クリティカル・ビジネスを生み出すアクティヴィストのために

もう随分前になる気がするんですが、この本を出したのは今年だったんですよね。今回の記事では、本書の最後で指摘した「僕たちが実践できる7つのチャレンジ」について共有したいと思います。

1.       フォロワーシップの醸成

最初に挙げられるのが、社会全体におけるフォロワーシップの醸成です。

すでに何度も述べた通り、クリティカル・ビジネスは、誰もが当たり前だと信じて受け入れていた物事に対して、意識的な批判を行うことから始まります。このとき、この批判に賛同する人が集まることで、クリティカル・ビジネスは推進のモーメンタムを生み出すことができるわけですが、これを逆に言えば、その批判や啓発に賛同する人がいなければ、クリティカル・ビジネスのイニシアチブは失速し、離陸することができないということです。

これはつまり、何を言っているかというと、クリティカル・ビジネスを社会から生み出していくにあたって、何よりも重要なのが「フォロワーの存在」だということです。

イノベーションに関する課題を議論する際、「リーダーの不在」はしばしば言及される問題ではありますが、この論点は非常にミスリーディングで真に解決すべき問題の焦点を的外れな方向にずらしているように思います。

私に言わせれば、リーダーの不在はむしろ結果であり、その原因こそが問題です。そもそも、なぜ日本の社会からリーダーが生まれないのでしょうか?

リーダーシップという言葉はあたかも能力や資質に関する概念のように取り扱われていますが、そもそもは関係性に関する概念であり、さらに言えば一種の現象をあらわす言葉です。

リーダーはイニシアチブをとって動き始めるだけではリーダーになれません。そのイニシアチブに賛同し「あなたの言っていることは正しいと思う」と賛同する人、つまりフォロワーが生まれた瞬間に、リーダーシップという現象が立ち現れ、その人は初めてリーダーになることができるのです。つまり「リーダーの不足」という問題は「フォロワーの不足」という原因によって生まれている、ということです。

しかし、これはなかなか簡単なことではありません。なぜなら社会的コンセンサスの取れていない少数派のアジェンダに表立って賛意を表明することは常に嘲笑・批判・排斥の対象になるリスクを孕むからです。では、どのようにしてそのリスクを乗り越えればいいのでしょうか?

カギになるのは「賛意を表明する最初の人」、つまり「ファーストフォロワー」です。過去の社会心理学・組織心理学における研究は、少数派の意見に本音では賛成なのだけれども、多数派から孤立することを恐れて声を上げられないという人も、自分以外の誰かが一人でも少数派への賛同を表明することで、大きく勇気づけられることがわかっています。

クリティカル・ビジネスはその定義上、社会的なコンセンサスが必ずしも明確ではないアジェンダを設定して推進されます。このアジェンダに共感し、このイニシアチブを応援するフォロワーが少しずつ増えていくことで、クリティカル・ビジネスは社会変革の力を生み出していきます。このモーメンタムを生み出していく上で「最初にフォロワーになる人=ファーストフォロワー」の重要性はいくら強調しても足りません。

2.       情報の拡散と共有

クリティカル・ビジネスのパラダイムは、アファーマティブ・ビジネスのそれと比較して、まだ広く認知されていません。したがって、社会からクリティカル・ビジネスを生み出していくためには、このパラダイムの存在とその重要性や影響力について、社会全般の理解を深めることが必要になります。ここでカギになるのが、クリティカル・ビジネスのイニシアチブに共感したフォロワーによる「情報の拡散と共有」です。

経済学者のアルバート・ハーシュマンは、著書「発言・離脱・忠誠」において、複雑なシステムのパフォーマンスを維持・向上させるためには、特に「発言」が重要だと指摘しています。発言とはつまり「おかしいと思うことに対しておかしいと声を上げること」「醜悪だと思うことに対して醜悪だと声を上げること」であり、一方で「面白いと思うことに対しては面白いと声を上げること」「美しいと思うことに対しては美しいと声を上げること」でもあります。

言葉は情報でできており、情報はエネルギーを生み出します。すでに指摘した通り、社会運動は情報を食べて前進のエネルギーにします。フォロワーによるこれらの「発言=情報」が、クリティカル・ビジネスのイニシアチブを離陸させる大きなエネルギーを生み出すのです。

さて、ここまで読まれた方の中には、自分のように地位も権限もない人間が、いくら発言したところで社会は変わらない、と思われた人もおられるかもしれません。しかし、そんなことはありません。

セルジュ・モスコヴィッシによる少数派影響理論についてはすでに説明しました。あらためて確認すれば、社会における価値観や規範は、少数派が多数派に影響を与えることで変化していくという理論です。

モスコヴィッシの研究は、少数派が多数派に影響を与える際、いくつかの条件があることを明らかにしています。詳細はモスコヴィッシの論考について調べていただきたいのですが、その条件を簡単にまとめれば「少数派が、自信をもって、魅力的に、一貫して、ラディカルに主張する」というものです。これらの条件が揃ったとき、少数派の意見は社会を変革する大きな影響力を生み出します。

少数派の人々が社会を変える大きなうねりを生み出した事例の一つに、米国における公民権運動があります。米国の公民権運動は、たった一人の若い黒人女性=ローザ・パークスが、バスの白人優先席を空ける様に命じられた際、これを断って投獄されたという小さな事件、いわゆる「バス・ボイコット事件」がきっかけとなって始まっています。

ローザは当時工場に勤める女工さんで別に公民権運動のアクティヴィストでも、ましてや社会運動のリーダーだったわけでもありません。彼女はただ単に「白人専用の席から立て」と言われた時に理不尽だと感じたので、自分の正義感に基づいて反論し、結果的に逮捕されてしまったのです。ここで発揮されているのはごくごく小さなリーダーシップでしかありませんが、しかし、その小さな声が、やがて世界の歴史を動かしていく巨大な声に拡声されて全米の運動につながっていったのです。

では、私たちは具体的に何をすれば良いのでしょう。幸いなことに、現在の私たちには、個人が社会に情報を発信、共有できる様々なツールが揃っています。

例えば、ソーシャルメディアを活用してクリティカル・ビジネスに関する記事やニュースを共有することで、周囲の人々の関心を喚起することができるでしょう。あるいは個人ブログやコラムを執筆し、クリティカル・ビジネスに関する体験談やインタビュー、分析や洞察や実例を提供することで、理解の促進に貢献することもできるでしょう。

あるいはイベントやセミナーを開催するというアイデアもあります。特にクリティカル・ビジネスのアクティヴィストを招いたイベントやワークショップであれば、参加者に直接的な学びの機会を提供することができるでしょう。

私たちには「声を上げる責任」があります。あなたがもし、何かおかしいと思うものがあれば、どうぞ「これはおかしいと思う」と声を上げてください。あなたがもし、共感できるイニシアチブに出会ったら、「こういうイニシアチブがあるよ。自分はとても良いと思う」と賛同の意を表明してください。人々がそうすることによって、私たちの社会は少しずつ、前に進んできたのですから。

3.       クリティカル・ビジネスの製品やサービスの利用

共感するクリティカル・ビジネスに出会ったら、その商品やサービスを積極的に利用しましょう。クリティカル・ビジネスが提供する製品やサービスを積極的に利用することは、これらの企業の経済的基盤を強化し、その社会的使命を支えることに直接貢献します。

すでに述べている通り、ビジネスには社会を変革する大きな力がありますが、その力が、社会を啓発して明るい方向に導くか、逆に愚民化して暗い方向に導くかは、ひとえに顧客である私たち市民の一人一人が、どのような見識・倫理観・美意識をもって、製品やサービスを選択するかにかかっています。

つまり、クリティカル・ビジネスをある社会が生み出せるかどうかは、その社会における「消費行動の成熟度合い」が重要だということです。「甘やかされた子供」ばかりからなる社会からはクリティカル・ビジネスは生まれません。

この点で日本社会は大きく遅れをとっています。社会的・環境的・政治的な変化を起こすことを意図的に目指す消費行動を「消費アクティヴィズム」と言いますが、この消費アクティヴィズムの土壌が日本では非常に脆弱なのです。

図Xは2020年に実施された「消費アクティヴィズム」に関する国際比較調査の結果です。 

日本は英国や米国といった先進国はおろか、インドや中国といった新興国と比較しても、消費アクティヴィズムが浸透していないことがよくわかります。特にひどいのが「環境負荷が低い商品やフェアトレードの商品は多少高くても選ぶ」という項目で、他国が60%から80%程度のスコアを記録している中で、日本のスコアは39%となっています。

このような調査結果は、よく企業に「だから環境に配慮した商品は日本では売れない」という言い訳に使われがちですが、私に言わせれば、それは真逆であって、むしろ企業がコミュニケーション活動を通じて、消費における「選択の責任」に関して訴えてこなかった結果が、この状況を招いているのではと問いたくなりますが、ここで他者を批判しても仕方がありません。私たちは、とにかく「いま、ここ」からできることをやっていきましょう。

商品を購入するとき、それがどのような来歴で作られたものなのかについて意識してみましょう。商品やサービスを購入する時、提供している企業を調べて、表明しているバリューやパーパスが自分の支持する価値観と一致しているかを確認してみましょう。実際に商品やサービスを利用したら、クリティカルで建設的なフィードバックを公開し、共有しましょう。良質なフィードバックは、企業が商品やサービスの問題点を確認するのに役立ち、また何よりも、他の市民が自分の選択により意識的になるきっかけとなります。 

4.       クリティカル・ビジネスへの関与

商品やサービスの購入からさらに踏み込んで、共感するアジェンダを掲げるクリティカル・ビジネスのイニシアチブに出会ったら、できる範囲で関与してみましょう。別に本業を投げ捨ててフルコミットする必要はありません。

環境条件はこれ以上ないほどに整ってきていますから、関わり方のレベルは創意工夫次第で如何様にもなります。現在、新型コロナの影響でリモートワークが全世界的に浸透・普及した結果、多くの企業が兼業・副業を認めるようになっています。現在の日本では、およそ7〜8割の企業が、なんらかの形での兼業・副業を認めています[1]。

ちなみに、このような話をすると「うちは古い体質の会社でいまだに副業・兼業は禁止なんです」という人がいるのですが、そもそも大前提として、会社は社員の兼業・副業を禁止することはできません。就業規則に定められた時間以外の時間をどのように使うかを会社は規定できないからです[2]。クリティカル・ビジネスになんらかの形で関わりたいけど、会社が兼業・副業を許してくれない、という人は一度、人事ときちんと条件について話し合ってみたら良いと思います。

ということで、話を元に戻しましょう。さて、兼業・副業が認められるようになると何が良いのでしょうか?「個人がキャリアのポートフォリオを持てるようになる」というのが最大の美点です。企業が、リスクの性質の異なる複数の事業をポートフォリオとして保有することで、リスクとリターンのバランスを最適化するのと同じように、個人もまた、複数のキャリアを同時並行で歩むことで、リスクとリターンのバランスを最適化できるようになるのです。

特に今後、増加するであろうと思われるのが、多少は退屈であっても、安定的に収入が得られる仕事を本業としてやりながら、強く共感できるクリティカル・ビジネスのイニシアチブにもなんらかの形で関与する、という働き方です。

本業とは別にクリティカル・ビジネスのイニシアチブに関与することは、次の四つのメリットをフォロワーにもたらします。

一つ目が「意味的価値の充足」です。

すでに指摘した通り、現在の日本ではエンゲージメントの水準が地を這うレベルまで低下しています。つまり「働く意味」を得ることが非常に難しくなっているということです。本業を持ちながら、共感できるクリティカル・ビジネスのイニシアチブになんらかの形で関与することで、自分の人生の「意味的価値」を大きく補填することが可能になります。

二つ目が「キャリアリスクの分散」です。

21世紀に入ってから「事業の寿命」はますます短縮化する傾向があります。このような時代において、一つのキャリアに人生を依存してしまうことは高いリスクを孕むことになります。本業とは別に、クリティカル・ビジネスのイニシアチブに関与することで、リスク・リターンの性質の異なる複数のキャリアをポートフォリオとして持つことによってバランスを最適化することができます。

これは、先述した「キャリアのバーベル戦略」に該当します。あらためて確認すれば、キャリアのバーベル戦略とは、リスクとリターンの性質の大きく異なる仕事を複数持つということですが、クリティカル・ビジネスに関与するフォロワーにもこのアプローチは有効です。

三つ目が「学習の加速」です。

本業以外に複数の仕事を持つことによって、学習を加速することができます。近年は多くの企業で上位の階層がだぶついており、「経験価値のデフレ」が起きています。本業を持ちながらクリティカル・ビジネスのイニシアチブに関与することで、単位時間あたりの経験密度を高め、学習を加速することできます。

四つ目が「社会関係資本の拡充」です。

本業以外にクリティカル・ビジネスのイニシアチブに関与することで、人脈・評判・信用といった社会関係資本を拡充することができます。特に重要なのが、この社会関係資本が「本業として勤めている企業の外側」にできることです。本業として勤めている企業の外側に社会関係資本ができることで、本業にロックインされる度合いが低減し、将来のキャリアにおける選択肢の価値=オプションバリューを高めることができます。

5.       資金提供と投資

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