解雇フリー時代の「生きる戦略」とは?

自民党の総裁選で河野さんが「解雇規制の緩和」について言及したことが話題になっていますね。

実はこの流れは5年ほど前から準備されていたものです。経団連会長の中西宏明氏とトヨタ自動車社長の豊田章雄氏がほぼ同じタイミングで「終身雇用を維持することはできない」と発言して大きな話題になったのが2019年のことでした。

日本を代表する製造業の経営者二人が、ほぼ同じ時期に「終身雇用は維持できない」と公的に発言したわけですが、これは偶然ではありません。明らかに「シグナルを送る」という明確な意図があってのことです。どのような「シグナル」でしょうか?

終身雇用制度を皆で終わらせよう、という呼びかけです。

現在の日本の硬直的な雇用制度、人材流動性の低さは、ゲーム理論でいうナッシュ均衡の状態、つまり「誰かが一足先に改変すると一人負けになるので、誰も動けない状態」ですから、雇用制度を改変していくには、ゲームに参加しているプレイヤー全体が足並みをそろえて改変していく必要があります。中西会長と豊田会長の発言は、この「足並み」を揃えるための最初の号令として理解するべきです。

これは「終身雇用をもう止めたい」と思っていた経営者にとっては福音です。なんといっても、日本を代表する経営者の二人が「終身雇用はもはや維持できない」といってくれたのですから、これほど勇気づけられることはないでしょう。

以来、多くの企業で、ある程度「終身雇用制度からの脱却」についての目処が立った段階で、今回の河野さんの「解雇規制の緩和」という流れにつながっているわけです。

このような流れに大きな違和感を覚える人も少なくないと思いますが、私は「条件付き」で肯定したいと考えています。

というのは、日本の雇用の流動制が低すぎるからです。

日本の流動制は低すぎる

下図は先進各国の勤続年数別人口ですが、日本の流動性が低いことがよくわかると思います。

逆に、最も流動性が高いのはデンマークやスウェーデンといった北欧諸国ですが、これらの国々が、21世紀に入ってから大きく発展した理由の一つが「産業間で人材のシフトを行なった」ということです。

わかりやすく言えば、自動車や鉄鋼などの重工業産業から、ICTの領域に労働力をシフトしたわけです。この点について、非常に象徴的なエピソードがあるので紹介しておきましょう。

雇用を守るのは誰の責任か?

スウェーデン出自の自動車会社、ボルボとサーブは、それぞれ2000年代に深刻な経営危機に陥ります。当時の大株主は、ボルボがフォード、サーブがGMでしたが、立て直しに苦戦して持ちあぐねた両社は、スウェーデン政府に両社の救済を、半ば脅し半分で依頼しています。

どういうことかというと「スウェーデン政府が救済してくれなければ、スウェーデン人の労働者を解雇せざるを得ないけどいいの?」ということです。で、この依頼に対してスウェーデン政府がどういう風に対応したかというと

クビにしてもらって構わない

と応えたのですね。

この対応をとらえて「スウェーデン政府が厳しいな」と思われたのだとすれば、それは率直にいって誤解です。スウェーデン政府は、ボルボやサーブを解雇されたとしても、国の責任においてリスキリングを施し、ICT領域の人材として必ず再雇用する、ということを考えていたのです。

これは何をいっているかというと、スウェーデンをはじめとした北欧各国では「雇用を守るのは企業の責任ではない、国家の責任である」と考えられている、ということです。

一方で、日本ではどう考えているかというと「雇用を守るのは企業の席に出会って、国家の責任ではない」と考えられています。だから、日本には非常に厳しい解雇規制があり、企業は簡単に人を解雇できないようになっています。

ところが、この流れがいま、少しずつ変わってきている、というのが現在の状況なのですが、ここで注意しなければならないのは、スウェーデンをはじめとした北欧諸国では「雇用を守るのは国の仕事」という認識が共有されており、そのための仕組みがきちんと出来上がっているということです。

今回の河野さんのコメントは、半ば「雇用に関する企業の責任の解除」のようにも読めるわけですが、もしこの方向に舵を切るのであれば、明確に「雇用を守るのは国の責任である」ということを言わなければ、片手落ちになってしまうと思います。

冒頭に述べた、河野さんの発言に対する、私の「条件付きの肯定」とは、そういう意味です。

兼業・副業によって自分を守る

しかし、とはいえ、今後やってくる移行期においては大きな混乱は避けられないと思います。この混乱期を無事に乗り越えていくために、個人で個人のキャリアを防衛するという意識が、これからは必要です。

より具体的に指摘すれば、鍵になるのは「兼業・副業」だと思います。

コロナパンデミックの影響でリモートワークが全世界的に浸透したことで、今日の世界では、いわゆる「兼業・副業」がなし崩し的に常態化しつつあります。

これまで、キャリアというのは基本的に「一時期にやれるのは一つの仕事」という前提で考えられていました。しかし、リモートワークが社会に浸透し、「仕事と場所」の紐付きが無効化されることで、この前提が無効化されることで、現在、なし崩し的に兼業・副業を認める企業が増加しています。

おそらく、近い将来、「一時期にやれるのは一つの仕事」という常識は溶解し、複数の仕事に同時に携わるのが「働き方の当たり前」になる時代がやってくるでしょう。

この変化は、私たちに機会と脅威の二つをもたらすことになります。まず機会から指摘すれば、自分のキャリアにポートフォリオの考え方を持ち込むことができるようになります。

ポートフォリオという言葉は、もともとは「書類を束ねて納めるカバン」のことを意味しましたが、今日では「取り組みの寄せ集め」といった意味でいろんな分野で用いられています。たとえば、企業はさまざまなテーマで研究開発を行いますが、それらの取り組みを総称して「研究開発のポートフォリオ」といったりします。

投資の世界におけるポートフォリオの考え方

ライフ・マネジメント・ストラテジーを考察する上で重要な示唆を与えてくれるのは、投資の世界におけるポートフォリオの考え方です。投資の世界では、株式や債券や不動産といったさまざまな資産を組み合わせることで、市場の変動が一部の資産に与えるネガティブな影響を相殺し、リスクとリターンのバランスを最適化することを目指します。

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