクツ編集部(LLCインセクツ)
店主 すべての欲望ってすごい(笑)。表紙がカラフルでかわいいけれど、どんな本なの?
ぱん 日本、台湾、韓国、香港のイラストレーターが、自分の好きなアジアご飯を描いて、ちょっとしたエピソードを添えて紹介しているんです。
店主 バイトぱんが特に気に入った国と作品は?
ぱん 日本の、ごく普通の家庭のコロッケを紹介してる、「たにこのみ」さんの作品です。実家に帰ったら必ず出てくるカレー味とプレーン味のコロッケのお話で、素朴なイラストも相まってすごく印象に残っています。食べ慣れた実家の料理もやっぱりいいなって思いました。
店主 実家への帰省すらできてないもんね。懐かしい味も食べたくなるの、わかるな〜。実際に作ったりもしたの?
ぱん 作……れはしないので、出前でいろんな国の料理を注文してみたりしました。
店主 エアグルメ旅行!
ぱん いつかリアルに、ベトナムにバイトちゃん一押しのフォーを食べに行きたいですね!
ちゃん 朝に食べる「朝フォー」が最高なので早起きしていきましょう。
店主 絶対行こう!ところでバイトちゃんは何にハマってる?
ちゃん 私は最近、Aマッソという芸人さんが好きになって、そのネタ作りをしている加納愛子さんの『イルカも泳ぐわい。』というエッセイを読みました。
『イルカも泳ぐわい。』加納愛子(筑摩書房)
ぱん 加納さん、TVでもよく見かけます。どういうエッセイなんですか?
ちゃん 絵本『おおきなかぶ』で最後にかぶを抜くのに貢献したネズミの引きの強さを現代社会に置き換えて考えてみたり、幼少期の水遊び中に兄と友達が発した言葉がどんな口触りなんだろう?と想像することから、何者かに扮するコントについて考えたり……。
店主 私はまったく知らなかったんだけど、なんだか、考えることが深そうな人だね。
ちゃん 読者をコントのような世界に誘ってくれることもあれば、知らぬ世界へ放り出されることもあります。「不必要なものだけを堪能できるようになれば、それは最高の娯楽になるはずだ」というのが彼女の信念で、その不必要で「何言うてんねん!」としか言いようのない笑いに、私は自粛生活の中で何度も救われてきました。
もり かっこいい!私はお笑いをそういうふうに捉えたことがなかったです。
ぱん 私は必要なものばかりを集めてたなぁ。読んで不必要なものを取り戻したいです。
店主 もりもりは?最近何にハマった?
もり 私は、ハマったというか癒されている本がありまして。菅啓次郎さんの『本は読めないものだから心配するな』というエッセイです。
『本は読めないものだから心配するな』管啓次郎(ちくま文庫)
店主 「本は読めないもの」って、どういうことだろう?
もり 本は無数にあるから、買ったのに読めていない本がたくさんあるのは当たり前だし、本を読んでもどんどん忘れていってしまうのも当たり前。でも、それでいいんだよ、という意味です。
ぱん いろんな「読めない」が込められてるんですね。
もり 出だしで「本に『冊』という単位はない。とりあえず、これを読書の原則第一条とする」と言い切っているのが印象的で。読んだ数を誇ったりすることに意味は無くて、自分の中でその本がどんなふうに反響して、私自身がどこにむかうかが大事なんだと言ってくれるんです。それに、古今東西のさまざまな本や作家さんも紹介されていて、読んでみたい本がどんどん増えてくる、素晴らしいブックガイドでもあります。
ちゃん 私はリアル本屋で働いたことがないし、いか文庫のお客さんの方が圧倒的に本を読んでいるから、申し訳なさを感じることがあるんだ。でもこの本を読んだら、背中を押してもらえそうな気がする。
店主 本が自分にどう影響するかということで言うと、私が本の仕事をしていこうと決めるきっかけになった1人、向田邦子さんに最近またハマってるよ。私がいろんな媒体で「向田さんのファンだ」と話したことに目を止めてくれた方々から、立て続けにお仕事の依頼が舞い込んだの。
ちゃん 10年前には想像できなかったお仕事。好きなものを好きと言い続けて繫がった嬉しい依頼ですね!
店主 ほんとうだよねぇ。それで、一番思い入れのあるエッセイ『父の詫び状』を読み返したりしてるんだ。
『父の詫び状』向田邦子(文春文庫)
もり 店主にとって向田さんの魅力ってどんなところですか?
店主 1つは文章かな。淡々としていてスルスルと読めるのに、ちゃんとグッとくるものを感じるというか。
ぱん 時代を感じさせない読みやすさがありますよね。
店主 全く違う時代を生きているのに不思議だよね。それに、クスッと微笑んでしまうチャーミングさにもやられちゃうの。
もり 向田さんって凜としてかっこいい女性、というイメージでした。
店主 うん、確かにそういう面もあるね。でも、例えば、飲み屋の汲み取り式トイレにカバンを落として、店中が大騒動になっちゃった話があって。帰り道、カバンが臭っていることを知らないタクシーの運転手さんが言った「東京は人が多いから、こやし汲むのも夜にやるんですね」って言葉でその話を締めるの。読者は読み終えた後に、向田さんの気まずい表情と感情を想像して笑っちゃう。
ぱん すっごくお茶目!そんな楽しいエピソードもあるんですね。
もり 向田さんの作品が今も愛されて読まれ続けている理由がわかった気がします。
店主 これからのいか文庫も、ハマるもの、好きなものふくめていろいろ変わっていくだろうけど、長く愛されたいね。11年目は、今までのことも振り返りつつ、これから先のいか文庫のことも考えていきましょう!
ちゃん イカのように柔軟に!
ぱん どんなことができるか楽しみです!
もり 11年目も、楽しんでいきましょう!
※本記事は『小説すばる』2021年12月掲載分です。