AIによって僕たちの仕事はどう変わるか 中編
こちらの記事の続きです。
AI時代を予見した弁護士事務所の新ビジネス
「正解を出す仕事」で言えば、弁護士もAIの影響を避けられないでしょう。「ある案件について類似した過去50年分の判例を探す」「膨大な判例のなかから裁判上の争点になりそうな部分を抽出する」というようなパラリーガル(弁護士のアシスタント的な業務)の仕事は、ほぼすべてAIに代行されるのではないでしょうか。
また、ある経営上のアクションについて、法律的に適法か違法なのかを判断することは、これまで弁護士が担うメインストリームの業務の一つであったわけですが、これはまさに二択クイズであって、AIがもっとも得意とするところですから、ここから先は大きな変動が起きることになると思います。
2019年の日本経済新聞において、大手弁護士事務所の「長島・大野・常松法律事務所」(以下、長島・大野)が「人工知能(AI)によって法務を効率化するリーガルテックを提供するベンチャー企業に出資して、2020年1月を目途に、その技術を企業や他の法律事務所に販売する方針である」と報じられました。このリーガルテックを用いると、従来は弁護士が2週間かけてチェックしていたM&Aの契約書類のチェックを1時間以内で処理できるというのですね。
「長嶋・大野・常松」といえば日本でも最も入所の難しい最難関の弁護士事務所の一つです。つまり「日本で最も優秀な弁護士」が集まっている事務所だということですが、その優秀な弁護士が2週間かけてやっていた仕事を1時間でやってくれるAIが登場しているのです。おそらく、このAIはやがて多くの弁護士事務所に、そして最終的には顧客である企業の法務部門にも配備されることになるでしょう。
AIができない弁護士の仕事とは?
こういう話をすると、すぐに「弁護士の仕事がAIに奪われる」といった単純な結論に飛びつこうとする人が多いわけですが、実際にはそうなっていないのが面白いところです。
弁護士というのは「情報労働」の典型みたいなところがありますから、弁護士の世界で起きていることは、これから先、すべてのホワイトカラー(=情報労働者)の労働市場で起きることの一種の先行実験であると考えることができます。
何が起きるか?一言で言えば「優秀な弁護士の定義が変わる」ということです。「どれだけ手堅く法律上のエラーがない契約書のチェックができるか」というのはこれまで間違いなく弁護士の「優秀さ」を計る一つの指標だったわけですが、全ての弁護士がAIを使うようになれば、この物差しは無効化します。
AIによって最優秀の弁護士以上の精度で契約書の瑕疵をチェックしてくれる、しかも価格は弁護士を雇うよりはるかに安い、ということになれば、企業の法務部はいちいち弁護士に相談をしなくてもいい。ではそうなったときに弁護士がまったく不要になるのかというとそうではなく、弁護士の仕事は、AIの導入によって発生する法律関係の業務の新しいボトルネック、例えばAIでの処理が困難な工程に対するカウンセリングのようなものになるだろうと私は考えています。
何かしらの事業を「やるかやらないか」についての適法性、違法性はAIで判断できるようになりますが、それを実際にやるべきか、やらないほうがいいのかという意思決定のプロセスに伴走して、適切かつ臨機応変なアドバイスをクライアントに行うことはAIには現在のところできません。
経営における意思決定においては、多くのステークホルダーからの共感が得られるものであるかどうか、が重要な判断のポイントになりますが、ここで重要なのは「共感には正解はない」ということです。「正解がない」ということはAIが必ずしも得意ではない、ということです。
特に個別企業における最適解は常に文脈依存的な一回性、つまり「いま、この状況で、この企業にしか通用しない」という側面を持ちますから、統計を武器にするAIとはとてもソリが悪い。AIは判断を下すのに必要な要素が不明確な問題が非常に苦手です。専門的には「フレーム問題」と言いますが、一方で「人間」にはこれが非常に得意だということがある。
結論から言えば、AIが得意な仕事はAIに任せて、人間は人間にしかできない仕事に労働市場でのポジショニングを移していくことが求められるでしょうし、現在の弁護士の世界で起きているのもこれです。
これはつまり、「従来とは競争のルールが変わる」ということですから、一部の人にとっては非常に大きなチャンスになると思います。これは第一次産業革命でも起きたことですが、蒸気機関の導入よって機織りの生産性が劇的に上昇した結果、その前工程の撚糸の工程がボトルネックになり、この領域でイノベーションを起こした人が大成功をした一方で、それまで業界を牛耳っていた人はこのイノベーションによって没落している。下克上ですね。
一部の領域で劇的な生産性の改善が起きると周辺の領域にボトルネックが発生します。人工知能は「情報の製造業」において劇的な生産性の改善をもたらすと思いますが、そうなると必ず周辺領域にボトルネックが発生し、新たなビジネスチャンスが生まれることになるでしょう。
AIの導入が進み、弁護士の給料は上がった
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