クリティカル・ビジネスを生み出していくために
いよいよ新著の「クリティカル・ビジネス・パラダイム」の発売が明日に迫りました。
いつものことなのですが、僕が本を書くときは、実際に出版する本の1.5倍くらいの分量をいったん書き、仕上げる過程でそれを大幅に刈り込んでシャープにしていくということをします。
で、その刈り込んだ部分がどうなるかというと・・・一応は知的資産として講演やらコンサルティングで用いられるわけですが、やっぱりなかなかもったいないなという部分もあり、これからNOTEで共有していきたいと思います。
ということで、以下は「クリティカル・ビジネスを日本の社会から生み出していくために」という章で、最終的にカットしてしまった「組織にとってのチャレンジ」の部分です。
こうやって読んでみるととてもいいこと書いてあるな・・・勿体なかったか?
===以下が削除した部分===
組織にとってのチャレンジ
ここからは、クリティカル・ビジネスを日本社会から生み出していくにあたっての「組織にとってのチャレンジ」について考えてみましょう。
特に日本社会における企業組織について考えてみた場合、組織には次の三つのチャレンジが求められると思います。
アファーマティブ・ビジネスからの離脱
アジェンダの明確化
ネガティブ・ケイパビリティの取り込み
順番に行きましょう!
1. アファーマティブ・ビジネス・パラダイムからの離脱
クリティカル・ビジネスを社会から生み出していくための組織にとっての最初のチャレンジが「アファーマティブ・ビジネス・パラダイムからの離脱」になります。
この点についてはすでに本書の前半でも触れましたが、データと分析を用いて論理的に市場機会を見出し、合理的な計画を作成してビジネスを作り出すという、古典的な事業創造アプローチではクリティカル・ビジネスを生み出すことはできません。
クリティカル・ビジネスが原理的に顧客や市場のトレンドに対してカウンターとなる提案を行い、市場にかしづいておもねるのとは真逆に、むしろ市場を教育・啓蒙するという要素が含まれている以上、市場や顧客を起点に考えるアファーマティブ・ビジネスのパラダイムは宿命的にクリティカル・ビジネスのパラダイムと対立します。
しかしでは、どのようにして、私たちは呪いのようにして私たちに絡みついているアファーマティブ・ビジネスのパラダイムから自分達を解くことができるのでしょうか?
アファーマティブ・ビジネスの方法論の体系である経営学には百年にわたる知的蓄積がありますが、クリティカル・ビジネスは勃興しつつある新しいパラダイムであり、依拠できるような体系的な方法論は未だ整備されていません。
しかし、そのような状況の中でも、サラスバシーの提唱する「エフェクチュエーションの理論」は、クリティカル・ビジネスの実践に有用な洞察を与えてくれるのではないかと思います。
エフェクチュエーションとは
バージニア大学の経営学者、サラス・サラスバシー教授は、多くの成功した起業家を観察・分析することによって、彼らの思考・行動様式が、従来のビジネス・スクールで教えられていた伝統的なビジネス・プランニングの公式や定石とは著しく乖離していることに気づき、これを「エフェクチュエーションの理論」としてまとめ、提唱しています。
サラスバシーは、このエフェクチュエーションのコンセプトに対置して、従来のビジネススクールで教えられていた古典的な公式や定石をコーゼーションと名付け、両者を対となるようにして次のように整理しています。
エフェクチュエーションもコーゼーションも日本人にとっては手触りのない言葉でイメージがわきにくいかもしれません。あえて意訳すれば、
コーゼーション=計画的・因果論的アプローチ
データと論理を元に市場の大きさと構造を予測し、その予測を実現するために最適な計画を策定、実現を目指すアプローチ
エフェクチュエーション=適応的・創発的アプローチ
手元にある資源をもとに、許容できる損失の範囲内でまずやれることをやった上で、状況の変化をポジティブに取り込んでいくことを目指すアプローチ
ということになります。
より具体的には、サラスバシー自身は、メタファーを用いて、コーゼーションとエフェクチュエーションの違いを次のように対比しています。
一番のポイントは「市場機会に関する考え方の違い」にあります。
これまで古典的な競争戦略、マーケティング理論の中では、市場機会は「発見され、利用される」ものだと考えられてきましたが、エフェクチュエーションの理論において、市場機会は、その事業に携わる人の人生観と価値観に基づいて「紡ぎ出される」のです。
市場調査を信じない
したがって当然のことながら、エフェクチュエーションに長けた百戦錬磨の起業家は、アファーマティブ・ビジネスの世界で重んじられる市場に関するデータを信用しません。著作から引きます。
なぜ成功した起業家たちは未来予測に頼らないのでしょうか?
エフェクチュエーションという方法論が原理的に未来予測に頼る必要性を持たないからです。思考の立脚点を因果論=コーゼーションに置けば、何をどれだけコントロールできるかは、どれだけ未来を正確に予測できるかにかかってきます。
一方で、思考の立脚点を適応論=エフェクチュエーションに置けば、コントロールできる範囲内であれば、未来を予測する必要はそもそもありません。
適応論的アプローチは、哲学の概念としてはプラグマティズムに該当します。プラグマティズムはもともと、19世紀の米国の哲学者、ウィリアム・ジェームズが唱えたコンセプトですが、近年、あらためて社会科学の研究者のあいだで関心が高まっており、米国ではリバイバルとなる著作の出版が続いています。
このトレンドは、現在の世界でどのような知的ツールに対するニーズが高まっているかをよく表しているように思います。
あまり言及されないことですが、プラグマティズムを生み出した国が米国であることと、20世紀後半において数多くのイノベーションが米国によって主導されたことには深い関係があると考えています。
プラグマティズムには規範的なコンセプトがありません。問題となるのは「何が真実であるか」ではなく「何がうまくいき、何が役立つか」です。うまくいくのであれば、それで「Anything Goes!」なのです。
このマインドセットはクリティカル・ビジネスのアクティヴィストに共通してみられるものです。彼らは、過去の世界によって生み出された規範に従って是非を判断するのではなく、いま自分の手元にあるもので何が使えるか、何が役に立つかを考えます。だからこそ彼らは常に未来志向なのです。
エフェクチュエーションの特徴
エフェクチュエーションの主な特徴は、利用可能なリソースと能力から出発し、目標を段階的に設定していく点にあります。
このアプローチでは、起業家は最初から具体的な計画を設定するのではなく、彼らが持つリソースやネットワークを活用し、それらを基に次第に事業の方向性を定めていきます。これにより、不確実性の中でも柔軟に対応し、機会を最大限に生かすことができるとされています。
この思考・行動様式は、クリティカル・ビジネスのアクティヴィストにも共通して見られるものです。より具体的に、サラスバシーによれば、エフェクチュエーションのアプローチには次のような原則があります。
1. 手中の鳥の原則(Bird in Hand Principle):
起業家は、既存のリソースと能力から出発して、何が達成可能かを探求します。つまり、「私には何があるのか?」と自問自答することから始めます。
2. 許容可能な損失の原則(Affordable Loss Principle):
リスクの代わりに損失を考慮します。大きなリスクを取るのではなく、失っても許容できる範囲内の損失に焦点を当てます。
3. パッチワークのキルトの原則(Patchwork Quilt Principle):
競争よりも協力とパートナーシップを重視し、ステークホルダーとの共創によって新しい機会を創出します。
4. レモネードの原則(Lemonade Principle):
予期せぬ出来事や誤算を機会と捉え、柔軟に対応することで、それらを利益に変える能力を意味します。
5. パイロット・イン・ザ・プレーンの原則(Pilot in the Plane Principle):
未来は予測するものではなく、起業家自身によって形作られるという考え方です。自分の行動が未来を形作るという認識を持ちます。
これら、エフェクチュエーションの創発的なアプローチの一方で、古典的なコーゼーションでは計画的なアプローチを取ります。
このアプローチでは、市場調査によって見出された市場機会が先に設定され、その目標を達成するために必要な手段やリソースを計画的・論理的に特定します。このプロセスは予測に基づいており、市場分析やビジネス計画の策定などを通じて、リスクを管理しようとします。
エフェクチュエーションとコーゼーションの主な違いは、目標の設定とリソースの活用方法にあります。
エフェクチュエーションは「手元にあるもので何ができるか」を問い、コーゼーションは「目標を達成するために何が必要か」を問います。エフェクチュエーションは不確実性が高い状況や新しい市場での起業に適しているとされ、コーゼーションはより安定した市場環境や既存のビジネスモデルで効果的です。
サラスバシーによれば、これらのアプローチは相互に排他的ではなく、状況に応じて両方を組み合わせることが可能です。起業家は、自身のビジネスの性質や市場の状況を考慮し、エフェクチュエーションとコーゼーションのどちらか、あるいは両方を適宜活用することが求められます。
2. アジェンダの明確化
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?