人生のライフ・サイクル・カーブ
こんにちは。
8月に入りましたね。分析心理学の開祖の一人であるカール・グスタフ・ユングは、人生における40代を「人生の正午」という美しいメタファーで表現し、その時期が、人生においても「日が昇る時期」と「日が沈む時期」のちょうど境目にあることを示しました。
今日、40代がそのような境目だと言われると、多くの人は「ちょっと早いんじゃないの?」と思われるのではないでしょうか?
個人的には、自分がちょうど50代の前半に差し掛かって、身体的にも社会手にも大きな節目を超えたことを実感していることもあり、人生100年時代の人生の正午は、ちょうど50歳あたりなのかな、と思っています。
ということで今日は、ここ最近ずっと考えてきた「人生をライフサイクルカーブを季節に当てはめてデザインする」ということを、提案してみたいと思います。例によって、こちらも12月に出版予定の本の草稿という位置付けになります。
ライフ・サイクル・カーブのおさらい
ここではまず、マーケティングの古典的フレームワークである、ライフ・サイクル・カーブについておさらいしておきましょう。
ライフサイクルカーブとは、企業・製品・サービスが市場において、どのような推移を辿るかを示すもので、一般的には次の図のように概念化されます。
ライフサイクルカーブでは通常、製品やサービスのライフサイクルを四つのステージに分けて整理します。各ステージは次のように定義・記述されます。
1. 導入期(Introduction Stage)
特徴:製品が初めて市場に投入される段階。この段階では製品の認知度が低く、消費者の関心を引くことが重要です。
課題:製品の開発コストやマーケティング費用が高く、利益が出にくい。また、消費者の受け入れが不確実であることが多い。
戦略:製品の品質を高め、ブランド認知度を向上させるためのマーケティング活動を行う。
2. 成長期(Growth Stage)
特徴:製品が市場で受け入れられ、売上が急増する時期。市場シェアの拡大が進む。
課題:競合他社が参入してくるため、差別化が重要となる。価格競争が始まることもある。
戦略:製品ラインの拡充、価格設定の見直し、さらなる市場拡大を目指すプロモーション活動。
3. 成熟期(Maturity Stage)
特徴:市場が飽和し、売上の成長が鈍化する時期。この段階で製品は成熟し、消費者の多くに受け入れられている。
課題:市場シェアを維持するための競争が激化し、価格競争が増加。利益率が低下する可能性がある。
戦略:コスト管理の強化、顧客ロイヤルティの向上、新しい市場セグメントの開拓。
4. 衰退期(Decline Stage)
特徴:市場需要が減少し、売上が低下する時期。新技術の出現や消費者の嗜好の変化によって製品が陳腐化する。
課題:在庫処分や製品ラインの整理が必要。利益の減少が続く。
戦略:製品の生産を縮小または終了、新しい製品の開発や他の市場への移行を検討。
さて、このフレームを、人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジーに活用することを考えた際、二つのアプローチがあります。
一つは、自分自身の人生にライフ・サイクル・カーブを当てはめて、各ステージにおいて適切なゴール設定、戦略設定、実行プランを考えるというアプローチです。
そしてもう一つが、自分が参加しようとしている企業や産業のライフ・サイクルカーブを分析することで、特に「参加の適切なタイミング」についての洞察を得るというアプローチです。
この記事では、前者の観点からライフ・サイクル・カーブの活用を考えてみましょう。
自分のライフサイクルカーブを意識する
まずは、自分自身の人生をライフサイクルカーブに当てはめて、各ステージに応じた戦略の策定に活用するということを考えてみましょう。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのリンダ・グラットン教授を初め、今日、多くの識者・論者が、私たちの社会が「人生百年時代」に入りつつあることを指摘しています。
ここでは、多くの人が、90〜100歳まで生きることを前提に、長期化する人生のステージをライフ・サイクル・カーブに当てはめることを考えてみると、大まかに次の4つのステージに整理できると思います。
ライフ・サイクル・カーブにおける「導入期」に該当するのが「人生の春」です。子供時代・学生時代から30歳前後くらいまでがこのステージに該当します。「人生の春」のキーワードは「試す」です。さまざまな物事に取り組む過程を通じて、自分は何が得意で何が不得意なのか、何に情熱を感じて何にシラけるのか、を理解し、「人生の夏」において追求するべき方向性やテーマを見つけるのが、この時期の主題ということになります。
次に、ライフ・サイクル・カーブにおける「成長期」に該当するのが「人生の夏」です。年齢的には30歳前後から50歳前後くらいまでがこのステージに該当します。「人生の夏」のキーワードは「築く」です。「ここ」と決めた領域に自分の時間や労力といった資源をレーザーのように集光させ、その領域で知識・スキル・経験といった人的資本と、信用・評判・ネットワークといった社会資本を築いていくことが、この時期のテーマということになります。
次に、ライフ・サイクル・カーブにおける「成熟期」に該当するのが「人生の秋」です。年代的には50歳前後から70歳前後くらいまでがここに該当することになります。「人生の秋」のキーワードは「拡げる」です。「人生の夏」において築いた人的資本と社会資本を足がかりにして、本業以外のさまざまな領域に仕事のポートフォリオを拡げることで、次にやってくるステージである「人生の冬」へのトランジットをスムーズかつ実り豊かなものにするための仕込みをします。
最後に、ライフ・サイクル・カーブにおける「衰退期」に該当するのが「人生の冬」です。年代的には70代以降がここに該当することになります。「冬」というと、何か寒々しいイメージがあるかもしれませんが、冬は静かで美しく、何よりも人のぬくもりをより感じやすい季節でもあります。「人生の冬」のキーワードは「与える」です。これまでの人生で培ってきたさまざまな経験によって結晶化された知恵を元に、後進を育て、彼らに活躍の機会を与え、成長につながるフィードバックを与える賢者のイメージです。
もちろん、この整理はジェネリックなものであり、個人のライフ・マネジメント・ストラテジーの内容によって大きく変わってくることになりますから、ここではあくまで標準的な年齢とステージの関係と考えてください。
例えば、2023年に惜しまれながら71歳で亡くなられた坂本龍一さんは、最後の10年は特に若手音楽家の指導に心血を注がれておられました。つまり、このフレームに当てはめれば「人生の冬」に当たる「与える」を、すでに「人生の秋」の段階から始めていたということになります。
同様に「人生の秋」のキーコンセプトとなる「拡げる」を、すでに「人生の夏」である30代や40代から始めるという人もいるでしょう。なので、ここでは細かい年齢区分よりも、人生全体を通じてのステージの変遷、大まかな人生ストーリーの流れということで掴み取ってもらえればと思います。
マスタープランがあると呪いにかからない
ライフ・サイクル・カーブの四つのステージに応じて、人生を四つのステージに分割し、それぞれの戦略のフォーカスを決めることで、大きく三つの洞察が得られると思います。
一つ目の洞察は、それぞれのステージにはそれぞれのステージに応じた思考や行動の様式がある、ということです。
たとえば、一般に「あれこれと試すばかりでどうにも腰が座らない」という状況はネガティブに語られがちですが、「人生の夏」以降に本腰を入れて極める領域を見つけるためには、その前段となるステージの「人生の春」においては、むしろ積極的にいろんなことを試してみて、自分が夢中になれること、自分が他人より得意なことを見つけることが重要、ということになります。
一方で、何かに集中して取り組むことで人的資本や社会資本を蓄積するべき「人生の夏」において、あれこれと中途半端に試すばかりで腰が座らないというのは、これはこれでちょっとマズい状態だということになります。
つまり、何を言っているかというと、どのような考え方・構え方・動き方が適切なのか、あるいは不適切なのかというのは、人生のステージによって全く変わってくるということなのです。
ところが、世の中にはたとえば「石の上にも三年」とか「継続は力なり」といったような、その人の置かれている文脈や状況をまったく無視したことわざや訓言が少なくありません。しかも、タチの悪いことに、この手の言葉をかけてくる人ほど「あなたのためを思って」などと恩着せがましく言ってくる。実際には、自分がそのように生きたことで支払った代償を、自分より若い世代にも支払わせてやりたいという一種の復讐をしているにもかかわらず、本人たちがそこに気づいていないのです。
人から思考と行動の自由度を奪う言葉のことを「呪い」と言いますが、このような言葉をかけられ、それを飲み込んで仕舞えば、これらはまさに「呪い」となって、その人の人生から「思考と行動の自由度」を奪われることになります。
この呪いを解除するには、自分の頭で考えて、誰がどう言おうと、自分にとって合理的だと思える人生の全体像=マスタープランを作成する必要があります。
自分の人生を大きな全体像として描いた上で、自分はいまどのステージにいるのか?このステージではどういうコンセプトで生きるか、が明確化できると、世の中でキャリアや人生論について言われている戯言に惑わされず、自分の足で大地を踏みしめるようにして、粘り強く戦略を実行していけるようになります。
ステージに応じてゲームは変わる
二つ目の洞察が、人生はステージに応じてゲームの種目が大きく変わる、ということです。チャートを一覧すれば、各ステージにおけるフォーカスと、そのステージでの役割や働き方が大きく変わることに気付くでしょう。これらの役割や働き方は、それぞれが異なる知識やスキルを求めますから、当然ながらステージを移っていくごとに、私たちは新しい人的資本や社会資本を構築することが求められます。
逆にいえば、ステージが変わっているにもかかわらず、従前のステージの働き方や生き方を継続していれば、やがては環境が求める役割や期待を満たすことができなくなり、その人の社会資本は毀損されていくことになります。
みなさんの周りでも、20代の頃は上司からの覚えもめでたく、同期のエースとして眩しいような大活躍をしていた人が、その後のステージに入ってからはパッとしないという人がいるでしょうし、その逆に、20代はパッとしなかったのに、その後のステージに入ってから急激に頭角をあらわすような人もいるでしょう。なぜそういうことが起きるかというと、ステージに応じてゲームの種目が変わり、そこで求められる人的資本・社会資本が変化するからです。
このゲームチェンジには、身体的な条件と社会的な条件の二つが絡んでくることになります。
身体的な条件というのは、わかりやすくいえば、体力や知性のことです。たとえば一般に、私たちのアイデアを出す力=流動性知能は、20歳前後でピークを迎え、その後、年を経るごとに急速に低下していくことがわかっています。
アスリートが明確にフィジカル面での「人生におけるピーク」を持っているのと同様に、知的生産に関わる私たちにもまた「人生におけるピーク」が存在し、しかもそれは一定程度、予測が可能です。
本書の別箇所でも引用している社会心理学者、ディーン・キース・サイモントンは「知的生産に関わる職業」に就く人々のキャリアの生産性を統計データとして収集し、これを回帰させた結果、平均的には20年目に生産性のピークを迎え、その後は急速に低下していくというモデルを提示しました。
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