若者よ、声を出そう

先日のNOTEでは日経のこちらの記事を引きながら「経験に頼る」ということの危険性について指摘しました。

こうやってあらためてこのデータを確認すると、企業や組織における重大な意思決定のすべてが、50代以上の「数的思考力の低下した人々」によってなされていることの危なっかしさに思いを至らせます。

加齢によって私たちの流動性知能は30代以降に低下するということはわかっていましたが、よほど意識的になって思考力を高める・・・・あるいは低下を最低限度に食い止めるための努力をしないとまずい、ということですが・・・本記事では、もう一つのアプローチについて考えてみたいと思います。

それは「若者に考えてもらい、発言してもらう」ということの重要性です。

もし、数的思考力が加齢によって低下することが抗えないのであれば、そもそも不得意なことを頑張ってやるよりも、得意な人にやってもらうというのが自然な考えだということもできるでしょう。

これはつまり、多様性に関する問題とも言えます。若者には確かに経験も知恵もないかもしれませんが、一方で数的思考などの流動性知能を持っているのであれば、年長者と若者の強みをそれぞれ活かすということの方が、発想としては健全だとも言えます。

しかし、ここに大きな壁があります。航空機の事故を題材にして、この問題nについて考えてみましょう。

大韓航空801便の悲劇

1997年8月5日、事故調査委員会の残した記録によると夜7時過ぎ、その5時間後に墜落炎上することになる大韓航空801便のコクピットクルーである機長、副操縦士、航空機関士の三名は、空港の運行管理センターで顔を合わせ、人生最後となるフライトブリーフィングを行っていました。

その後、8時30分に同機は空港ゲートを出発、順調にグアムへの飛行を続け、午前一時半になる少し前には雲間を抜けてグアム国際空港へ向けて降下を開始します。残されたフライトレコーダーには、このタイミングで乗務員が遠くに灯りを確認していることが残されています。 

航空機関士: あれはグアムの灯りですかね?
機長: グアムだよ。やっと着いたな。

しかし、結果から言えばこの灯りはグアムのものではありませんでした。この時点で空港はまだ30キロ以上も先で、空港の灯りが見えるはずがなかったのです。しかし、このタイミングで機長は「視認侵入する」と宣言します。

視認侵入する、ということは計器飛行ではなく、主に視覚に頼って着陸を行うということです。ジャンボジェットが離着陸する様な大型の空港には通常、着陸を支援するため、主に三つのガイドが設置されています。

基本的にはどれも指向性誘導電波を用いることで、航空機に対して滑走路との相対的な位置を把握させる仕組みになっています。機長が宣言した「視認着陸する」とはつまり、このガイドに頼らず、目視に頼って着陸を行うということです。

機長のこの宣言のあと、数分のあいだ続いた沈黙の後で、我々は副操縦士と航空機関士による、独り言のような奇妙な発言を耳にすることになります。

午前01時17分31秒 副操縦士 :もっと雨が降ってそうだな、空港のエリアは午前01時25分47秒 航空機関士 :機長、気象レーダーはとても有用ですね

 これらのコメントに対して、機長は反応していません。その後、機長からはこの様な命令が発せられます。

午前01時41分48秒 機長 :ワイパーをオンに

 ワイパー!?そう、この日のグアム空港周辺には雨が降っていました。今、読者の皆さんはこう思っているでしょう。「雨が降っている中、視認着陸?」と。そう、恐らく副操縦士も航空機関士もそう思ったのでしょう。副操縦士はすぐにこう言っています。 

午前01時41分58秒 副操縦士 :滑走路が見えますか?

機長は滑走路を探しますが視認出来ません。その直後に地上接近警戒警報が電子音声で「地上まで500フィート(約150メートル)」と警報を発します。視認着陸のアプローチの最中、地上からわずか150メートルの高さを飛んでいて滑走路を視認出来ていないのです。

午前01時42分19秒 航空機関士 :だめだ、視認出来ない
午前01時42分20秒 副操縦士 :視認出来ない。ゴーアラウンド[1]
午前01時42分22秒 航空機関士 :ゴーアラウンド
午前01時42分23秒 機長 :ゴーアラウンド
午前01時42分26秒 〜爆発音とともにテープ終了〜

 [1] 着陸復行とも言う。着陸アプローチを中止し、再度上昇してから再び着陸を行うこと

同機は、グアム国際空港の1キロほど手前にある熱帯植物の茂った台地に激突。機体は一キロほど樹木をなぎ倒しながら横滑りして石油パイプラインを切断し、最終的に谷間に突っ込んで炎上し、乗客乗員254名のうち228名の命が失われました。 

大韓航空機はなぜ落ち続けたのか?

1970年代から1990年代の後半にかけての20年のあいだ、大韓航空は事故の多さで世界中に悪名を轟かせていました。

  • 1978年 大韓航空ボーイング707型機がソ連領空を侵犯、ソ連防空軍の迎撃機に銃撃を受け、不時着

  • 1980年 大韓航空ボーイング747型機がソウルで墜落

  • 1983年 大韓航空ボーイング747型機がソ連領空を侵犯、ソ連某空軍の迎撃機に撃墜される

  • 1987年 大韓航空ボーイング707型機が工作員の仕掛けた爆弾によりミャンマー沖で空中分解

  • 1989年 大韓航空DC10型機がリビアで墜落

  • 1989年 大韓航空ボーイング747型機がソウルで墜落

  • 1991年 大韓航空ボーイング727型機がパイロットのミスにより大邱国際空港に胴体着陸

  • 1994年 大韓航空エアバスA300型機が済州島に墜落

航空機事故の悲惨なイメージが催す認知バイアスにより、我々は一般に飛行機をとても危険な乗り物だと考えがちですが、実際に事故に遭遇する確率は非常に低いことがわかっています。

アメリカの国家運輸安全委員会(NTSB) の行った調査によると、航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.0009%となっています。一方で、例えば米国国内において自動車事故で死亡する確率は0.03%となっていますから、飛行機事故で亡くなる可能性はその33分の1以下ということになります。

この確率は、8200年間毎日無作為に選んだ航空機に乗って一度事故に遭うか遭わないかという確率ですから、まあ普通に考えて「まずない」といっていいでしょう。

ところが先述した通り、我々は「飛行機はとても危ない」という認知バイアスを持っています。その結果、例えば2001年9月のアメリカ同時多発テロ事件の後、アメリカ人の多くが民間航空機による移動を避けて自家用車による移動を選択したために、同年の10月から12月までのアメリカにおける自動車事故による死者の数は前年比で約1,000人も増加しています。

この「確率」、つまり乗っている飛行機が墜落して死亡する確率は、航空会社では「機体損耗率」と定義しています。一般に、先進国のエアラインの機体損耗率は0.2〜0.3程度の数値に収斂します。これは300万回から500万回のフライトに一度の割合で事故のために機体を損失するという計算です。

対して、80年代から90年代にかけての大韓航空の機体損耗率は4.79でした。これは、一般的な航空会社の15〜20倍程度の確率で機体を事故で失っていることを意味します。

つまり、この時期の大韓航空というのは、ただでさえ危険と思われている飛行機にグルグル巻きに輪をかけてアブナッカシイと考えられていたわけで、乗る人からすればちょっとしたロシアンルーレット[2]のようなものだったわけです。

しかし、やはりわざわざお金を払ってロシアンルーレットを楽しむ人は少なかったようで、この事態をうけ、当時運行パートナーシップを締結していたデルタ航空とエールフランスは契約を白紙にもどし、韓国に数千人の部隊を駐留させていたアメリカ陸軍は隊員による大韓航空の利用を禁止し、挙げ句の果てに金大中大統領は、大統領専用機を大韓航空からライバルのアシアナ航空に切り替え、大韓航空のメンツは丸つぶれとなりました。

航空機の事故はなぜ起きるのか?

なぜ、大韓航空機だけが、こうも立て続けに事故を起こしたのでしょうか?当時の関係者もその様に考え、国際的な検証委員会が組織されて根本的な原因の究明にあたりました。

さて、航空機の事故には様々な要因が作用することがわかっています。航空事故を専門に追跡する planecrashinfo.com が1950年から2004年までに起った民間航空事故2147件をもとに作った統計によると、事故原因の内訳は以下の通りとなっています。

37% - 操縦ミス
33% - 原因不明
13% - 機械的故障
7% - 天候
5% - 破壊行為(爆破、ハイジャック、撃墜など)
4% - 操縦以外の人為的ミス(不適切な航空管制など)
1% - その他 

また、ボーイング社が行っている航空事故の継続調査の結果では、1996年から2005年までに発生した民間航空機全損事故183件のうち、原因が判明している134件の内訳は以下の通りとなっています。

55% - 操縦ミス
17% - 機械的故障
13% - 天候
7% - その他
5% - 不適切な航空管制
3% - 不適切な機体整備 

つまり、原因不明の場合を除けば航空機事故のざっくり半分はパイロットの操縦ミスによって発生している、ということです。

そして、1970年代から1990年代において立て続けに起こった大韓航空機の事故も、やはりごく一部の例外を除いてパイロットのミスによって発生しています。

しかし、読者の皆さんはここでこう考えるはずです。「パイロットは定期的な訓練と厳しい試験を受け、操縦技術の維持向上を義務づけられているはずだ。その様なパイロットが、どうして操縦ミスをこれほどの頻度で犯すのだろうか?しかも、それが同じ航空会社で立て続けに起こるということはどういうことなのだろうか?」と。

最も小さな組織としての「コクピット」

パイロットのミスは、知識や操縦技術の巧拙によって発生しているのではなく、多くの場合コクピット内のチームワークとコミュニケーションに起因するということがわかっています。ここで読者の皆さんに質問してみましょう。

タクシーでもバスでも電車でも、ほとんどの公共交通機関の操縦席は単座(操縦席が一つ)になっています。ではなぜ、旅客機のコクピットは複座になっているのでしょうか?全ての旅客機のコクピットが複座になっているという事実は、旅客機というシステムが、そもそも二人の人間が同時に働くことで初めて正常に機能することを前提に設計されていることを意味しています。

二人の人間の技量、注意力、判断力が統合されて初めて安全な運行が可能になる、という前提になっているわけですが、事故が起こった場合、この前提が守られていないケースがほとんどなのです。

例えば、片方が明確にミスを犯しているにも関わらず、片方がそれに気づかない。あるいは、機長の命令を副操縦士が聴き間違ったり勘違いしたりして誤った対応をしてしまう。

あるいは、機長か副操縦士が明確なリスクの存在に気づいているのに、それを相手に伝えない。そして、大韓航空機で続けざまに発生した事故の原因として委員会から指摘されたのが、この最後の「片方が明確なリスクの存在に気付いているにも関わらず、それをもう一方に伝えていない」というケースでした。

コクピット内においては何よりも機長と副操縦士(+航空機関士)のチームワークとコミュニケーションが重要になります。これはつまり、究極的には航空機の運航品質は経営管理の品質と同様に、そこに参加する人たちの人間関係の基本的なあり方に大きく左右される、ということを意味します。

人間関係の基本的なあり方、つまりコクピット内を包んでいる「空気」がとても重要な論点だということです。もう一度ここで801便のコクピット内の会話を思い出してみましょう。目視による着陸を宣言した機長に対して、しばらく沈黙を守っていた副操縦士と航空機関士は、次のように我々からは不可解な発言をしています。

午前01時17分31秒 副操縦士 :もっと雨が降ってそうだな、空港のエリアは
午前01時25分47秒 航空機関士 :機長、気象レーダーはとても有用ですね

これは独り言なのでしょうか?それとも何らかの気付きを促すための注意だったのでしょうか?二人が亡くなってしまった今となってはわかりません。

ただ、確実に言えるのは気象レーダーの監視を受け持つ航空機関士は、雨を降らす雲の存在を確認しており、目視での着陸は非常に難しいであろうということを理解していた、ということです。恐らく副操縦士も気付いていたのでしょう。彼らは、本当はこう言いたかったはずなのです。

副操縦士 :この雨では視認着陸は難しいと思います。計器着陸にしましょう
航空機関士 :気象レーダーを見る限り、視認着陸は無理です。計器着陸にしましょう

とても明確な意見具申です。ところがこう言えなかった。なぜか?

言えない「空気」がコクピットを支配していたからです。

事故調査委員会は、一連の大韓航空機の事故の多くは、このコクピットを包む「空気」に原因があるということを最終的な理由として挙げ、大韓航空はその「空気」を一変させることに取り組むことで会社の立て直しをはかり、そして見事に成功しました。1999年以降、彼らの安全記録は非の打ち所がありません。

一体、彼らはどのような空気に包まれていて、それをどのように駆逐したのでしょうか? 

なぜ機長の事故率は副操縦士よりも高いのか?

コクピット内を包む「空気」が、どのようにして操縦のクオリティを悪化させるかというメカニズムをよりよく理解してもらうために、航空機事故に関する「ある傾向」を共有したいと思います。

通常、旅客機では機長と副操縦士が職務を分担してフライトします。もちろん、一般的には操縦技術や状況判断能力の面で機長の方が副操縦士より格段に優れています。

しかし、過去の航空機事故の例を見れば、機長自身が操縦桿を握っているときの方が、はるかに墜落事故が起こりやすいことが分かっています。これは一体どういうことなのでしょうか?

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